「妹」よりも僕のピンチ

文字数 493文字

はぐ、はぐ、はぐ……。
 行くところには、姿を消してどこにでもついてくる。バイト先だって例外ではない。大人しくしていてくれれば別に文句もないのだが、閉館前の図書館でさえ、アレなのだ。ましてや、大好物の油揚げを目の辺りにしたりなんかしたら……。
はい、お兄ちゃん、お替り取ってくるね!

 なぜか僕は、コイツに「お兄ちゃん」と呼ばれている。

 僕も妹にツッコむように……。

いらんことすんな!
 いかにシフト交代時の厨房が戦場のような騒ぎだとしても、丼がふわふわ空中に浮いていた日には、大パニックになるのは必定だ。僕は油揚げご飯を貪り食うヨウコのために、自分の食べる分もそこそこに、何度も飯櫃に足を運ばなければならなかった。
(何で僕のエネルギー補給を犠牲にしなくちゃいかんのだ、まったく)
 使っていいのは丼1個だけ、飯はどれだけ持って行ってもいいが、残したらバイト料は減給だ。
ほらよ。
はぐ、はぐ、はぐ……。
 とにかくヨウコはよく食ったが、それでも胃袋が身体より大きくなることはあり得ない。おのずと限界というものがある。いつ、ギブアップするかも分からなかった。
(その瞬間がいつ来るか、いつ来るか……)
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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