対決の時

文字数 479文字

由良……さん?
 押し付けられる胸のふくらみに、僕は縮こまった。抱き留めてよいものかどうか、分からなかった。
(だが……僕も男だ。ここは、彼女の心と身体の支えになるのが……当然だよな)
 意を決して岬さんの背中に腕を回そうと思ったが、その時はもう、遅かった。その身体はいつの間にか引き離され、僕は自分で自分を抱きしめる羽目になった。
あ……れ?
向坂さん……。
(それって……まさか?)
 岬さんが呼んだ思わぬ名前に従って視線を追うと、そこには見覚えのある男の姿があった。
どういうこと?
 岬さんと僕のどちらに向けられた言葉かは分からなかった。でも、岬さんに口を開かせてはいけない。何か言えば、それはやましい言い訳になる。
いけませんか?
……。
 返事を横取りした僕を見つめて、岬さんは何か言おうとしたのか、唇を曖昧に開けている。その言葉が出ない隙に、向坂との間に立ちはだかることにした。
君は?
 バイト先のうどん屋の前で一度だけ会った相手だ。訝しげな顔をされたけど、敵意は感じなかった。むしろ、僕を真剣に思い出そうとして、頭のてっぺんから爪先まで眺め渡そうとしている感があった。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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