第11話◆反省・・・改
文字数 5,720文字
首尾よく城下に紛れ込めたセレナスの歩みは軽かった。
髪型を変えて服装を市民のありきたりと大差無いものにしてしまえば、意外なくらい王女とは気づかれない。
何をするにも作法と
「♪」
解放された晴れやかさを存分に味わいながら、
市場は魅惑に
どっしり居を構えた店がある。
格式や伝統を看板にした風格に満ちた
かと思えば、市場が用意した
仲買や問屋を介さずに、王都で直接商売したい商人が好むのだとか。
商売なのに自由に市場を移動できる屋台という物もひしめいていた。
こちらは
飲料や軽食、菓子を主流に、生花や高価過ぎない装飾を扱う店も人気がある。
一番記憶に残っているのは、くじを引かせて当たりと外れを決め、それに応じた景品を
専門店――一つの分野を制覇している店からたった一種類の商材に特化した店までと
しかも、同種の店が五、六
選ぶ楽しみというものらしいが、初めて知った時には、こんなに同じ店ばかりあってどうするんだ!? と首を
買えない物が無いほど多彩な品を
加えて、圧巻なのは店や、そこに並ぶ商品の種類と数だけではない。
それらを軽く上回る数――いや、これはもう「量」で測った方がいいかもしれない程、の人が街路中をごった返している。
そして、誰かしらが店の前で足を止めて、商品を値踏みしていた。
真剣に商品に見入っている顔が在れば、冷やかしだと解る興味の無さもあり、目当ての品に興奮している顔、
活気に満ちた空間が好きなのだ――そう気づかされたのは何度目の時だっただろう?
一方で、何もかもが違い過ぎることに複雑なものを覚えるようにもなった。
厳格な形式と作法で、息抜き一つにも苦労させられる宮城。
城下を知る前までは疑問すら感じたことの無かった日常が、ただ豪華
(だからお父様も、どれだけ厳しく
感傷的な気分のせいだろう。冷やかすつもりさえない店の前で立ち止まりかけていた。
客ではなくなったと気づいて、残念そうな気配を
相応に通い
すれ違う人々が振り返るのは何かに
半人前に扱われている気がして、セレナスは悔しかった。
(……むう。この市場も片手で数えられる以上には通っています。お
騎士団が
(でも、あまりにも頻繁だと――先回りされますわよね。最悪、
多少の土地
万が一追っ手を掛けられたとしても、簡単には捕まらない自信があった。
「――おはようさん! いい朝だね!」
そんなこんなを考えていたセレナスに声を掛けたのは、顔
「おはようございます!」
元気な
「ありがとうございます!」
世間話も十二分に楽しいが――受け止めた果物が決め手だった。
こんな時の為にちょろまかしておいた
立ち食いも楽しいだろうけれど、今日はちょっと
考えるだけで楽しい。
そうと決まったら、即決行だ! 携帯食を選ぶだけでも色々目移りするだろうし、最近、少しばかり脱走の
女将にはそのまま手を振って、足を速めた。
「……へえ……。
感心しているようで、感情に欠ける
その
手下共の報告に間違いが無ければ、獲物にはまだ気づかれていない。
しかも、獲物のそれは”
化粧だけなら庶民もするが、「
商売女が清純さに焦がれ、気取るのは世間知らずの間だけで、お貴族様には嫌味の無い生まれと育ちの良さが無いと来る。
あれはとびきりの――上物だ。
大金を積んだところで手に入らない、掛け値なしの上質――そんなものを無頓着にひけらかせるのは、紛れもない世間知らずの証だった。
「
後ろ暗い場所に居るとは思えないほど変哲の無い声が男の
市場の見取り図を広げた古びた木のテーブルを囲む
窓から見下ろすのを止めて、卑屈さと素っ気無さを両立させる。
「整っておりやすよ」
正直な所、うんざりしている。仕事と割り切っていなかったら、
「”目”が張り付いてますんで、見失うことはございやせん。何処で仕掛けます?」
「そうだな……」
仕事を請け負ったくせに、依頼人が気に入らないのは――。
一つは、男が自分達を丸っきり信用していないこと。
一つは、男が自分達を丸っきり見下していること。
そして、最後の一つは男が仮面で顔を隠していること、だった。
鼻から上を隠す仮面の下で、男は陰鬱に笑った。
「此処だ!」
「――――」
依頼人が指さした場所に、
余所者さ加減にも程が在る!
裏稼業には裏稼業の仁義が存在する。
接点が無い、はずの表社会とでさえ暗黙の了解が無数に存在し、驚くほど厳密に守られているのだ。
依頼人はそれに関心が無さ過ぎた。
余所者ほど、細心の気配りで慎重に徹さないと、命すら簡単に危うくなるというのに。
指し示された場所を舞台にすることは、表社会と裏社会の間に存在する暗黙の了解――「
言い訳出来ないことは無い――だろうが、相当の罰を覚悟する必要が在るかも知れない。
仕事を蹴るという選択肢もあるが、問題はこの手の客にありがちな傾向。
一つは、世間知らずが形を成しただけの
これならば問題は何も無い。見切り時が来たら、掟に従ってさよなら――で済む。
厄介なのはもう一つのほう。
大抵の場合、腕っ節が滅法強い。
無頼と一まとめにされる裏社会の下っ端たち――男達の正体、が何百、何千、何万居ても勝負にならないことがある。
おまけに、裏街道を渡り歩いてきた男の勘が告げていた。
この依頼人は隠し事をしている。けれど、それを
仕事を請け負った以上、逃げられない(依頼人に始末されて終わる)以上、首尾よく
しかし。
(請けるんじゃなかった――。こら、相当きついヤマだぜ……!)
後悔しないわけにもいかなかった。
奇跡的なくらい仕事が
何故なら、過ぎるくらい上質な獲物の正体、それが問題だ。
見当が間違っていなければ、余所者に好き勝手をさせない、その程度の意地で
「
依頼人に感情の見えない目で見つめられていた。
(畜生――!)
「……んなわけねえでしょうが! あんまり、俺らのこと
「……解ったから、そんなに怖い顔はしないでくれないか?」
依頼人はため息をついて、降参のポーズをする。
(……舐め
そして、男が手下を
「……ったく!」
「じゃ、ないでしょ! もっと早く気づこうよ!!」
渋面で腕を組むグラディルに見下ろされるラファルドは我慢を放棄して噛みついた。
王宮から城下まで、
ずっと首を
王女の
「んなこと言われたってよ……! 善は急げ! だろ?」
「……それで? 殿下の行方は?」
急げが善! に置き換わっていると突っ込みたかったが、我慢する。
現在地はとある建物の影。
その裏手は宮城の敷地と城下を区切る
「ん? 何で?」
決定的ではなくても多少の手掛かりの持っている、と思って呼吸を整えながら
「…………何、それ。ねえ、まさか! 何も聞いて来てないの――?!」
「それ、お前の役目だろ。俺、見つけただけだし」
正確にはグラディルの無自覚な言動が原因で発覚した、である。
「それに、脱走だろ? 普通、手掛かりなんて残さねえよ!」
そんなこと威張らないで! という突っ込みは呑み込んだ。
「それでも! 経験からくる見当とか、必要な情報は提供して貰わないと! 第三王女殿下には脱走癖が有るらしい、って、笑えない笑い話を仕込んで来たのは君だったじゃないか!!」
「え? あ――、それは教官からまた聞きしただけだから!」
正確には②。
息抜きに、夜、学生寮を抜け出し、帰寮の門前で待ち構えていた教官達の怒鳴り文句に紛れ込んでいた、である。
「ほら、さっさとしろよ。何かが起きてからじゃ遅いだろうが! それに、見られたくないんだろ?」
促されるのは状況的に仕方がないが、反省のはの字も無いのが腹立たしい。
「そうだけど……。でもね、〈探知〉にしても! 具体的な心当たりが必要なの!!」
「んなこと言っても、そんなの軽くぶっちぎってるのがお前だろ! ほら、ほら!! さっさとしねえと、説教かます時間が無くなる! 騎士団には通報済みなんだぞ!!」
王族に関することは近衛騎士団の
……もっとも、ラファルドの勘気を
「……ラディ、君ねえ――」
そこへ。
突然、〈転送〉の魔法陣が展開される。
「急げ! これ以上、殿下を見失う訳にはいかないぞ!!」
魔法陣から現れた
「あれって――」
変装の中途だとは察しがついた。
市民の普段着っぽい服装で
「所属は? 座学で習う範囲に無い?」
「……判んね。初見。でも、向かい合う一対の
「だったら、騎士団だ。陰ながらの護衛を
「近衛の出番は?」
ラファルドの口調は何処か白けていた。
「察しがつかない? 君のお師匠さん、なんでしょう?」
「そりゃ――ああ! 二次被害が
「前科があったせいも有ると思うけどね」
王女
「でもよ。つーことは――?」
グラディルがにやり、と笑う。
公国の軍事力には魔法を専門にする集団――魔法師団、も存在する。
先程の光景は魔法探知でセレナス王女の所在を
王族相手に
つまり、今しがたの一団を追跡すれば、自動的に一番有力な王女の現在地に導かれるのである。
魔法で身体能力を強化しただろう一団は最早、影も形もないが――ラファルドの”目”はその程度の「速さ」で見失うことはない。
「――――だろうね……」
させたい反省が不意になったラファルドは、頭が痛いことを露骨なくらいの表情で語った。