いつか聞いた一言

文字数 407文字

今日は、ありがと。
(……何が?)
 何に感謝されているのか、よく分からない。だいたい、この一日、いろんなことがあった。敷居のまたげない実家に来て、子どもの頃に行ったきりの稲荷神社まで山登りして、向坂が追いかけてきたとこで、気を失って……。
(ヨウコなら……分かるんだろうか)
 僕を見上げてるはずのヨウコがどんな顔をしているか、ちらっと見てみた。
……。
 珍しく、うつむいていた。
あ、別に由良さん、そんな。
 仕方がないので、とりあえず当たり障りのない返事をしておいた。それで終わりならよかったんだが、岬さんの一言で、いちばんつらい話題が来たことが分かった。
向坂さん、本当はああいう人じゃないんだけど。
(そっちかよ……)
 どうリアクションを返していいか分からなくて、ヨウコが何か言わないかじっと待ってみた。
……。

 一言も返ってこない。

 そこで思いついた返事は、世間一般ではどう言われるか分からないけど、僕としては最低だった。

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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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