第30話◆大人と子供・・・改
文字数 6,170文字
当の
女一人口説けない男に
「――なっ?!」
セレナスを初め、誰もが驚きの目でグラディルを見る。
グラディルが一番敏感に反応したのは王女に対してだった。
「……
(様にならないんだから、もう……!)
ラファルドが不可視の力でグラディルの足を蹴る。
しかし、
「近頃の猿は、なんて生意気な芸当をこなすのかしらね!」
「…………!!」
殺し切れなかったグラディルの
だが、
グラディルを気の毒に思った――のではない。
主君の視線の在り処。それを強く意識した結果だ。
いいとも悪いとも言えずに見守る国王を視野に収めつつ、グラディルの
だが。
「……
余計な手投げ弾が豪快に放り込まれる。
「――――!!」
今度は
「――――」
「…………」
それでも無頓着で居られるその神経の太さは、ラファルドでも感心するしかない。
任命責任という飛び火を恐れる玉座の
「…………」
長過ぎた沈黙が爆弾と間欠泉の不発を結論づけようとした頃。
ぷちっ、と、何処かで何かが
「殿下! グラディル!!」
ラファルドが二人を
いくら何でも、これ以上は恥だ。
(これで
クリスファルトは兄の同情を送り、宰相はラファルドの胸中が聞こえていたかのように
国王は気配も感情も消して窺っていた。
果たして。
「――ふんっ!」
「けっ――!」
二人とも小さく悪態を付いて、そっぽを向いてしまう。
「…………」
ため息をつきたいのがラファルドであり、ため息を聞かせたのが国王を初めとする一同だった。
「今日は先方の相談事に
「……まあ、とんでもないことになりましたね……」
ラファルドの他人事のような相槌が気に
「貴様……。申し開きをせねばならぬことが、
多分に
「……と、申されますと?」
ラファルドは真剣に聞き返してしまう。
心当たりはもう無い――はずだった。
けれど、国王の額に浮かぶのは青筋である。
「貴様!! セレン(ちゃん)の頬に赤味が差している(ように見える)のは気のせいか?!」
「いや、気のせいではあるまい!!」と続くはずだったが。
「…………」
それよりも先に玉座の間の空気が一斉にだらけてしまった。
(……ああ、そんなネタもありましたっけか……)
王女の頬に赤味を差させた
娘
「――ぬ!」
放置すれば尻すぼみになっただろう焼け
「お父様。…………その、これは――」
赤面は恥ずかしさに身を
……だったのだが。
「……どうした……? ……まさか――!」
この世の終わりが間近に迫ったように、国王の表情は
家臣の視線などどこ吹く風である。
「
「何だと――!?」
途端に、
「貴様!!!」
「
「……殿下……」
まさか灸の一つや二つで、態度や思考が改まるとは思ってもいない。
「…………」
険しい顔でラファルドとセレナスを見つめる国王。
疑惑に満ちた眼差しにも、セレナスは動じなかった。
「学ぶと期待されなければ、釘を刺す意味が在りません。お父様、ラファルドを
「しかし!」
「魔王陛下への嫌がらせだという今日の騒動」
親馬鹿を発症させている国王を構うのは時間の無駄だと割り切っている。
ラファルドは王女の言葉に刺激され、自然に考え込んだ。
(そういえば……黒幕は別に居る、って――。……黒幕……)
「大変な事態になった可能性が高かったとは、もう
(魔王陛下の
「しかし……、!」
堂々と気を逸らしていたラファルドに、国王はぎらりと目を光らせる。
「……?」
「――――」
だが、ラファルドが気づこうとすると、知らん顔を決め込むのだった。
王として、先達として、当然のことで腹を立てるならまだしも、個人的な事由から娘馬鹿を拗らせているだけでは
そもそも、神祇とは神と人の仲立ちを旨とする者。国家の最高主権者とはいえ、国王に
勝ち目の無い喧嘩は吹っ掛けるべきではないと学習するしかないのである。
そこへ、父親の百面相が筒抜けだったセレナスが気を利かせた。
(ちょっと! 少しは私の苦労を買って下さいませんこと!? 娘の私が言うのもなんですけれど、
臣下では
(……え、あ――、それは……面倒臭そう(百面相だけなら、眺めてて飽きないんだけど)、ですねえ……)
実は知っている。
何せ、父ディムガルダが子守唄代わりに聞かせた愚痴の一つが、『娘が
自然と、色々な事を覚えてしまった。
加えて、ディムガルダは王宮に出仕する時、何故かラファルドを良く連れて行ったのである。
出仕する時は大抵、二人きりでの打ち合わせだ。
そして、王宮でのラファルドの世話係は国王だった。
親友直々の御指名には拒否権が存在しなかったらしい。
当然、国王がセルゲートの館に滞在する時は(幼い)ラファルドが接待担当だった。
やった事はと言えば、国王の膝の上で暇を持て余しただけなのだが。
父曰く、「セットにしておいた方が問題が無くていい」とのこと。
当主として辣腕を揮っていた頃の判断である。異を唱えられる者は皆無だった。
懐かしい思い出はそっとしまっておく。
ただ、折角なので、セレナスの意図に乗ることにした。
「頬を張ったことは
「――なっ!?」
「おほん!」
宰相の
ただ、往生際の悪さまでは堰き止められなかった。
「…………しかし、
「い――」
「いいえ! 今の私には、これで丁度良いのです」
「…………」
「この痛みが引くまでに、
「…………」
ラファルドに
「これからの殿下次第であられる、ということですね」
据えた甲斐が在りました、と続くはずだったのだが。
「……まったく(可愛くない! セレンちゃんは目に入れても痛くないほど可愛いというのに)!!」
国王が流れをぶった切ってしまう。
(
「――――」
退屈そうに欠伸を噛み殺すグラディルを、国王は退屈そうに一瞥した。
(限りなく0点――そんな感じかな。現状、殿下相手じゃ色恋云々にはならないだろうけどねえ……。でも、ラディにそんな色眼鏡を向けて来ると言うことは――処刑で決定かな? 兄さん)
ラファルドが胸中で評した直後、グラディルは近くに居た騎士と近衛騎士の混成軍団から制裁を食らった。
一見、欠伸を噛み殺す不謹慎に対する突っ込みだが、生意気(
国王――主君、が気に掛ける相手なのだから。
おまけに、どうしてか、セレナスの
(えーと……? ……羨ましがるようなものなんて、あったかな……?)
グラディルへの当たりのきつさに関するヒントがあると直感したが――玉座で拗ねている父の悪友への対処を優先することにした。
「……仕方ありません。陛下のご心痛を和らげさせて頂くとしましょうか」
「……え? 今、この場で――?」
「いずれ、また下町見学をされる時に痕が残っている訳にはいきませんから」
「――――!!」
近衛騎士団長を初めとする騎士たちの顔が一瞬で無表情になる。
国王も一目置く
脱走容認発言か!? という疑惑と今度こそ(陰ながらの警護という形で)同道する!! という決意が混ざっていた。
「何故、そうなる!!」
自分の心痛を和らげることが、どうして娘の未来の脱走予告になるのか?! と言わんばかりに国王は無表情だ。
誤解を正しておけ、という突っ込みだとどれだけの人間が気づいただろう。
ラファルドに浮かんだ微笑は何処までも謎めいていた。
「市場でならず者に付き
今日の騒動は、
もしまた、が在ったとしても、問題など発生しないように。
けれど、聖堂は崩落してしまった。その事実は隠せない。
いや、隠さない。
だから、
王族の警護はぼろい、などと
加えて、王族であることの権威が薄れれば、政治的な治安までもが低下する。
玉座に座る資格が有る者を駒と看做す権力の椅子取りゲームの口火が切って落とされるからだ。
魔物の
王族の長たる国王にとって、それは許されていい事態でも、看過されていい状況でもない。
「…………」
国王は退屈そうに、騎士達は観念するようにため息をつく。
第三王女殿下の脱走は無かったこととして処理される、のは仕方がない。
それが建前であり。しかし。
今日の労働は特別な報酬として、給料とは一緒にしないで貰いたい。
本音だった。
けれど、騒動が起きたのは王女が脱走したから――ではなく、聖堂が崩落したから――になる。
つまり、特別報酬は不意になる。通常の勤怠の範疇に収められてしまうのだから。
そんな、殺生な!! という抗議が出来ないことはない。
騎士の美徳、というものに媚薬を嗅がせることが出来たなら。
主君――国王が、転職を考えることが常識なほどの昏君だったなら。
悲しいかな、どちらも絶望的。それが現実だった。
例外を許すものが在るとしたら――それは、国王の胸先三寸。
つまるところ、俸給を巡る雇用者と被雇用者の、実にありふれた駆け引き。
それが待っている、ということなのだ。
特別報酬を手にする為に、どんな代償を迫られることになるのか――。
そこに頭を痛めるのは、上位の騎士である。
陛下にゃ得手でも、俺らにゃ不得手。特別報酬、諦めた方が早いな――。
現実の世知辛さに涙を呑む覚悟を決めるのが、下位の騎士だった。
(……馬鹿臭え落ちだこと)
政治にはそんなに興味がないグラディルは腹いせの色を帯び始めた制裁に反撃を始める。
「よろしいでしょうか?」
グラディルと騎士達双方に不可視の力で灸を据えたラファルドに、セレナスは頷いた。
「お父様の心痛は、取り除いておくに越したことが在りませんから」
「では、失礼を致します」
ラファルドの手が王女の頬に当てられる。
「…………」
肉親以外の男性の手が頬に在るというのは、セレナスには滅多にない経験で、少しばかり気恥ずかしかった。
だからこそ、自然と照れてしまう。
ただ、そのはにかみは元より美少女の
人の上に立つ経験を持つがゆえに多少の年の差はものともしないラファルドも、年の近い異性に対しては経験が浅く、つい、
「…………」
見惚れを意識したセレナスが恥じらいを深めることで、華やかさが一層鮮やかになる。
「!!」
角度次第では極めて親密そうにも見える現場を目撃させられた父親の顔が怒りに染まり、歯軋りが始まった。
「…………」
ラファルドが我に返ると、治療は一瞬で終わってしまう。
「もう、大丈夫ですよ」
「有難う御座いました」
治療への一礼は、
「……いえ、それほどのことでは」
警護の近衛すら
それが、見損なっていたと思い知らされるには十分な意外性の連続である。
だから。
束の間とはいえ、ラファルドは滅多に無い反応を見せた。
「…………」
初めて出会ったように、ただ真っ
「――――!!」
国王が不機嫌に床を踏み鳴らして、万座の注意を
「可愛げが無いばかりか、油断も
あっという間に普段通りの、読めない顔を取り戻した弟に、クリスファルトもこの時ばかりは、大人気の無い
「では、
「続・行・だ!!! に、決まっておろう!!」
ラファルドの台詞をぶった切り、
「第三王女の頬を張るという
「…………」
私情丸出しの宣言にラファルドは抗弁の意気を
「……お父様……!」
そして、父の意固地に娘は呆れ。
「
臣下だけが