己を明かす紋章

文字数 452文字

 そんなふうに精神的にも肉体的にも辛い思いに耐え抜くと、やがて神社の境内に出た。
いい匂い……。
 ひんやりと静まり返った砂利の上には、鼻をジンとさせる香りの杉の葉がちりばめられている。僕たちはそこを一直線に通過して、古い拝殿の上に立った。
(狐ネットワークの情報によれば……あれか)
 その鴨居の辺りには、今は失われて久しい宮司の家紋らしきものが刻まれている。それを見た岬さんが、息を呑んだ。
丸に稲穂……。
 稲荷神社に稲荷紋があるのは、不思議なことではない。だが、その真ん中に描かれたものには、僕も気づいていた。
竜胆の葉……。
 それは、この神社が岬さんの母方の先祖、杵築家のルーツであることを示していた。
 震える声と共に、柔らかい感触が僕の身体を包む。
見つけた……やっと見つけた……。
 頬を伝わって、岬さんの涙が流れ落ちるのが分かった。もたれかかる身体は、妖狐のヨウコ僕の頬を伝わって、岬さんの涙が流れ落ちるのが分かった。もたれかかる身体は、妖狐のヨウコがじゃれついてくるときとは違って、人としての重みがある。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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