命を懸けた願い

文字数 507文字

(いや、帝国陸軍の記念公園は……ずっと手前だろ?)

 たくさんの車両が行き来しているのは救護や死傷者の搬送のためなのに、僕自身はそこへ近づくこともできないのだ。

岬さんは、まだ、生きてる! 僕が、死んでも、生きてる!
 それでも、僕は叫び続けた。
幸せに、なるんだ、これから、ずっと!
 普段ならこっ恥ずかしくて絶対に言えないような言葉を、僕はわめき散らして歩いた。そうしている間は、足の痛みを忘れることができた。全ての絶望を振り払うことができた。ありがたいことには、ひっきりなしに交差する軍の大型車両の轟音が、僕の声をかき消してくれた。
(でも……日は、沈む)
 無情にも、どこまでも細長く伸びた僕の影は薄れていく。目の前がぼんやりと暗くなっていくのは、疲れのせいだけじゃない。
(もっとも、日が暮れたら……)
 僕の意識は、命と共に消えてなくなる。
そんなのは、イヤだあああああ!

 僕は激痛を通り越して感覚のなくなった足の踵を、くるりと返した。夕日は遠くの山の彼方に消えてしまったが、空はまだ明るい。まだ、沈んではいないはずだ。

 だから、僕はそれを呼んだ。

戻って、こい! 戻って、こい! ……僕が、岬さんの元に……たどりつくまで!
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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