第102話◆覚悟(2)
文字数 2,741文字
「死ぬべき、とは?」
ラファルドが目の前のセルディムに問う(筆談継続中)。
セルディムは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「まンまさ。俺ガ組織にツくられテ……10ねンかな? 人と竜。りョウほうのせルディムのカんりを任されてキた。あいツ程優じゅウ不断デ、ヨく深い奴はいナい。そして、覚悟がなイくセニ――おわルことをノゾんデる。だから――」
ラファルドが言葉の先を引き取る。
「死ぬべき、だと」
「ソウだ」
「では、貴方は?」
「あん?」
素っ頓狂な顔が、妙に人間味に溢れて見えた。
「俺、かい?」
「ええ。貴方には願い、とかは無いのですか?」
ラファルドは真っすぐにセルディムを見つめる。
「オれコじンノ……か。あんタ、妙なコとキくな……」
セルディムは考える素振りを見せた。
「…………」
「有るといえバあルし。無いト言えバナい」
「それは……?」
セルディムに自虐的な笑みが浮かんだ。
「薬で叩キ起こさレ、くすリで寝カしつけラれる。ソんなジんセイなんだゼ? 在るノぞみは、アイつとノ共有だシ。おレ――俺だけの望み、かあ……」
ラファルドは角度を少し変えてみた。
「感じたことも、ありませんか?」
「……かんジル、ねえ……。シいて言うナら――疲れた、かな。……ああ、そウいヤ。たまにゃあ、ぐっすりと眠ってみたいね。アシ、明日? を、疑うことなく。そんなコとなら、カんがエたこと、アるゼ?」
「ちなみに、ですが。セルディムさんが死んだら――貴方は?」
「きマッてるだろう! シぬさ。一レん托生。俺ニ、生きる力は――いキていク意志はネえよ。ハナかラな!!」
ラファルドは寂しさを覚えて俯いた。
「……そうですか……」
セルディムはため息をつく。
「同情なンテ、スンなよナ。俺はモぎ……あア、でモ――こレが、ヒトとしてあツかわレルっテことカ――。ソウか。俺はナれたンだな。なロウと思えば、ヒトに――。……おワらイだ。これじゃあ、いっショじゃネエか! ズっと蔑んでキたあいツト――!! イくジなシは……おレの方ダ……」
(……人になりたかった? それとも、単に模擬人格で終わりたくなかった? どちらが真実かは……、僕が決めることじゃない)
ラファルドの視線に気づいたようにセルディムは顔を上げる。
吹っ切れたのか、覚悟が決まったのか。
動かし難い何か――言うなれば意志、のような輝きがその目には在った。
「ミッとモねえ所、見せたミたイだな……。いいゼ? 会わせてヤる。セルディム=マグス=ファナムによ。おレが生きた、サい初で、さイゴのあカしダ」
何故そんなことになるのか、ラファルドは目を丸くする。
「最初で、最後……!?」
セルディムはごく当然のことのように笑った。
「そウダ。これをやったら――俺は、キえルからな。メいかクな規定イハんには、罰則がアる。あンタは「鍵」ヲ持ってナい」
「鍵?!」
そんなものが在ったのかと、今更ながら、失敗した気分にさせられる。
「鍵」がどんなものなのかは判らない。けれど、それが在ったなら、もっと色々な話が出来たはずだ。
別人格のセルディムから託された厄介な「言伝」に関わる話も聞いてみたかった。
けれど、もう、最期なのだという。
能動的な、「自分」としての決断なのだという。
ならば。
ラファルドに選べる道は一つしかない。
セルディムの目に甘い感情は無かった。
「さあ、覚悟をきメろ! シにカけのどうしようもねえ、俺ダけどよ、会う必要ガあるんだろ? グらでぃると引き合わせるンだろ? あいツは――俺をコえていク、そうナんだろ?」
ラファルドは唄を止めると、覚悟を深呼吸に変えた。
「O.K。いい覚悟だ」
セルディムは不敵に笑うと静かに目を閉じる。
そして、静かに目を開けた。
「……後悔するぞ! 俺を、呼び覚ましてくれるとは……!!」
一歩詰め寄ろうとして、セルディム=マグス=ファナムはそのまま崩れ落ちる。
助ける為に差し伸べたラファルドの手を、乱暴に振り払った。
「……俺は、御せない。力も、自分も――!!」
恨みがましいセルディムの目を、ラファルドは真っすぐに見つめ返した。
「自分を許せないほど、嫌いなのですね」
「俺は……俺は! 何も、守れなかった!! 何の役にも――誰の助けにも、なれなかった!!」
セルディムは拳で地面を殴る。
ラファルドはそれを静かに見ていた。
「それでも、虫のいい死に方を望まない。……ならば、生きなくては。最期まで」
セルディムは憤る眼でラファルドを睨んだ。
「……殺せ。俺を、殺せ! 俺に、意味は――価値は――無い!!」
「生きること、死ぬことに貴賤はありません。安穏たる死に必要なのは精一杯の生。惨めな死こそが似合うならば、尚のこと、息が続く限り土に塗れ、苦痛に悶えるべきでしょう」
蓄え続けた感情を吐き出すように、セルディムは吠えた。
「……してやる……殺してやる! 殺してやる!! 殺してやる!!! 俺を忌む者、蔑む者、憐れむ者、憎悪する者、生かさない者、顧みない者、全て――、この手で、この手で!! この手で!!!
――だから、頼む。俺を、俺を、俺を――!! 俺は、止められない。自分自身さえ――止められないんだ!!!」
悲壮なほど荒れ狂うセルディムの前で、ラファルドは何処までも静かだ。
透明と形容することが叶う程、静かだった。
「それでも、願うのでしょう? 生きたい、と。内なる竜の抗いは外なる人の祈り。……来ます。グラディルが、貴方の前に。真実を求めて」
セルディムは咎められたように、泣き崩れる寸前だった。
「……俺の、全てを暴いてどうするつもりだ?!」
「どうぞ、御自由に。断罪を望まれようと、贖罪を果されようと。私は一命を賭して貴方を人に留め、グラディルと引き合わせます」
「逃げ出すかもしれないぞ? 俺は――クレム兄さんとも向き合えなかった――」
懺悔のような告白に、ラファルドは静かに目を閉じる。
「人ならざる血を得、人ならざる力に溺れて尚、人であることに拘る。ならば、最期の一息、それが永遠へと消える刹那まで、人として在りなさい。貴方が自らの望みから逃げられぬ限り、自らの弱さに拘り続ける限り、グラディルからは逃げられません。グラディルこそが貴方の願いを叶え得る最後の階なのだから」
セルディムの孕む静けさは薄皮一枚下に狂気をも息づかせていた。
その両目が爛々と輝き始める。
「……ほう? お前を殺してでも逃げられぬと言うか――? 我が内に息づく〈竜〉が力、偽りだと侮るか!?」
セルディムが閃かせた爪の先が、ラファルドの頬にうっすらと血を滲ませる。
ラファルドは静かに目を開けた。
「私が全てを見届けましょう。久遠へと通じる業の扉。そが御身の前に開かれる、その時まで――!!」
狂気を滲ませるセルディムを前に、ラファルドは何処までも透徹で、静寂に満ちていた。
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