第72話◆横槍(3)~落着
文字数 4,616文字
「次は礼儀も弁えなければ、な。我らも国家の体を為す以上、野蛮の誹りは避けねばならん」
(説教の体を為しているけれど、拘束を強めている……。魔王陛下にも、彼――フォルセナルド、だっけ? が、貴重な手がかり――か)
ラファルドはもやもやする感情を抱えながら、魔王の尋問を見つめる。
「魔を産む能力がある魔族ですものね……。公国に二度と立ち入らないのは当然として――」
「人間への敵意と悪意も、すっぱりさっぱり綺麗に捨て去って貰えよ」
「……黙らっしゃい! お猿!!」
言われなくても解っている、という照れ隠しだ。
「どっかに、偽者よりは可愛気のある本物が居たりするんだろなー、……どっかに、――てぇ!?」
戦闘用の靴で脛を蹴られたグラディルが表情を歪める。
「……ふむ」
呆れたため息をついた国王が娘と不肖の弟子に灸代わりの拳骨を落としておいた。
「何処まで要求可能か、が解からんがな」
一人、拳骨を貰わなかった御付きは、そっと国王を一瞥した。
(否定されなかった――まあ、同じようなことを考えてるってことだよね。意見を擦り合わせる段取りはクリス兄さんに組んで貰うとして――、……ん? 何??)
視線を魔族の主従に戻すついでにグラディルと目が合っただけなのに、裏切者!! と視線で罵られてしまった。
『賓客の前で恥ずかしい真似に走るから、窘められただけでしょ? 勝手に僕まで巻き込まないでくれる?』
〈回線〉を使って、グラディルにだけ聞こえるように突き放したつもりだが、聞こえていたかのように、セレナスの目まで裏切者を断罪する感情を宿した。
そして、それがいけなかったのだろう(ラファルドにはそうとしか思えなかった)。
ついでとばかりに、ラファルドも国王の拳骨を貰う破目になった。
もっとも、顔の方向の矯正までくっついて来たので、役目に手を抜くな! という、別口の灸だったらしい。
「はっ……、――ぐっ、っ――ぅ、……ぁ、あ……」
抵抗は加速度をつけるように弱弱しくなっていく。
完全に屈服させられるのは時間の問題、と誰にでも判るようになっていた。
「?! ――陛下!!」
勘としか呼べない何かの警告に従って、絶叫したラファルドは、国王の傍で目を白黒させている異邦の大使サーマリウスを押し倒すように庇う。
「?!! ――――!!」
グラディルに目視できたのは、片手に納まる、汚れた毬のような物体が飛来したことだけ。
轟音と爆光が一瞬で大広間全てを蹂躙した。
「……逃げられた、か――」
サーマリウスの変装が解けてしまったゼルガティスがぽつりと呟く。
「あっ!?」
慌てて、グラディルは辺りを見回すが、下手人の姿は消え去っていた。
「消された――、んじゃ?」
グラディルは可能性を口にする。
「……だったら、少年が俺を庇う理由にならないだろう?」
「そりゃそうか……。でも、そんなに物騒な攻撃だったのか?」
「さて、な。……まあ、変装が解けてしまっていること思えば、油断してはならなかったものが在ったのは確かだろう、としか言えん」
「この大広間で処刑されなかっただけ、かもしれんがな」
国王がグラディルを援護するように呟いた。
「……いや、生きている。フォルセナルドは、無事だよ」
「根拠をお伺いしても?」
ゼルガティスはセレナスに苦笑を返した。
「上手くは言えんが……勘が働くのだ。神祇のように威張れる代物ではないが――魔王の勘も捨てた物ではない。俺は、何度も命拾いしてきたからな」
「そうですか……」
セレナスのため息に合わせるように、環視の人々から複雑なため息や呟きが溢れ出した。
「とりあえず、今宵の荒事は終止符を打った。そうだろう? 少年……、――少年?」
魔王ゼルガティスは微妙な顔で、自分の腕の中に居るラファルドに視線を移す。
「……す、すみません……。少しばかり、甘えさせて頂けませんか? ……眩暈が……酷く、て……」
「……熱烈な抱擁は婦女子からのみ受け付ける、と決めているのだが――、功労者の一人だ。仕方が無いとしよう」
「すみません……。少しの休憩で、楽になると――。あ、魔王陛下の言う通り、この場での荒事は終わり、ま……し、……た……」
ラファルドは目を閉じ、魔王に身体を預ける。
荒事の終結が周知され、安堵の空気があっという間に広がった。
5分後。
「御迷惑をお掛けしました」
問題無い程度まで回復したと判断して、ラファルドは起き上がる。
「いや、問題が無ければ構わない」
魔王ゼルガティスに一礼したラファルドの肩を、グラディルが叩いた。
「早速で悪いんだけど、どうする? おチビは」
「……だ、誰がおチビよ!! あ、あたしはね――、!! ……」
グラディルに喰ってかかったのも束の間、ラファルドとゼルガティスの視線に気づき、萎んでしまう。
監督役のセレナスは、彼女の背後に立っていた。
「……ああ、ドルゴラン=セグムノフ殿、か」
尖った耳に赤い瞳、赤茶色の髪と、茶色味の濃い地肌。顔立ちには一層、利発な印象が強く出ていた。
(魔族の容姿的特徴はある。でも、色彩的には珍しいんじゃないかな? めかしこませ方次第では……うん、人間でも通せるよね。それに……、やっぱり、間違った感覚はしない。魔族が人の世界で生きていくのには相当な困難が付き纏う――はず、なんだけど……、どうしてかな?)
背丈はセレナスの胸に届く程度で、歳は十代前半に見えた。
「どうされます?」
ラファルドはゼルガティスに引き取るかどうかを尋ねる。
現状、成り行きは不明だが、彼女は騒動に加担した。れっきとした情報源の一人なのだ。
ただ、言動から推察するに、彼女は知らないだろう。今夜の騒動に関して、公国や魔王ゼルガティスにとって価値が在ると認められる情報については。
「――――」
「…………あ、兄上……」
一人置き去りにされた挙句、自分を見つめる魔王の視線は感情が読めない。
縋りたいように見つめていた少女は俯いてしまった。
(……王族判定で、OKかな? ……まさか、魔を産み育てる能力を持ってたり――いや、『出来損ないなんかじゃない』って……。当面は監察、だろうなあ。尋問に掛けるわけにもいかないだろうし)
観察を続けるラファルドの耳に、魔王のため息が届いた。
「……お転婆……な、妹――」
「!!」
少女はぱっと顔を上げた。
「だが……お願いできるかな?」
「!!」
確定した島流しに、少女は愕然となる。
「(故郷の方が、逆に危険……。そうなりますか)解り、ました。……よろしいですか?」
なぜか、魔王に頭を下げられ、ラファルドは戸惑いながら国王に話の承認を求める。
だが。
「お前が捕らえた、お前の獲物だろ! 師匠に話を振るんじゃねえよ!」
グラディルから拳骨を貰ってしまった。
「!?」
身柄を確保し、〈力〉を封じたのは確かだけれど、監督は王女に任せた。
その時点で権利の譲渡は終わっているとラファルドは考えていた。
部下の手柄を横取りする上役、ではないが、家人の手柄は主人の手柄となる傾向は王家の周辺でも濃い。
そして、人族にとって、魔族の扱いは難しい。王女経由で公国に預けてしまうのが一番後腐れが無いはずだった。
涙の滲む目で、ラファルドはグラディルを睨む。
すると。
国王がグラディルを鉄拳で制裁した。
「馬鹿もん!! 公式の場では陛下と呼ばんか! それと。扱くからな。微かだろうと、見込みが在るなら、手加減はしない。覚悟は、整えておけよ?」
「――――げっ!!」
そして、師匠は粗忽者な弟子を再度鉄拳で制裁する。
「だが、姪御の処遇は貴様に一任したい。いいな? ラファルド」
ラファルドは臣下の礼を国王に捧げる。
「承りました。でしたらば、歓待させて頂きましょう。勿論、御客人で居て下さるなら、ですよ?」
ラファルドは少女に向けて微笑んだが、返事は魔王から来た。
「承知した。腹違いの兄として、王として。しっかり、監督させて頂こう」
「――では、粗方の話もまとまったことですし、口直しと参りましょう!」
セレナスは華やかに微笑したが、王女の衛兵二名は。
「――えっ?!」
「はあ――!?」
と、絶句した。
派手な荒事が発生した以上、今夜はこのまま解散だろうと考えていたからである。
当然、セレナスの笑顔には青筋が追加された。
「公式晩餐会を何だと思っていまして!? 荒れた気分を一新するには、一番の山車物でしょう!!」
グラディルはアホじゃねえの、こいつ! と表情で突っ込み、ラファルドはさりげない仕草で周囲を見回した。
(……まあ、想定外の事象は抜きにしても、想定内に収まったとはいえ、かなり派手に荒れたんですよね……)
許された異能を駆使して、ラファルドなりに万全を期したものの、調度品や倉庫から晩餐会の為に用意した装飾、食事や食器は殆ど全て台無しになっている。
荒事の現場に居合わせることを強制させられた王族、賓客、貴族たちの精神的な負荷も考慮に入れなければならない。
そして、作戦は完了した。
意義、成功・失敗の判定、総体的な俯瞰図の構築、等々。情報を収集し、さらにそれを分析、編纂して討議に持ち込み、意味づけ、包括的な反省を得て、さらなる消化と昇華を得るための事後処理を始めなければならないのだ。
戦略として包括し、政治として総括することは、晩餐会の続行よりも優先順位が高いはずだった。
おまけに、王女は『粗方の話もまとまった』と言ったが、それは魔族の少女の身柄の、一応の処遇だけ。それ以外は始まってすらいない。
(中途であっても、終了は已む無し……なんですがねえ……、――おや?)
ふと、ラファルドは意識を外に向けた。
自分に迎合する意見も空気も無い現状に、周囲を見回すセレナスと。
なぜか、幾つもの諦め顔が見え、ため息が聞こえてくる。
(……魔王陛下にしろ、お客様方の制御と誘導に当たって頂いた先輩方にしろ、客という名の皮を被った貴族の皆様方にしろ……、こんなことは言うまでも無く、理解されているはず……じゃあ、ありませんでしたっけ?)
はっきりと判る空気にはなっていないが、本音では王女の突飛な申し出に賛同したい、らしい。
ラファルドは空気をそう読んだ。
(仮に、殿下の言を容れるとすると――、……あれ?? もしかしなくても、妙案? だったりするの!?)
今夜から始まる(はずだった)晩餐会は王家の主催。
唐突な魔王の来訪を起因に発案された物ゆえに、日程的な苦しさはあったが――公国民であれば、誰もが焦がれる威容と豪華さを誇る代物である。
続行は主催たる王家の面子の維持にも効果的だ。
観客として、大した事情も知らされていなかった賓客、貴族たちのアフターケアにも、当然のことながら、利用価値が高い。
さらには、公国は、公国が、本気で事に当たり、臨んだ。
不測の事態も丹念に想定して織り込み、料理は勿論のこと、調度品や装飾にもきちんと予備を用意してある。
加えて、舞台として荒れたのは桜蘭の間だけ。
収拾をつけて、やり直すことは、決して、不可能ではない。
「そうですね……。厨房ですとか、確認を取らないといけない箇所が幾つかありますが……」
「――まあ! それでは!!」
セレナスの顔から青筋が取れ、華やかな輝きが強まる。
ラファルドが国王を一瞥すると。
「……解かった。手配しよう」
国王が同意するや否や、幾人かの騎士と給仕があっという間に桜蘭の間から出て行った。
「――――マジか!? マジなのか?!」
納得できずに絶句するグラディル。
その腹に一撃を加えて黙らせることを、主人は忘れなかった。
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