第50話◆可愛気
文字数 3,247文字
「はい、はい。お好きにどうぞ。……でも、この格好は気に入っているよね? なんたって、近衛の、だし?」
二人の今日の制服は衛士の物だが、デザインは近衛の正式である。
着れると聞かされた時に目が輝いたのと、着替えの時の上機嫌な鼻歌は、珍しいと思った。
ラファルドも知っている。
グラディルが目指しているのは勇者であって、騎士団に所属して勲功を上げ、叙勲されて正式に騎士になることではないのだ。
だから、軍学校でも敢えて距離を置く態度を取っていると聞いていた。
(それが、あの喜びよう……。結構、可愛い所が在るよね)
軍人になることは敬遠していても、青少年の憧れを一身に背負う騎士団――中でも、国王の傍に侍ることを許される近衛騎士団への憧憬は、何処にでもいる市井の少年そのものだ。
国王の近辺に侍ることが職掌だからか、近衛騎士団の装備は特に質が良く、武具に刻まれる意匠、着衣に許される刺繍も、格段に華やかな物が許されている。
噂では、予算の桁も通常の騎士団とは一線を画している、のだという。
それだけが原因ではないだろうが、市井における近衛騎士団の人気は、常に、頭二つから三つほど抜きん出ていて、そうと判る装備を身に着けて道を歩けば、あっという間に人だかりの山が出来るのだとか。
加えて、近衛騎士団のレプリカユニフォーム(国王公認)の販売は、公国軍部の貴重な財源だ。
近衛騎士団は国王の直轄。金銭が絡む営利活動を行うと、方々から盛大な顰蹙を買ってしまう。
なので、国王の了解の下、騎士団がグッズの企画、作成、生産、販売を一手に握っているのである。
(サイズを測るためとはいえ、あんな目に遭わされたっていうのにさ……!)
ラファルドの不機嫌は、前触れも無しに寝起きを襲撃され、素っ裸に剥かれたことで爆発した。
多少の風当たりに厳しさは覚悟していた。呑み込むつもりだった。
王女に仕える、というのは騎士の花形と呼べる職務。事情があるとはいえ、それを横取りするのだから、やっかまれないはずがない。
だが、だからと言って、おいそれと屈辱的な仕打ちを仕掛けられていい理由にはならない。
何が悲しゅうて、筋骨隆々の男共に襲われねばならんのか。扱いもぞんざいだったし。
出来上がった制服を渡される時も、顔面めがけて投擲された。
制服が傷まなかったのは、紛れもない幸運だとラファルドは考えている。
そっちがその気なら、こっちも応分に報いてくれよう……!
そんな風に爆発するはずだったラファルドを諫めたのはグラディルである。
「まあ、な――って、余計な突っ込みくれてんじゃねーや! 突っ立ってるだけでいいお飾りは、勇者のやることじゃねえ!!」
そのことを忘れたわけではないが、ラファルドは冷たく突っ込んだ。……聞き飽きたので。
「勇者見習い未満、でしょ? 現状」
「るせっ!」
「どうでもいいけど、余計な耳目がある場所では勘弁してよ? それ」
「……んだよ。日和やがったか?」
「連・帯・責・任! 軍人の卵のくせして、聞いたことがないなんて言わないよね?」
「あるに決まってんだろ。教練中に腐るほど飛んで来るわ! 何だったら、営巣にご招待しちゃるぞ? 懲罰用は臭いが特に籠ってて、それだけできついから。夜通し、語り明かしツアー……どうよ?」
「なんでさ。お・断・り・だ・よ! ……というかいい加減、もう黙ろうよ。見咎められて、職務怠慢! なんて、嫌だからね」
衛士――特に門番のような仕事、を務める兵士は職務以外のことは無関心、無感動が原則である。
私的な会話など、職務の外の最たるものだ。
グラディルの愚痴は、万が一でも、誰か(特に騎士団関係者)に聞かれたら、洒落にならない。
漏れなく懲罰が待っているのだが――その時はラファルドも一蓮托生である。
「だったら、俺様にまともな仕事を持ってこい! 裏方とか、土方とか! 肉体労働系だったら、文句言わねーよ!!」
「……勘弁してよ、それ……! 僕の方が天に召されかねないんですけど」
第三王女セレナスの発案に国王が承認を与え、文武の主要な官僚が揃う百官会議(公国における議会のようなもの)を通過したのが、週末の大晩餐会である。
表舞台から舞台裏への異動願い。
殊勝と感心されるどころか、反逆罪として、問答無用に処断される。
なぜなら、国王の承認を得た時点で、王の威光が眩しく輝く、国家の最重要案件。
配役に異を唱えることは、国王の意思に楯突くことであり、王の威光を汚すと判断されるのだ。
待っているのは、拷問という名の処刑(拷問と処刑の位置関係は逆でも可)。
流石に、死刑まではいかないだろうが、罰として課される労働は、体力の塊である軍人(候補生)に、「俺が悪かったです! 我儘は、金輪際! 抜かしませんから!! 勘弁して下さいっ!!!」
と、死ぬ気で土下座させることを目的とした質と量。
市井の同年代の平均よりは鍛えている程度(ラファルドの自認)では、確定で天国に導かれ、愛らしい天使がラッパを吹き鳴らしながら舞い踊る中で壮麗な天界の門を拝む破目になる。
ラファルドはうんざりした感情を込めたはずだった。
「まあ、俺のレベルに合わせたら、ファルじゃきついだろうけど。でも、昇天云々はいくら何でもねえだろ。……運動不足なんじゃねえか?」
どうしてか、グラディルは疑わし気な顔でラファルドをじろじろ眺め始める。
「あのね……。勇者志望の軍人の卵と一緒にしないでよ! 普通の青少年は、体育の授業で十分なんだから!」
ラファルドは抗議したはずだった。
けれど、グラディルには通じなかったのである。
「……よし、今度カリキュラムでも組んでみるか! 教官も巻き込めば、ファルの体力に合わせたやつが出来るよな」
独り言めいた呟きは真剣に検討されている証。
何故かと言えば、グラディルは知っていた。王女付き衛士としての身体作りが、日課として始まることを。
それは、身体作りとは言うものの、内実は本職向けの専門色の濃い訓練である。
男子が王族の付き人となる――そこには、有事の際には主人の剣となり、盾となること、という辞令が暗黙の裡に含まれる。
有事――それは、大概において命の危機に関わる事態。
王族の仕え人は、時に主人の生命を健全に護る為に万難を排することを求められる。
その為には、玄人はだし程度のレベルであっては困るのだ。
それが今免除されているのは、このアルバイトがお試し期間であるからだ。
お試し期間が終了すれば、例外は無い。
たとえ、ラファルドが王家に匹敵する名家の出自だとしても、仕え人であり続ける限り。
だから、今から慣れを作っておくことは、決して損ではないのである。
それでも。
それでも、(現状、自覚は皆無だが)ラファルドには悪夢の到来を宣告する不吉の前兆以外の何物でもないのだった。
「ちょ、ちょっと――! 考えてくれるのは嬉しくないと言わないけど、どっちかと言えば迷惑の範疇だから!!」
ラファルドになぜ、仕え人としての自覚に偏りがあるかと言えば、自分を神祇と自覚すればこそ、だった。
立場上、王家に仕える身分を授かったとしても、身体能力が大きな取り柄であるグラディルと同じものは求められない――求められても意味が無い。
役割分担のように、自分に出来ること――自分にしかできないことを突き詰め、生かしていくことが役目だと弁えていたのである。
そのこと自体は、決して間違いではない。
そして、神祇の能力を鍛えることは、必ずしも身体能力を鍛えることを意味しない。
生存そのものを目的に、ひたすら死ににくいように鍛え上げられる軍人(候補生)とは、体力の桁が違っていても当然なのだ。
ラファルドが自身の意図を正確に伝える為には、健全な心身を育成・維持する運動と、生存そのものを目的とした鍛練とは、同じように思えても異質なもの――と、はっきり指摘することが必要だったかもしれない。
だが。
「そこまで不安でしたら、私もお付き合い致しましょうか?」
何時の間にか、扇を手にした正装の王女セレナスが、ラファルドの死角に立っていた。
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