お坊さんと狐の昔話

文字数 449文字

 僕の実家では、第一次世界大戦が終わる頃まで狐が人を化かしていた。
すっかり遅くなったな……檀家の法事で振る舞われたとはいえ、般若湯(お酒)がちと過ぎたか。

 雨がしとしと降っていた。

 蛇の目傘を差してお土産を手に、ふらふらと闇夜の家路を急いでいたが、ふと気になったことがある。

遠いな……。お寺の燈明はちゃんと見えるのに。あれが目印なんだが、一向に近づいてこない。

 次第に、恐ろしくなってきた。
いったい、どういうことだ? 歩いても歩いても近づけない……。
傘を投げ出し、お土産を放り出し、草履も脱いで駆け出すと、半狂乱になって走りだした。
はあ……はあ……。
ようやくお寺にたどりつくと、布団に潜りこんで寝てしまった。
知らんぞ……何があっても……私はもう知らん!
 それでも夜が明けると、こっそり道を逆にたどってみた。
あれは……。

 蛇の目傘はあるにはあったが、高い木のてっぺんからぶら下げられていた。

 草履は木の根元に揃えられ、お土産はその傍に、油揚げだけを食い散らかされて放り出されていたという。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色