第114話◆鳴動
文字数 2,004文字
「せいっ!! ――やあああああっ!!!」
力同士の均衡を、グラディルは気迫に任せて一気に押し切る。
吹き飛ばされたセルディムは着地と同時にサイズを巨大から人型大に変えて、追撃の目を眩まそうと目論んだ。
「……!?」
機転は功を奏し、グラディルは一瞬、セルディムを見失う。
(――隙有りっ!!)
すかさず、セルディムは竜の爪を揮った。
けれど、間一髪で、鱗に覆われたグラディルの腕に阻まれる。
再び均衡状態になるとセルディムは読んだが――。
「――!!」
金味を帯びた銅色のアッパーが顔面を狙っていた。
「……っ!?」
直撃は免れたものの、大きく身体を逸らした動きがグラディルに有利な間合いを作る。
内心で舌打ちし――眩暈に足を取られた。
どうやら、鼻先を掠めていたらしい。
「……生意気な……!」
自身よりも薄い”血”しか持たぬくせに、瞬間的にでも互せる能力を発揮する。
つまり、グラディルに息づくのは、セルディムのそれよりも上等な存在なのだろう。
だが。
「そこが、お前の限界だ――グラディル!」
眩暈に足を取られて碌に動けないセルディムに、追撃が来ない。
グラディルは膝をついて、呼吸の回復に努めていた――ガス欠だ。
眩暈からの回復を最低限に止め、セルディムはグラディルに歩み寄る。
「死して、自身の不甲斐なさに臍を噛め! 俺は――お前を喰らい、更なる力を手にして、生き延びる!!」
立ち上がることさえ出来ずにいるグラディルに、拳を振り下ろした。
「詐欺ですね……!」
騎士の一人が呟く。
「馬鹿おっしゃい。神の加護だからこそ、此処まで頼もしいのではありませんか!」
宥め透かすセレナスも、自棄が入っている自分を自覚していた。
「……まあ、解らないでもありません」
サマトのどちらの味方か判然としない補足には、セレナスは相槌を打たなかった。
「我々の努力は何だったんだ!! と、叫びたくなりますからね」
ラファルドが再度昏倒してから現在に至るまで、騎士団は何の苦労もなく観客に徹することが出来ていた。
結界も防御法術も、何も必要としない。聖堂の壁に手を触れさせていれば。
ただそれだけの事で、尋常でない破壊の権化である銅と白の奔流をやり過ごすことが出来る。
……詐欺だ。
難が有るとしたら、戦闘に参入することが出来ないことだ。
断続的に聖堂中を荒れ狂う奔流は、当然のように視界を奪う。
治まるのを待っていると、次の奔流のカウントダウンが始まってしまい、すぐさま壁際へリターンすることになる。
ならば、魔法で――ということになるが、「無敵」状態を維持したまま魔法を使うことは出来ない。詠唱しても発動しない。
ならば、銃や弓等の飛び道具は――一人と一匹の動きが早過ぎて、狙いを絞れないこと、セルディムに当たってもダメージにならないことが確認され、無駄撃ち禁止と相成った。
聖堂の中央で戦闘しているわけではないので、壁際を移動すればいい、という案も実践されたが――駄目だった。
一人と一匹に近づくほど、奔流の圧力も増していくわけで、圧力が増せば、押し戻される距離も増えることになる。
奔流を凌ぐために足を止める度に移動距離を相殺されては、何時まで経っても戦場に辿り着けない。
そして、どうも、「無敵」で居られるのは、肉弾攻撃以外限定であるらしかった。
戦場が壁際になることも何度かあり、タイミングを合わせた奇襲を目論んだ一握りが在った。
けれど、戦闘に巻き込まれたら、「無敵」で居られる条件を守っていたにもかかわらず、一方的に粉砕されてしまった(蘇生で一命を取り留めました)。
そんなこんながあり、騎士団は大人しく指を銜えることを選んだが……屈辱である。
戦闘を専門とする職分が、暇をかこつしかないのだから。
ちなみに、壁に触れていれば「無敵」になれるという事実を発見したのは、セレナス達とは別の騎士団員である。
神のお墨付きに守られたのはいいものの身動きもままならなくなり、戦場で孤立する状況になっていたセレナス達を、戦いの余波で分断されていた別の一団が発見、合流しに来てくれて発覚したのだ。
セレナスはタイミングを見計らって、わざと聞こえるようにため息をついた。
「……皆、忘れてはいないでしょうね!? 見届けるのは、決闘が決着するまで! ですのよ?! 成り行き次第では――」
速攻で割り込む。
戦闘を見つめるセレナスは最後まで言葉にしなかったが、騎士団員は目をギラつかせた。
出番を待っていると、無言で同意したのである。
「殿下!! 聖堂に異変!!」
「――?!」
魔術師の短い叫びに、全員が振り向く。
そして、一瞬で驚きが真顔に塗り替わった。
「異変だと!?」
それはすぐに判明する。
「……揺れてる! まさか――地震??」
一人の呟きが波紋を広げるように騎士団員を青ざめさせていくが、従軍神官は壁面の先を追うように地底の天を見据えていた。
「これは……、鳴動……!」
直後、聖堂全体が噴火に見舞われたような激しさで揺れたのである。
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