第1話◆屋上にて・・・改
文字数 2,746文字
夕暮れ直前の校舎の屋上で大柄な少年が
石の床に大の字を書いたまま、空をきつく
少年――グラディルは
先手必勝! を実践し、カウンターを
覚えているのは魔物の荒い呼吸と頬に差した影ぐらい。気が付いた時には軍学校の保健室で寝かされていた。
目覚めるなり教官から拳骨付きの
「言われてたろ? 必ずしも相手は人間じゃない!! って」
よくつるむ友人の一人、ラドルフが
「……くっそー、腹が立つったら……!」
ラドルフは試の通過者だ。宥められても、ちっとも嬉しくない。
無視された理由が解るのだろう。抗議の代わりに太腿を軽く蹴って来た。
「生きているだけ良し、だろ。普通、突っ込まねえし。レッドブレードベア相手にさ」
対戦相手は、炎の力を蓄える熊型の魔獣だった。
鎧ごと肉体を切断できる鋭利な爪と鉄も溶かす炎の
「先手必勝で何が悪いんだよ! ……それに、脱落は俺だけじゃないか!!」
正確には試で敗退したのが、である。そして、機嫌が悪いもう一つの理由だった。
「…………」
何を思ったのかラドルフは首を傾げ、会話の隙間を縫うように別の友人――ヴァッセンが笑いかけて来た。
「別に、がっかりしなくてもいいんじゃないか? 『例年通り』なら合格者は出ないはずだし。確か……試験三回ごとに一人――だったっけ?」
勇者試験参加を見送った友人が試を勝ち抜いた友人に
「……、おう。合格者は前回出たばっか。俺も本命は次回だしな。それに、お前今年が初受験だろ」
生意気だと遠回しに言い、気にする事じゃないとも励ますラドルフ(三度目の挑戦)だ。
空を睨んだまま、反撃は最速で飛んできた。
「破天荒って言葉があんだろ!! 下らねえジンクスなんぞは紙
「――――」
想像以上の根の深さに、
そこへ。
「……おうおう。負け犬は威勢だけがいい、って相場だが――まんまだったなあ」
「んだとう!? ――げっ!」
グラディルは跳ね起きた途端、表情を
保健室で延々小言と拳骨の雨を降らせたくせに、未だに青筋が取れないグレゴールの登場だ。
「負け犬ってのは惨めに落ち込んでなんぼなんだよ。不用意に甘やかすんじゃねえ! ――と。ラドルフ、ヴァッセン、お前らは職員室に直行」
とばっちりに表情を歪めたのも一瞬、上官に敬礼を返す。
すぐに屋上は教官とグラディルの貸し切りになった。
「教官!! 俺は――」
食って掛かって来るグラディルを無表情に一瞥して、拳骨を見舞う。
「返り討ちに遭った、んだよな? 負け犬。ブレードベアは王都近郊に発生する魔獣じゃトップクラスに危険――そう能書き垂れてやった、ってのになあ、負け犬!」
「――ぐっ。……レッドブレードじゃあ、炎のブレスだって在り得たでしょう!」
「んじゃ、黒焦げじゃないだけ運が良かったのかもな、負け犬」
「一々、連呼しないで下さいっ!」
グラディルの堪忍袋の緒が切れた途端に、教官の声からも感情が消えた。
「死ななかった――なんて、
「――――」
睨まれただけで真冬の海に突き落とされる。
「死に損ないが、
死して
受験者は全員、参加が認められた時点で誓約書に血判を押す。「落命したとしても、異議申し立ても、賠償も望まない」と。
反論の余地は何処にも無かった。
ちなみに手配とは、手当てを施されて軍学校の保健室に送還された、(実は)特別な手続きのことだ。前例の無い話ではないが、手配された者が合格者になった前例は無いとされていた。
「――――申し訳、ありません――」
グレゴールはさらに一発、拳骨を追加した。
「解りゃあ、いい。ほら、負け犬! これ以上俺様に手間かけさせんな」
グラディルの顔面に
「……は、半年っ?! きゅ、休学――!!」
書面に目を通したグラディルが絶句する。
「……とに、運がいい野郎だな? 俺に手と世話を焼かせる負け犬様は。登校禁止になるのを解ってたような手際の良さだぜ」
教官の不機嫌が刺々しくなる視線と共に加速していく。
「…………」
グラディルは知らん顔をするのが大変だった。
不本意なのは、グラディルだって同じだ。怪我の治療なんぞは保健室の回復魔法で十分なのだ。登校禁止とはいえ軍学校の寮生である。訓練の為の施設や器具は何処に居ても事欠くことはない。リハビリ目的で復学してくる本職さえ枚挙に暇が無い話なのだ。
グラディルだって、寮に引き籠りつつ休暇(と鍛錬)を美味しく消化するつもりでいた。
そんな本音が透けたのか。
「何なら、俺がお前専用のメニューを組んで――」
などと呟(つぶや)き始める。
「休養に専念しますんで、結構です」
断りを入れた途端、根性無しが! と頭を
面白くないのは解る。
半年という長さで休学なんぞを貰ったら、学校の敷地にさえ居ることが出来ない。
そして、普通は在り得ない。
授業免除(停学)自体も特別扱いと言える措置だ。大怪我をしたのだから、灸を据えるという目的に沿いはする。
けれど、休学は言い訳が出来ない。
教官の言葉ではないが、グラディルは負け犬だ。しかも、自業自得の。
特別にも程が在る扱いを与えて、どうするというのか。
「……忘れんなよ、無駄飯食い。勇者試験の落第なんざ、軍人のキャリアには傷ですらないってこと。いいな。半年のブランクなんざ、どうとでも取り戻せるんだからな!」
教官も解っている。軍学校の一教官では太刀打ち出来ないものが絡んでいる、と。
だから、発破をかけているのか拗ねているのか解らないことを言ってくる。
「うっす」
本気で目を掛けてくれるのを有難く思うからこそ、普段通りの、口やかましい先公に辟易している不良学生の態度を貫き通した。
やる気の無い返事を残して屋上を去り、階段を駆け下りる。
超法規的措置。
滅多に在ってはならないものを軽々しく振り回せる黒幕を締め上げる為に。