実家のことは口にしたくない

文字数 508文字

お祖父さんの頃には、杵築って姓を名乗ってたみたい。その父親……つまり、ひいお祖父さんは第一次世界大戦で出征した次男坊だったんだけど、家を継がざるを得なかったらしいの。
長男は?
 次男坊が出征するのは分かる。長男は家を継がなければならなかったからだ。でも、次男坊が家を継ぐというからには、何か尋常じゃない事情があったはずだ。
長男も、他の家族も、スペイン風邪でみんな死んじゃったんだって。
それ、何か聞いたことある。
……。

 僕に睨まれて、ヨウコは沈黙する。

 当時の世界的なインフルエンザのことだ。感染したスペインの王族が次々に死去したので、この名前がついたらしい。

で、その家が代々、宮司だったっていうわけか。
実家が……。
……!

 性懲りもなく口を挟んで睨まれて、ヨウコはまた小さくなった。

 この上、岬さんの口からも「実家」というキーワードが出るのがイヤで、僕は強引に話を引き取ったが、それは結局、ムダに終わった。

ううん、結婚した相手の父親がね。でも……それと浅賀君の実家がどうつながるの?
 本当は、現地(あくまでも実家とは言わない)に行くまで、よく知らないことは口にしたくなかったのだが、言い出したのは僕なんだから仕方がない。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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