最後の決断

文字数 436文字

(こうしていよう、日が沈むまでは……)
……。
 どのくらい、そうしていただろうか。ヨウコのほうは、どう思っていたか分からないが。
(で、日が沈んだら……)
 考えたくなかった。残される両親のことも、岬さんのことも、最後の最後までは頭の隅に追いやっていたかった。

 だが、岬さんだけは僕の意識のど真ん中に自力で現れたのだった。

携帯……鳴ってるよ。
ああ……そうだな。
もう!
 スマホが急に鳴っても、僕は取る気がなかった。勝手に取って出たのは、ヨウコだった。
あ、岬さんですか?
 はすっぱな日ごろの物言いからは信じられないほどのしとやかな声に、岬さんも親し気に応じる。
あ、妹さん? 昨日はごめんね。
 昔からの知り合いのように言葉が交わされた後、スマホは僕に手渡された。
どうしたの?
 努めて冷静に尋ねたのは、本当の気持ちがもう、岬さんに向いてはいないということが分かったからだ。
(今しか、言うときはない)
 向坂の告白を断った後、僕が死んだりしたら、どれだけ深い悲しみが襲ってくることだろうか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色