これもひとつの「戦後」

文字数 429文字

 僕の実家では、第一次世界大戦が終わる頃まで狐が人を化かしていた。
勝って帰れば戦もまた楽し……。
 青島攻略戦から凱旋した男が1人、意気揚々と帰ってきたが、着いたのが夜中で駅の辺りに泊まるところがなく、友人に自転車を借りて帰宅を急いでいた。

はて……この道はいつか来た道のはずだが……ここは?

 知った道のはずなのに、どうしても家にたどり着くことができず、いつの間にか広い河原に迷い込んでいた。
仕方がない……渡河作戦、と行こうか。
 渡れる橋も見当たらないので、自転車をかついで向こう岸へ行こうとしたところ、川は意外に深い。
……おっと、意外に深いな。それなら、こっちはどうだ?
 足の着くところを探して、冷たい水の中をあちこちうろうろしているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。
……ん? 何の音だ? ……ドイツの偵察機? いや、そんなはずは……。
 やがて夜が明けたとき、彼は家から遠く離れた、草深い荒れ地で自転車を背負ったまま立ち尽くしていたという。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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