第126話◆新たなる日常(2)
文字数 2,162文字
さらに駆け抜けること10分。
幾つもの秘密の通路を駆使して、三人は今、宮城をぐるっと囲んでいる堀の水源の一つである泉――割と深めの緑に囲まれた国王の直轄である土地の一つ、に居た。
セレナスとグラディルは汗一つ無い余裕さで喉を潤し、ラファルドは一人草原に大の字を書いて、木漏れ日に癒しを求めている。
「……で? 今日は何処へ向かう気なんだ?」
ラファルドに水分補給をさせつつ、グラディルは脱走を企図した真犯人を問い質す。
「ふふふふふ……! 決まってますでしょう! 目的などは、ただ一つ!! 彼の悪名高き、フルブレス山脈の王! ダークファング=レオを狩る!! それ以外に在りませんわ!!!」
不敵な笑みのセレナスが指さす方角、その先に峻厳さで名高い公国の尾根が在るのか。
しかし、それは当然のように付き人の顰蹙を買った。
「――ば、馬っ鹿野郎っ!! んなの、魂が幾つあっても追っつかねえじゃねえかよ!!」
ダークファング=レオ――フルブレスの悪夢と名高い闇の獣、は、世界最強と目された冒険者の一団を壊滅させ、討伐を目論んだ異国の英雄を帰らぬ人にしたという。
人間に興味を示さないから放置できているだけの、事実上の”最凶”。間違っても、たった三人で、行き当たりばったりで、どうにかできるはずなど、無い。
怖いのは、狩ることを宣言している王女の本気が何処に在るのか、見当がつかないことに在る。
けれど。
「本気にしないでいいよ、ラディ。片道だけで半年はかかるんだから」
醒めた声で、ラファルドが諫める。
ちなみに、旅慣れた冒険者が万全の旅支度を整え、フルブレス山脈が在るラグラディル地方に詳しい山岳ガイド雇って、山麓からダークファング=レオの縄張りに一番近い都市に到着するまでの時間が、『半年』だ。それも、天候や戦闘等の諸々が全て順調に進むことを前提とする。
セレナスは突然頭痛に見舞われたように顔を顰めた。
「何たること……! 何たること……!! 私の御付きともあろう者が、臆病風に吹かれようとは何たること――!!」
少年二人には妙に誰かを彷彿とさせる仕草で、セレナスは嘆く。
「……おい」
あれは、本気だとグラディルが釘を刺して来る。
しかし。
「大丈夫。あれ、初めてじゃないから」
「……あん?」
「公国で最初にあれを言い出した人はね、今も狙ってるんだよ。実に、往生際悪く。父さんに、灸を据えられても尚、ね」
「……え? つまり……、それって――」
グラディルばかりか、セレナスまでもが目を丸くした。
三人の脳裏には今、ある共通の人物の面影が高笑いをしている。
「まあ、公国の物流に網をかけてないはずが無いんだよねえ……。仮に、万が一、フルブレスの悪夢、日帰り討伐ツアー? の支度が整ったりしたら――どうなると思う?」
「…………どうする、の間違いだろ? ……間違いなく、抜け駆けする。その支度を、実力で、分捕って」
「正解」
身の置き所が無さげなグラディルと、素っ気無いくらい端的に感情を吐き出し、あらぬ方に視線を逸らしたラファルド。
娘としては、軌道修正をするのが正解だと悟らざるを得なかった。
「……仕方ありませんわね! 当初の予定通り、王都の外周探訪と洒落込みましょうか!!」
(……うーん……、それも計画性が在るんだか、無いんだか……)
ラファルドは胸中のため息を追加した。
王都の外周探訪は、王都民の隠れた即席観光スポットとして有名である。
城壁に添って王都の周囲を歩くだけの平凡なコースだが、草と道路しかない平原から鬱蒼とした山野を思わせる林間まで、緩やかな変化だが、それなりに豊富な景観の移り変わりを楽しめることが好評を博す理由だった。
貴族が首を傾げるくらい平凡な一般市民の楽しみなど、宮城に引き籠る王族には、普通、知り様が無いものなのだが。
ちなみに、城壁の上を歩いて眺望を味わうのは軍人や貴族の鉄板のデートコースであり、城壁を歩いて一周できるのは王族とその関係者(一握り)の特権だったりする。
ただし。
「まさかとは思いますが……徒歩で、ですよね?」
返答を予め想定していたと悟らせないのは、ラファルドのせめてもの情けだった。
「馬鹿をおっしゃい!! 全力疾走でこなせなくて、どうしますか!?」
セレナスには露とも気づいた気配が無い。
グラディルは露骨なくらい白い眼を向けているのだが。
(こいつ……! その外周に辿り着くまでに、何十キロ……いや、百キロ超えるかね? 騎士団と追い駆けっこをするつもりなんだよ!!)
そう、脱走は発覚したのである。
当然、三人の行く手には騎士団の追尾が待ち受けていると考えるべきだった。
しかも騎士団には、高度な通信網や潤沢な資金、洪水の如く豊富な人材が完備された包囲網が付いて来る。
時間と騎士団との三つ巴の過酷な競争は、とっくに火蓋を落とされているのだった。
そして、奇しくも、ラファルドとグラディルの胸中は一致していたのである。
(これだから、脳筋は――!!)
と。
補足:
王都の外周は一周で100km以上。体力馬鹿の巣窟である騎士団の訓練メニューの常識、走り込みでも20km前後が上限である。
そこへ。
「鍛練に励むのは構わないが、健全の領域を越えたら責任は追及するからな。勿論、諸々の費用も給料から差っ引く。それを忘れるなよ」
割り込んで来た男の声に、三人は不意を打たれた。
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