第73話◆嵐の痕

文字数 7,026文字

「……ったく、あの、名ばかり白百合(しらゆり)(ひめ)め……!」

「本当、よく(から)まれるよね……(お(たが)い様、って気もするけど)」

「――んん!?

「別に(心の声が聞こえた、みたいな反(のう)しないでよ!)」

仕切り直しの為の準備(じゅんび)が進む桜蘭(おうらん)の間の片(すみ)で、晩餐(ばんさん)(かぎ)りの(えい)兵二名は(ひま)(たん)能していた。
主人たる第三王女セレナスは、別室にてお色直しの(さい)中である。
本来ならば、主人に同行し、更衣(こうい)室の番兵を(つと)めるのが二人の役目なのだが、片割れ(グラディル)(きゅう)()えた当人(王女)心中(しんちゅう)と体面を(おもんぱか)った()(がしら)の政治的な判断(はんだん)により、休(けい)()ねた怪我(けが)治療(ちりょう)に当たっていた。
()():ラファルド、(かん)者:グラディルなのだが、怪我らしい怪我は(ほとん)ど無い。
()〉を目()めさせた代(しょう)、ともいえる異形(いぎょう)化の治療(ラファルドは中和、とよく言う)が終わるのを待っている状況(じょうきょう)だ。

「(怪しい……。絶対(ぜってえ)喧嘩(けんか)両成(ばい)っぽいこと考えたぜ!)理(ゆう)を知りたいのはこっちだっつの! それより、大丈夫(じょうぶ)なんだろうな?」

「何が?」

治療に専念(せんねん)しているラファルドは顔を上げることすらしない。

「……ん……、さっきの、あれ」

「…………さっき?」

「起き上がれなかったろ!」

「……ああ、あれね。(ふせ)いだは良かったんだけど……(多分、魔王陛下だったら、不味(まず)いことになってた。(かん)(だの)みで動いたから、もう(たし)かめようは無いけどね)、あの(しゅん)間は(みょう)に目が回ってて、(はげ)しく消(もう)した、みたいな(かん)じになってたなあ……。今はもう何ともないんだけど」

「ふうん(……本当、だろうな……? まあ、確かめようが無いけど)」

ラファルドの頭が近()ぎて、(かみ)がチクチク()さる。
だから、重心を()動させてみた、(てい)度だったのだが。

「……動かさないでよ! もう、終わるから」

思わぬ気(はく)に押され、グラディルは目を白黒させた。

「お、おう!」

施術(せじゅつ)中は神(けい)(とが)らせることが多いらしく、下手(へた)(さか)らうと、魔王や大魔王が平気で()(りん)あそばされるので、(わり)と喧嘩っ(ぱや)いグラディルでも、(こま)かく気を使ってしまう。

詠唱(えいしょう)(かん)成と共に、最後まで異形を(とど)めていたグラディルの右(うで)(かた)口から白い(かがや)きに(つつ)まれていく。

輝きが消えると、人間の腕に(もど)っていた。

「はい、終わり! いつもよりは、楽だったよ」

ラファルドは()顔だった。

グラディルがいつも通りの反応を返すよりも早く、少し意外な人物の声が割り()んだ。

「見(ごと)だった。父親に()た――ということかな? どちらも」

「陛下!?

仕切り直しの準備に()念がない従僕(じゅうぼく)(ぐん)などに所(ぞく)せずに、王宮で()通に働く人々。侍従や侍女もひっくるめる)や、衛士(えじ)、騎士の他にも、自分達の支度(したく)を終えて晩餐会の再開を待つ賓客(ひんきゃく)()族たちも広間で雑談(ざつだん)(いそ)しんでいる。

(あわ)てて(かしこ)まろうとした衛兵2人を、国王は仕草で(せい)した。

「楽にして居ろ。どうせ、(つか)の間の(いとま)だ」

「よ――ろしい、のです、か?」

(けい)語を好まないグラディルが所々にボロを出しながら、国王を(うかが)う。

国王はのんびり、()びをした。
勿論(もちろん)(とが)める(だれ)かは何処(どこ)にも居ない。見て見ぬ()りをするばかりである。

「指()が終われば、後はそこら辺の穀潰(ごくつぶ)しと大差が無いぞ、国王なんてものは。下手に気を()かせれば、(ぎゃく)大事(おおごと)になるし、やる気を見せれば、()らない仕事を山のように()まれる。どう(ころ)んでも藪蛇(やぶへび)になるなら、気の休まる場所で、のんびり(はね)を伸ばすほうがマシだ」

「……マジで??

おっかなびっくり、グラディルは信用できる悪友(ラファルド)を見る。

つい最近まで、王宮のおの字とも(えん)が無かったグラディルだ。当(ぜん)のように、国王(として)の日常には無知である。
国王を小父(おじ)(あつかい)いできるけったいな友人を頼ってしまうのは(ひつ)然の選択(せんたく)だった。

ラファルドは平(ぼん)にため息をつく。

「そんなところでしょうね。クリス兄さんや宰相(さいしょう)殿(どの)からしたら、異論が山、でしょうけれど」

(そっ)近として、宮(じょう)でも知られている二人の名前を聞いた途端(とたん)に、国王は顔を(にが)くした。

(わす)れさせろ! 今くらい。何の為に、事()報告(ほうこく)だけに(てっ)したと――」

国王は威張(いば)っていたが、テーブルや広間の装飾(そうしょく)の再配置、新たに用意された食事の(はこ)び込み(など)、実務的な肉体(ろう)働に(はげ)んでいる騎士や衛士たちがちらちらとこちらを窺っている。
本当に大丈夫ナノカナー? というのが、グラディルの本音だった。
「陛下をお(いさ)(もう)し上げることが出来なくて、どうする!!」などと、後日にしわ()せを食らわされるのは、見(なら)い(正(かく)には学生)であっても、軍に(せき)を置くグラディルである。

「……まあ、陛下は陛下で予定に無い迷惑(めいわく)(こうむ)ったことですし。気分転(かん)大事(だいじ)ですね」

そうだそうだと言わんばかりに(うなず)く国王に。

「けれど、殿下のお色直しが終わるまでですから」

と、ラファルドは(くぎ)を刺すことを忘れなかった。

(むか)えの手配をした方が問(だい)は無いのだが、国王の被った迷惑は魔族と(たましい)の絡んだもの。
術者としては兄達を足元に寄せないラファルドの監督(かんとく)下とした方が、無難(ぶなん)、という判断が在ってのことで、了解は(専用の回(せん)で)取り付けてある。

「……うへえ……」

国王は表(じょう)だけに留めたが、グラディルは余計な事を付け加えた。

ちなみに、国王が辟易(へきえき)してるのは「国王という形式」に付き(まと)われる時間がすぐに戻って来ることであり、グラディルが(いや)がっているのはお色直しをした王女のお披露目(ひろめ)というイベントが間(ぢか)(せま)っていることだった。
(さい)、セレナスには()好意的に絡まれることが多く、辟易し始めているのである。

勘弁(かんべん)してくれよ。(めし)食い放題とかなら、まだしもだけど」

「はっはっは!」

笑顔に青(すじ)()かべた国王が、グラディルを鉄(けん)で一(げき)した。

「んだよ!?

可愛(かわい)(むすめ)()姿(すがた)が楽しみで、何が悪いと?!

食って()かったグラディルは(おどろ)き、そして、げんなりした顔でため息をつく。

「そんな(風に甘やかしがち)だから、あんな内面(うちづら)悪子(わるこ)(そだ)った、ってことなんだな……!」

「何だと!?

「陛下」

激昂(げっこう)しかけた国王を、即座(そくざ)にラファルドが諫めた。

(きば)()猛獣(もうじゅう)の顔で振り返った国王を前に、わざと、()線を()らして見せる。

その先には、晩餐会の再開を待ちわびる客人たちと、無事を(よろこ)ぶ騎士たちの姿が在った。

「…………(おぼ)えてろよ! (しご)く時は行()作法から徹(てい)的に!! ぐうの音も出なくなるほど完(ぺき)に仕込んでやるからな……!!!」

「けっ! や――」

やれるもんなら、やってみろ!! と、お灸確定な買い文句(もんく)()げ返そうとしたグラディルだったが、ラファルドの視線が無事を(いわ)われている騎士の姿に止まっていることに気付いて、言葉を止めた。

「…………?」

国王もまた、不(しょう)の弟子に(なら)う。

「あれは――」

国王の(つぶや)きも他所(よそ)に、ラファルドは()を向け、彼らから距離(きょり)を取るように壁際(かべぎわ)へと移動した。

グラディルと国王がその後を()う。

「気づかないなんて……気づかないなんて――!!

自分を()める、ラファルドの呟きだった。

「――――おい!」

グラディルは(なっ)得が行かない。
なぜ、ラファルドは自分を責めるのか。
あれだけの戦闘(せんとう)が在って、人的被害(ひがい)(かい)無なのはラファルドの結界(けっかい)が在ればこそ。
戦闘中の判断も冷(せい)かつ的確で、非難されるような(いわ)れは無い、とグラディルは考えていた。
おまけに、卑屈(ひくつ)は好きになれない性分である。

(ごう)引に振り向かせようとした不肖の弟子(グラディル)(なぐ)って止めたのは国王だ。

「自分を責めるな。(けい)で手に()えぬなら、どうしようもなかった」

わざと他人行儀な言い方をした国王に、ラファルドは食って掛かった。

「しかし!! 『穴』を開けられていたことに気づ――、…………申し訳、ありません!」

(……やれやれ。普段はあれだけ可愛()()けるというのに、(ぞん)外重(しょう)だな……。だが、仕方が無いと言える部分も在るか)

国王はため息をつく。

術の種類(しゅるい)性質(せいしつ)にもよるが、術は術者にとって、自()(えん)長と()べる(そく)面が在る。
〈結界〉のように一定の規模(きぼ)(さく)定して(てん)開する系統(けいとう)は、内部の空間――領域(りょういき)、と術者自身の感(かく)を〈接続(リンク)〉させることが出来る。
(にぎ)(つぶ)す仕草で術を破棄(はき)することも、距離を無視して内部の状況を精密(せいみつ)把握(はあく)することも可能なのはその為だ。
そして、それが術者の矜持(きょうじ)との(むす)びつきをも生む。
(しょう)中に在ったはずなのに、気づき(そこ)ねた。自負を(きず)つけられるには十分だ。

「穴――? ……、!!

人が魔に()とされる悪()を思い出したグラディルからも表情が消えた。

「……陛下に関します(しょ)置は、万全(ばんぜん)です。あの男――フォルセナルドが陛下に魔族特有の悪戯(いたずら)を仕掛けることは二度と在りません。出来ません。今日の事実が第三者に()れたとしても、陛下の心身は(すこ)やかで在り(つづ)けることが(かな)います。ですが……! 今(さら)、魔王陛下に文句をつけるわけにもいきませんから――」

前代未聞(みもん)の術式になったとしても、ラファルドは自分の手でフォルセナルドから騎士の魂を取り戻したかった。
魂を(うば)われたという事実を「()(たた)み」損ねた以上、万全を期すには(・・・・・・・)それしか手段が無かったのだ。

「…………」

言わんとすることが解かる国王のため息も(ふか)い。

グラディルは、(いま)だに手(あら)祝福(しゅくふく)され続ける騎士が居る方向に視線を逸らした。

「……何でだ? 何で、()目なんだよ?」

「名前を。彼は、名前を(ささ)げてしまった――」

「……それが? どう――、?!

「…………」

足を()ってグラディルの質問を止めた国王は、沈黙(ちんもく)で反感を受け止める。

そこへ。

「本当の名前――()名、を知れば、相手を支配できる。そんな(いわ)くが一部の魔術には在りましたな。生憎(あいにく)、人間の魔術では実(しょう)されたことが在りません。(それがし)(しょう)知の限りにおいて――、ですがな」

(わけ)知り顔な台詞(せりふ)が差し込まれた。


「――!?

(しゃ)的にグラディルが振り向いた先には。

全体的には質素(しっそ)な印(しょう)を受けるものの、その実、(ぜい)()くした素(ざい)()り上げられている、という衣(しょう)に身を包んだ初老の男性が(たたず)んでいた。

「……宰相!」

驚かすな! という国王の()情を愛敬(あいきょう)に満ちた笑みでいなし。

「異変の(おさ)まりを、今かと今かと待ち兼ねて()りましたものでしてな」

正統な()座所である星黎の間に戻って来ないことへの、遠回しな苦情を主君に()き付ける。

(おまけに、知りたくもあり、知らせたくもあり――か。人(まか)せにすればいいものを、状況に(かこつ)けて、自分の足で、とは……。仕方のない(やつ)だ)

知りたいのは、(そう)動の()中に居た国王の消息であり、知らせたいのは、(こう)運にも騒動の舞台(ぶたい)となることを(まぬが)れた、その他の会場の消息。
(しょく)務(国王不在の星黎(せいれい)の間を取り仕切り、監督すること)を(一時的にでも)放棄してまで国王の足下(そくか)(さん)上したのは、百聞は一見に()かず、と知っていたからか。
良心的に解(しゃく)すれば、同(りょう)を信用した――と、言えるのだが、会話の(なが)れを()むのはまだしも、(せっ)近を気取(けど)らせずに()を窺ったのは、人の良い人間がやることではない。
下手に追及(ついきゅう)したところで、「国王を見倣ったまで」という、()肉と(てい)のいい言い訳を両立させた、愉快(ゆかい)ではない台詞が出て来るだけだろう。

国王は実利に徹した。

(のこ)りは(割を食わされたのは、クリスファルトか)?」

聞いておきながら、答えは解っている。何かが在ったなら、騎士団かラファルドのどちらかが、とっくに国王に差しているのだから。
国王として、仕事を(ねぎら)う(自身へ追及をかわす)意味も込めて、聞くべきを聞いただけだ。

宰相は(うやうや)しく一(れい)した。

「無事に御座います」

()苦労」

「いずれ、彼は失踪(しっそう)する。それを防ぐ手段は無く、……(つぎ)に消息を(つか)めた時には――、魔人として、あの男の(かたわ)らに在る――」

ラファルドの回答はグラディルの()問へのもの。
ただ、無(すい)揶揄(やゆ)されかねない、性(きゅう)なタイミングだった。
おや? と宰相が国王に視線で問うと、国王は()(しょう)で宰相に返した。

「あの男は、名前を奪う前に堕として見せた――!!

より深く(しず)んでいくラファルドの表情に、グラディルも食い下がれなかった。

だが。

(わか)さとは裏(はら)(しゅ)勝さ結(こう)なもの。ですが……少しばかり、往生(おうじょう)(ぎわ)が良過ぎますな。神祇(じんぎ)として、()直さは美徳(びとく)なのでしょうが――今は、相方の往生際の悪さを見倣った方がよろしいでしょうな。どちらも(・・・・)若さの特権なれば」

グレスケール公(しゃく)飄々(ひょうひょう)とラファルドを(ひょう)し、グラディルの(こし)(たた)く。

ラファルドもグラディルも、目を丸くした。

「宰相(かっ)下……!」

(あきら)めるには、まだ、尚早(しょうそう)で御座ろう? 打てる手はまだ有り申す。そうで御座いましょう?」

訳知り顔な笑みを、宰相は国王に向けた。

国王は迷惑そうな咳払(せきばら)いを返したが。

「無論だ。まずは、向こうの陛下に話を(うかが)わねばな。手がかりが皆無とは言えまい。……宰相?」

今度は、国王が意味深に投げ返す。

「万事、(とどこお)りなく」

打てば(ひび)く。その言葉を地で行くように、宰相は一礼を国王に捧げた。

「しかし――」

「出し()かれて(くや)しいのは、解ります。だが、まだ、お若い。貴殿の父()は、陛下が今の貴殿のように落ち込む時にこそ、とっておきの苦い良(やく)を持ち出してきたとか? 先代も(きん)上も、()(まん)になる事(はなは)だしく、一方(ひとかた)ならず、嫉妬(しっと)させて頂いたものです」

台詞の後半は笑みを(さそ)われたのが不思()なほど、本気の忌々(いまいま)しさが(こも)っていた。

そして、宰相はぬけぬけと若人二人に(とど)めを刺した。

(つか)(びと)として、自(かく)と立場を持つのなら――(あるじ)を見倣うべし! 主君がどうにかして足掻(あが)こうと目()む時に配下が絶望(ぜつぼう)していては、それこそ、『お前ならば大丈夫』と送り出した父御の顔も面()も、在った物では在りませぬぞ! 神ならぬ身ならば、瑕疵(かし)も当然。()じ入る暇が在るならば――より良き未来に向けて、精進(しょうじん)()されい!!

!!!」

大喝(だいかつ)から一転、公爵は人好きのする笑みを二人に向けた。

「……などと、この老(こつ)は考えてみたりするのですが――如何(いか)に思われますかな?」

「…………」

驚くあまり、言葉も無いグラディルに対し。

「……そう……、ですね……。気が()入り過ぎていたようです。……お恥ずかしながら……」

ラファルドはどうにか返事をした。

「ほっほ。()み入ったならば、世話を()いた甲斐(かい)も在ったということ。頼りにさせて頂きましょう。(えら)そうに言ってはみても、貴殿の術を(ゆが)ませた何かを突き止めねば、二の(まい)、三の舞は()けられますまい」

落ち込むなと言いつつ、現実から目を逸らすなとも言う。
そして、何が一番反(せい)すべき点なのかを、宰相は(わきま)えていた。

(……(まい)ったなあ……! クリス兄さんが一目置く理由が解った気がする。(ふところ)の深さも、得体の知れなさも、兼ね(そな)えた人(がら)なんだなあ……。父さんが注意を(はら)い、小父上が手を焼くだけのことはありそうだ。……流石(さすが)に、今のは叱咤(しった)激励(げきれい)だろうけれど)

(あらた)めて(えり)を正すラファルドの前で、国王はわざわざ公爵をからかった。

「追撃に行ける態勢を作るのが(せい)(ぱい)――か。不甲斐(がい)無いな? 宰相」

なぜなら、相手は魔族で、魔力や魔術に対抗(たいこう)する手段を持たなければ、追撃を掛けても実(こう)性は(のぞ)めないと来る。
()りるべき(ねこ)の手を借りられなければ、片手落ちと言っていい状況なのだ。
偉そうな説教(せっきょう)が出来た玉か、と言っているのだが――国王もまた、自(かい)する側に回らねばならないはずだった。

宰相は遠回しな皮肉が通じなかったように(うなず)いた。

(まった)くです。若人(わこうど)の素直さこそ、老骨の心を(うるお)す、一番の妙薬なのですな。――と。陛下は最早(もはや)、若くも在られませんでしたな? 残念ですが、諦めて頂きましょう」

直訳すれば、「貴方(あなた)にそんなことを言われても、(いた)くも(かゆ)くも在りませんな」である。

「ほう? 何をだ?」

喧嘩を売っているなら買ってやるぞ!! という国王。
だが、まさか、喧嘩が出来るはずもない。

「……はて? 何をで御座いましょう――おや? 陛下は老骨の仲間入りを()たされたいと、申されますか? でしたらば此処(ここ)は――」

すっ(とぼ)けた振りをしながら、自分の機嫌(きげん)を取れる方策を(てい)示しようとした。
お互いを若くないと言いあったのだから、喧嘩は両成敗である! という筋書きだ。
年少(国王)は年長(宰相)をの顔を立てて(しか)るべき――という読み(釘)まで()えて。
両成敗だという宰相が国王に差し出す物が何かと言えば……。

「(ええい、いつもの、『()が娘と()が非でも御昵懇(じっこん)に!』というセールストークを始めおったか……!!)やかましいわ!! さっさと、無駄に口を回す余力を職務に当てい! さもなくば、愚痴(ぐち)りに愚痴ってやる!! ミレスの前でな!」

どんなに(そで)を振らせても、忠誠(ちゅうせい)心以外の物は差し出さない、と国王も解っている。
なので、夫婦(ふうふ)喧嘩を出汁(だし)にして(誰がお前の娘なんぞと懇意になるものか、と意地を張って)、差し出すのは(頭を下げるのは)お前が先だ!! とやったのだった。

「くわばら、くわばら! それでは御前(おんまえ)、お(いとま)させて頂くとしましょうかの!」

宰相が国王の(かん)気を(おそ)れる様は、なぜか、笑いを誘われる。
それでいて、()去の一礼は(ゆう)美で、実直な人柄を想起(そうき)させた。
()ても焼いても食えない(たぬき)、という評判を(かす)ませた程。

ふと、宰相が場を離れる足を止めた。

「セレナス殿下の御(せん)言ではありませんが、今は(・・)、晩餐会を楽しまれた方がよろしいでしょうな」

誰に当てたのか、釘か助言か、解らない(あた)り、流石と言うべきなのだろうか。
(しき)に知り合ったわけでもない、少年二人は反応に(こま)った。

「宰相!!

「さっさと()せろ!!」という国王の()声も笑顔で流し。

「ではでは!」

わざわざ、ラファルドとグラディルにも一礼して去っていった。

「……変な(じい)さん」

何食わぬ顔で、すれ(ちが)う人々の(ことごと)くから一礼を(おく)られながら、桜蘭の間を(はな)れるグレスケール公爵の後姿を、グラディルは(あき)れているのか、感心しているのか解らない顔で見(おく)った。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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