田舎の道行は甘くない

文字数 285文字

 そこら辺の人たちはみんな、顔見知りだ。目が合うたびに、僕はうつむき加減に会釈する。
どうも……。
おはようございます!
 岬さんのほうはというと、満面の笑顔で挨拶する。僕は小声で止めた。
行こう……早く。
どうして? 何で急ぐの? 遠いったって……まだ午前中でしょ?
いや……ね。

 声を掛けられなくても、誰もこちらを見ていなくても、肌にちくちく感じるものがある。これが、田舎に帰るということだ。

 好奇の視線。猜疑と軽蔑。

 岬さんは、田舎の噂話というものがどれだけ恐ろしいか知らない。たぶん、2日か3日経てば、僕は親元を離れて放蕩の限りを尽くす極道息子ということになっているだろう。

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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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