もう少し、僕に時間を

文字数 560文字

痛っ……。
 挫いた足を引きずって、僕は歩いた。西から指す日差しが、僕の身体を長い影にして歩道に映し出す。軍関係の車が何台も、そのそばを通り過ぎていった。
記念公園は……あっちだ……多分。
 爆発事故の処理に向かう車両なのだろう。後を追えば、必ず岬さんのもとへたどりつけるはずだ。いや、ある意味では、たどりつけないほうがいい。
岬さんが……いなければいいんだけど。
 遠くに高く立ち上る煙が見える。そこには事故現場があるのだろう。どうか、別の場所に無事でいてほしい。
(生きていたら……返事してくれ)
 電話とメールを両方試してみる。
この電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が……。
Your Mails are Undelivered.
  やっぱり、歩くしかない。だけど、そっちへ歩くにつれて、僕の影はだんだんと薄くなってくる。
(もうすぐ、日が沈む……行かなくちゃ)
 先へ先へと気持ちは焦るが、足はちっとも前に進まない。
(ダメだ……息が)
 このままでは、岬さんに会えないままで僕は死んでしまう。昨日の言葉を取り消せないまま、本当の独りぼっちにしてしまう。
(向坂さん……後を頼む)
 向坂は、思ったよりいいヤツだ。岬さんのことをよく分かっている。将来性もある。
(だから、もう少し時間を……。せめて、岬さんのもとにたどり着くまでの……)
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登場人物紹介

浅賀 才(あさが さい)

 立身出世のために田舎から出てきて下宿生活を送る高校2年生。上昇志向は強いが、出身地へのコンプレックスも比例して大きい。親には強気な態度で出るが、自分にも多大な負担を敢えて掛ける真摯な面がある。

由良 岬(ゆら みさき)

 家紋を頼りに自らのルーツを探す才色兼備の高校2年生女子。孤独を内に秘めた立ち居振る舞いには年上の男性を引きつける知的な大人の魅力があるが、本人は自覚していない。

妖狐のヨウコ

 100年を生きて人間に変身できるようになった狐。旺盛な好奇心に任せて出てきた都会で暮らすために、才の部屋で厄介になっている。自由に姿を消したり変身したりできるが、大好物の油揚げを目の前にすると、一切の自制心を失って術が使えなくなる。

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