第69話◆白百合姫(4)
文字数 3,763文字
その言動は、当然のように魔族の少女を激昂させる。
「勝手な寝言ばかりほざきやがって……!! お前はね、あたしに跪くんだよ!!」
「それは、お断りさせて頂きます。申し上げたはずですしね。王女殿下を人質にしたことは最悪の選択肢だと」
ラファルドは冷静に突っ撥ねてから、囚われの王女に笑顔を向けた。
「――というわけで。殿下、自力で脱出あそばされますよう。抱え込まなければならない、余分な荷物が出来ましたので」
「…………」
「――んなっ、なっ、なっ――!!」
王女の風情に変化は無かったが、魔族の少女は顔を真っ赤にして屈辱に震えていた。
「余分な荷物」が自分のことを指しているのは勿論。
ラファルドは断言していた。
王女が人質で居るのは演技――茶番なのだと。
「――――っ!!」
一つ、また一つと絡まる数を増やしていく光の鎖さえも見えていない。
そして、王女の無反応は説明を求めているからだと、ラファルドは判断した。
「先代のドルゴラン――ルゴラム=デアス=アストアル殿下の除名は、魔族の女性と恋仲になったから、です。40年近く前ですが、当時の公国はユルグランド大陸の中堅レベルの国家の一つに過ぎませんでした。周辺国家との折り合いは御家の一大事。アレルギー反応のような反発を被ることは許されず、将来を嘱望された王子でも、廃嫡を辞するわけには行かなかった――のだと」
つらつらと語るラファルドに、公国の英雄は不機嫌だった。
「王家の秘事を軽々しく吹聴しおってからに……! 近頃の良心とやらは、随分、耳年増な物らしいな」
おまけに、れっきとした醜聞判定である。情操教育にもよろしくない。
聞き流してもよかったが、ラファルドは反応した。
「秘事は大袈裟でしょう。聞こえが悪かったのは確かでも。廃嫡を宣告されて、身の振り方を悩まれたそうですよ?」
ラファルドが知っているのは、記録として家に伝わっているから。
それはつまり、当時、ルゴラムがセルゲート家を頼った、ということである。
国王の顔に納得の色が浮かぶ。
「……それでか。俺は、親父から仰々しいくらいの前置きを貰ったんだがな……!」
不機嫌な告白は、てっきり、門外不出レベルの、重大な事実だと考えていた、という白状だった。
ラファルドは勘違いの理由を聞かされたように納得する。
「ああ、そこは、陛下にまで自由恋愛に目覚められたら事だったから――だ、そうですよ?」
「ちなみに……、それは誰が?」
何食わぬ顔で、国王はラファルドに聞く。
「父が」
あっさりした返答は、外面だけを読めば、父親が息子に語ったということである。
しかし、内実にはディムガルダが当時の国王に献策したという事実を含んでいた。
「…………。ディムに言っておけ。何時か絶対に愚痴りに行くからな。逃げるなよ! と!!」
「承りました(……大丈夫かなあ。父さんは父さんで、腹に一物がありそうな感じだったけど。殿下の出奔は寝耳に水の出来事で、それこそ、醜聞になった。家が相当な責任を取らされた、って。……まあ、でも、絞りに行ったはずが、絞られて帰って来る、ぐらいが関の山かな)。……という辺りで、よろしいでしょうか? 殿下」
と、ラファルドがセレナスの機嫌を伺えば、魔族の少女が逆上した。
「思い知らせてやる!! お前たちの身の程って奴を!!」
そして。
「仕方ありませんわね……。この辺りが、潮時でしょう」
呆れ気味のため息と共に、セレナスはぱちりと目を開いた。
呼吸を少し深くすると、白い輝きがセレナスから湧き上がる。
「?! ――何をした!? 今……って、え――――え?! う、嘘――!!」
魔族の少女の視線は、あっという間に乾涸びていく黒い茨に釘付けだった。
「破っ!!!」
気合一閃、肘からの衝撃波で、枯れた茨を粉々に破壊する。
「……ふう……、退屈な時間でした(お姫様らしく、救助されてみたかったのですけれど……、それはまた今度、ですわね)」
何事も無かったように降り立ち、すたすたと歩いて、セレナスは国王の元に戻った。
そして、跪く。
「作戦の一部とはいえ、心労を掛けましたこと、改めてお詫びさせて頂きますわ、陛下」
「……う、うむ。無事で、何より……」
作戦という口上にもかかわらず、国王の方が戸惑っていた。
(口上は、建前ですからね……。それにしても、あれが噂の仙道、かな? 確か……、外向きには術を名乗ると聞いてるけど)
娘と父の、噛み合っているようで、噛み合っていないやり取りを一瞥すると、光の鎖が一際眩く輝き出した。
「こちらもようやく、ですかね」
「は、はあっ!? 何がようやくだって?!」
宙に浮いていた少女は、今やしっかりと自分の二の足で床を踏みしめている。
「封印完了。もう、魔力も異能も使えませんので」
「――――なっ!!?」
魔族は揃って目を剥き、ラファルドを凝視する。
「……ぎりっ!」
男のほうが歯軋りすると。
「警戒!!」
グラディルが鋭く叫んだ。
仮面の魔族が拳を振りかざすと、5メートル程の高さに、無数の黒い渦が生まれる。
そして、そこから豪快な筋骨を真っ黒な剛毛に包み込んだ獣が続々と飛び出した。
「ブラックコング?!」
護衛として、貴族たちを取りまとめていた衛兵の一人が悲鳴を上げる。
「不味い!」
「やれえっ!!」
国王の警告が終わるよりも、仮面の魔族の号令が一手早かった。
続々と発生した怪力による暴力の悉くを防ぎ切ったのは、ラファルドの結界である。
「ユルグランドでは、滅多に見ないぞ!!」
ラファルドは魔族の少女のすぐ傍で、冷静に睨みを利かせていた。
「混乱を作り出し、それに乗じて――ということでしょうね」
大広間の衛兵や騎士達だけでは手に負えないと判断して、国王が剣帯から剣を外し、愛用の得物を抜こうとする。
「陛下!」
「……何だ?」
公国の英雄を制した王女に、国王は渋々と問う。
「どうぞ、お任せあれ! ですわね?」
セレナスは微笑をラファルドに向け、ラファルドは肯いた。
「どうぞ、望まれますままに――」
「……解った……。任せよう!」
剣を腰に戻しはしたものの、国王の表情は自己の不甲斐無さを恥じる色が濃い。
ラファルドの呪文と共にセレナスは白い光に包まれる。
詠唱が完了すると、華麗で清楚なドレスが動きやすさを重視した戦闘着へと変化していた。
純白の生地に銀糸で模様を縫い取った半袖と半ズボン。婦人の絹の手袋は銀色の輝きが眩しいバトルグローブに、足を美しく見せる為の婦人靴は見た目は美麗でも中身は耐久と性能重視の戦闘用運動靴に履き替えられている。
機動力を武器に火力を叩き込む、闘士のスタイルだ。
「行きますわよ! 私を甘く見たらどうなるか――骨の髄まで、お刻みなさいっ!!」
王女という肩書には不似合いな、美しくも獰猛な笑みは、意外なほど自然だった。
「えっ……? う、嘘――!! だって……、白百合のようにお淑やかなお姫様だって――!!」
目の前で展開された現実に、魔族の少女は絶句させられる。
「……うーん……、まさか、一撃で、一息で――ですか……」
野生の獣とは比較にならない程の凶暴さと頑丈さと併せ持つはずの魔獣の群れ。
そんなものを、危なげなく、一群れあたり分もかけずに、大広間の掃討を終えた「王女」だった。
「詐欺だ!! って、言いたくなりますよねえ……」
婦女子だから、王女だから、というグラディルの遠慮を差し引いても、十二分に腕が立つとは考えていたが、不覚にも、魔族の少女に同情してしまうラファルドである。
「ほほほほほ。それは生憎でしたわね!」
腰に手を当て、高笑いを響かせる王女の有様に、お付きの衛兵は眉根を寄せる。
そこに、複雑な表情の父親が追い打ちをかけた。
「……あれで、師匠殿の足元には、まだ遠く及ばないと来るからなあ……」
「――(つまり、まだ、強くなれる余地が多分に残っている、ってこと)――?!」
ラファルドは反射的に国王を一瞥し、気づかれる前に視線を元に戻す。
何故か、現状の気性のまま、身体能力と戦闘能力だけが強化された未来が思い浮かんだ。
(……クリス兄さん……。まさか、”見合い”と書いて”在庫処分”と読む、とか……言わないよね!?)
星黎の間に宰相共々陣取っている兄のクリスファルトに、今すぐ問い質したい衝動に駆られたラファルドだった。
「…………うそ……、……嘘ぉ――!!」
目の端に涙を滲ませ、茫然と叫ぶ魔族の少女。
ラファルドは今更ながらに腹立たしい気分になった。
「これに懲りて、よーく学んでくださいね(全く! どうして、あんなのを人質に、なんて考えつくんだか……)! 我が国の第三王女殿下は白百合の花の如く清楚で可憐ですが――」
「乙女心は、学べまして?」
何時の間にか、ラファルドの背後から、淑やかなのに、満面の危険を湛えた声がした。
「(!? い、何時の間に――!!)……少しばかり、白百合のように野に咲いても美しいと思わせる所をもお持ちです。努々、容易く手折れるなどと考えたりはしないことですね」
一筋の汗が項を滴り。ラファルドの心臓は何時爆発しても不思議はないほど高鳴っていた。
「……………………少しは学べた、――と、致しましょうか!」
(……た、助かった…………!)
左胸に手を当てたい衝動に駆られているラファルドに背を向けて、セレナスは残された戦場に意識を移す。
「さて――、――!?」
そして、目を丸くした。
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