放課後の図書館で

文字数 408文字

 僕の実家では、第一次世界大戦が終わる頃まで狐が人を化かしていた。

 でも、彼女からこの一言を聞いた時は、大正、昭和と来て現年号がそろそろ終わろうとしている今現在になっても、まだ僕は化かされているんだと思いたかった。


告白された。
 放課後遅くに、そろそろ終わろうとしている春の日が窓から低く差し込んでいたが、そんな時間にはまだ早い気もする。
へえ……。
 自分でも、気のない返事だと思う。当然の成り行きだったからかもしれない。

 夕暮れのぼんやりとした光の中、彼女は大きな長机の向こうに、ブレザーの制服姿で端正に座っている。その様は、まるで一枚の肖像画のようだ。

(ハッと目が覚めたらここが下宿で、今のが夢だったらいいのに)
 高校の図書館は、もう閉まろうかという気配を見せてガランとしていた。司書のオバサンお姉さんがせかせかと歩き回っている。
 その本、そっちへ。
はあい。
 それを横目に見ながらの切なる祈りは所詮、願望にすぎない。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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