過去とのシンクロ

文字数 421文字

ダメなの? お兄ちゃん。
 ヨウコの不満気な声に、ハッと我に返ると、また僕を見上げる円らな瞳がある。あの時も、同じ姿勢で、同じことを言われた。
ダメです。
 キッパリ言い切って、空になった丼を取り上げる。ヨウコは面白くなさそうな顔つきで、僕の膝から飛び降りた。僕は流しで丼を洗うと、レジの仕事に戻る。

 あの時も、そうすればよかったのかもしれない。

あ、え~、お怪我は……あ、たいへん失礼いたしました、……その、ああ、お客様の中にお医者様か……。
 運転手がアナウンスで大騒ぎして安否を確かめる中、僕ができることは逃げようとしてじたばたすることだけだった。
アタシも連れてって。
 ヨウコが泣きながら言うことも、あの時と同じだ。半年前はさすがに騙されて、そのまま茫然とするしかなかったが、コイツがどんな娘か分かってからは、そうはいかない。
ここにいろ。動くなしゃべるな何もするな。
 食うべき油揚げがなければ、この店で妖狐のヨウコには何一つとしてすることがない。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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