冬の夜道は寒い道

文字数 459文字

今日はこれで上がります。
おお、お疲れさん。
  校則で、バイトが終わったら午後9時には帰宅しなければならないことになっている。その日は客が多く、なかなか仕事が上がらなかった僕は、レジの前に誰もいなくなった一瞬を狙って、タイムカードを突くのもそこそこに店を出た。
自転車必死で漕げば、なんとか……帰れるな、時間までには。
 別に学校に帰宅の報告をする義務があるわけじゃないが、万が一、バレたらバイトはできなくなる。そうなれば、僕に生活の手段はなくなるのだ。

 たった一つを除いて。

(あのポスター……)

 図書館を出る時に見たやつだ。

 去年の秋、家を後にする僕の背中に親父が投げつけた一言は、今でも心臓まで突き刺さっている。

なんなら、軍の奨学金貰ってお礼奉公するか?
 僕が小学生になった頃、日本の憲法が変わったらしい。道徳の授業で、伝統がどうとか、国やふるさとを愛する気持ちがどうとか習ったけど、よく覚えていない。

(だいたい、僕はどうなるんだよ、そんな価値観に照らしたら)

(言語道断だろ、故郷を離れて立身出世を図ろうとするなんて)

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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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