第1話◆屋上にて・・・改

文字数 2,746文字

「……何でだよ……。何で、俺だけ! 対戦相手が魔物なんだよ――!!

夕暮れ直前の校舎の屋上で大柄な少年が()える。
石の床に大の字を書いたまま、空をきつく(にら)んでいた。

少年――グラディルは(いくさ)(ためし)で敗退した。
先手必勝! を実践し、カウンターを(もら)ったのである。地肌を覆う白く真新しい包帯は良く言えば名誉の負傷、悪く言えば油断の証、だ。
覚えているのは魔物の荒い呼吸と頬に差した影ぐらい。気が付いた時には軍学校の保健室で寝かされていた。
目覚めるなり教官から拳骨付きの小言(かみなり)(試の過程・結果を箇条書きにした書類付き)と、一週間の授業免除(療養休暇という名の強制的安静)を貰ったことが不貞腐(ふてくさ)れの原因だ。せめて、自習(という名の()さ晴らし)が出来れば、気持ちの持って行き場も在ったのだが。

「言われてたろ? 必ずしも相手は人間じゃない!! って」

よくつるむ友人の一人、ラドルフが(なだ)めて来る。

「……くっそー、腹が立つったら……!」

ラドルフは試の通過者だ。宥められても、ちっとも嬉しくない。
無視された理由が解るのだろう。抗議の代わりに太腿を軽く蹴って来た。

「生きているだけ良し、だろ。普通、突っ込まねえし。レッドブレードベア相手にさ」

対戦相手は、炎の力を蓄える熊型の魔獣だった。
鎧ごと肉体を切断できる鋭利な爪と鉄も溶かす炎の(ブレス)が強力な武器だ。

「先手必勝で何が悪いんだよ! ……それに、脱落は俺だけじゃないか!!

正確には試で敗退したのが、である。そして、機嫌が悪いもう一つの理由だった。

「…………」

何を思ったのかラドルフは首を傾げ、会話の隙間を縫うように別の友人――ヴァッセンが笑いかけて来た。

「別に、がっかりしなくてもいいんじゃないか? 『例年通り』なら合格者は出ないはずだし。確か……試験三回ごとに一人――だったっけ?」

勇者試験参加を見送った友人が試を勝ち抜いた友人に()く。

「……、おう。合格者は前回出たばっか。俺も本命は次回だしな。それに、お前今年が初受験だろ」

生意気だと遠回しに言い、気にする事じゃないとも励ますラドルフ(三度目の挑戦)だ。

空を睨んだまま、反撃は最速で飛んできた。

「破天荒って言葉があんだろ!! 下らねえジンクスなんぞは紙(くず)にしてなんぼだ!!

「――――」

想像以上の根の深さに、(さじ)を投げるべきかどうか友人たちが顔を見合わせる。

そこへ。

「……おうおう。負け犬は威勢だけがいい、って相場だが――まんまだったなあ」

「んだとう!? ――げっ!」

グラディルは跳ね起きた途端、表情を(ゆが)ませた。
保健室で延々小言と拳骨の雨を降らせたくせに、未だに青筋が取れないグレゴールの登場だ。

「負け犬ってのは惨めに落ち込んでなんぼなんだよ。不用意に甘やかすんじゃねえ! ――と。ラドルフ、ヴァッセン、お前らは職員室に直行」

とばっちりに表情を歪めたのも一瞬、上官に敬礼を返す。
すぐに屋上は教官とグラディルの貸し切りになった。

「教官!! 俺は――」

食って掛かって来るグラディルを無表情に一瞥して、拳骨を見舞う。

「返り討ちに遭った、んだよな? 負け犬。ブレードベアは王都近郊に発生する魔獣じゃトップクラスに危険――そう能書き垂れてやった、ってのになあ、負け犬!」

「――ぐっ。……レッドブレードじゃあ、炎のブレスだって在り得たでしょう!」

「んじゃ、黒焦げじゃないだけ運が良かったのかもな、負け犬」

「一々、連呼しないで下さいっ!」

グラディルの堪忍袋の緒が切れた途端に、教官の声からも感情が消えた。

「死ななかった――なんて、己惚(うぬぼ)れてんのか?」

「――――」

睨まれただけで真冬の海に突き落とされる。

「死に損ないが、逆上(のぼ)せやがって――。手配が無けりゃ、手前(てめえ)殉職(じゅんしょく)の墓碑銘行きだ。命の重み――有難味(ありがたみ)を骨身に染みて味わう、のがいの一番にやるべき事だろうが!」

死して(しかばね)拾う者無し――それが合格率が最も高い試の別の顔であり、勇者試験が始まって以来否定されたことが無い伝統だ。
受験者は全員、参加が認められた時点で誓約書に血判を押す。「落命したとしても、異議申し立ても、賠償も望まない」と。
反論の余地は何処にも無かった。
ちなみに手配とは、手当てを施されて軍学校の保健室に送還された、(実は)特別な手続きのことだ。前例の無い話ではないが、手配された者が合格者になった前例は無いとされていた。

「――――申し訳、ありません――」

グレゴールはさらに一発、拳骨を追加した。

「解りゃあ、いい。ほら、負け犬! これ以上俺様に手間かけさせんな」

グラディルの顔面に藁半紙(わらばんし)一枚を張り付けた。

「……は、半年っ?! きゅ、休学――!!

書面に目を通したグラディルが絶句する。(あずか)り知らぬ所で、療養休暇という名の停学がスケールアップされていた。

「……とに、運がいい野郎だな? 俺に手と世話を焼かせる負け犬様は。登校禁止になるのを解ってたような手際の良さだぜ」

教官の不機嫌が刺々しくなる視線と共に加速していく。

「…………」

グラディルは知らん顔をするのが大変だった。

不本意なのは、グラディルだって同じだ。怪我の治療なんぞは保健室の回復魔法で十分なのだ。登校禁止とはいえ軍学校の寮生である。訓練の為の施設や器具は何処に居ても事欠くことはない。リハビリ目的で復学してくる本職さえ枚挙に暇が無い話なのだ。
グラディルだって、寮に引き籠りつつ休暇(と鍛錬)を美味しく消化するつもりでいた。

そんな本音が透けたのか。

「何なら、俺がお前専用のメニューを組んで――」

などと呟(つぶや)き始める。

「休養に専念しますんで、結構です」

断りを入れた途端、根性無しが! と頭を(はた)かれた。

面白くないのは解る。
半年という長さで休学なんぞを貰ったら、学校の敷地にさえ居ることが出来ない。
そして、普通は在り得ない。
授業免除(停学)自体も特別扱いと言える措置だ。大怪我をしたのだから、灸を据えるという目的に沿いはする。
けれど、休学は言い訳が出来ない。
教官の言葉ではないが、グラディルは負け犬だ。しかも、自業自得の。
特別にも程が在る扱いを与えて、どうするというのか。

「……忘れんなよ、無駄飯食い。勇者試験の落第なんざ、軍人のキャリアには傷ですらないってこと。いいな。半年のブランクなんざ、どうとでも取り戻せるんだからな!」

教官も解っている。軍学校の一教官では太刀打ち出来ないものが絡んでいる、と。
だから、発破をかけているのか拗ねているのか解らないことを言ってくる。

「うっす」

本気で目を掛けてくれるのを有難く思うからこそ、普段通りの、口やかましい先公に辟易している不良学生の態度を貫き通した。

やる気の無い返事を残して屋上を去り、階段を駆け下りる。
超法規的措置。
滅多に在ってはならないものを軽々しく振り回せる黒幕を締め上げる為に。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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