婚約者の告白

文字数 418文字

 さて、そんなある日のことだ。

 杵築家の蔵の虫干しを手伝うことになった僕たちは、古い書物だの写真だのをひっくり返して整理することになった。

あのね……才くん。私、隠していたことがあるんだけど……聞いてくれる?

 女性が遠慮がちに語りはじめるこの手の話は、ろくでもない秘密であることが多い。
あ……うん。

 僕は少々、怯えた。埃っぽい蔵の中に、壁の一角に開いた窓から差し込んでいた光が、一瞬だけ陰った。


(じつは高校生の頃に向坂……さんと何か……あったとか?)
 僕も男だから、頭の中によからぬ妄想が暗雲となって立ち込める。一見、穢れを知らぬ少女のような岬さんが、年上の男に思いのまま嬲られる光景が頭の中をよぎった。
(あ……向坂さん……!)
(岬……俺の……岬!)
 僕はぶんぶん頭を振って、その妄想を頭の中から追い払った。
(いかん、いかんいかんいかん、信じろ、岬さんを信じろ!)
ダメ……?
 僕を見つめるまなざしは、子どものように清らかだ。まるで……。
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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