第108話◆窮地
文字数 1,554文字
「――!?」
結界に亀裂が入る瞬間をセレナスが目撃した直後、赤味を帯びた金と白の奔流は潮が退くように治まっていった。
(不味い……!)
持ち堪えることには成功したが、不吉な予感が胸を強く締め上げる。
「――、……」
瞬間、グラディルをどやすことを考えたが、ちらりと見えた横顔にセレナスは思い留まった。
(解かっていますわね、あれは……、――?)
グラディルの視線が一瞬、ある方向へ逸れたことに気が付いた。
観察すること数分。グラディルの視線の先に居るのはラファルドだった。
(成程。確かに、あれは邪魔な位置です! 何時、人質に利用されるか、解ったものでは――)
「殿下!!」
サマトが叫び声と共に圧し掛かって来る。
観察に集中力を割いたことで、奔流の察知が遅れた。それだけの話だった。
その直後、何かが砕け散る甲高い音を、セレナスの耳は捉える。
「――――!!」
空気の悲鳴が聞こえなくなるまで、数秒。
しかし、酷く長く感じられた”秒”だった。
サマトが気絶していることを確認し、セレナスは恐る恐る這い出る。
そして、周囲に立っている騎士団員が一人もいないことを確かめた。
(……まさか――?!)
最悪の想像をしかけたが、悪夢にうなされるような呻き声が次々に生まれ、セレナスは何とか胸を撫で下ろす。
(いけない! 最優先で無事を確かめないといけないのは――!!)
サマトが覆い被さって来たのは、〈結界〉が破られることを確信したから。
一番危険な損害を被った確率が高いのは、〈結界〉を張った術者である。
加えて、〈結界〉は戦闘を眺めて待つしかない自分達が欠いてはならない命綱だ。
その担い手の消息を確保するのは重要な事項だった。
ただ、立ち上がるのはセルディムの標的にされる危険性が高い自殺行為だろう。
セレナスは四つん這いで術者の法衣を探し回った。
幸いにも、三人目で目的の人物に辿り着く。
「…………」
意識が無いのは想定内。呼吸はしっかりしていたので、頬を叩いて目覚めを促したが――魘されるばかりで、簡単には目覚めそうになかった。
「……殿下……!?」
「!!!」
正体が判らないくぐもった声だったが、戦闘を続けているのは二人しかいない。おまけに、内一人は敵である。それでも、心臓を掴まれたように驚いてしまったセレナスだった。
慌てて振り返って、自分を見つめている騎士に仕草で沈黙を要求すると、似たような事を考えていたらしい騎士団員が幾人も居ることに気が付いた。
その中の一人に本職――神官、が居たのをいいことに、セレナスは魔術師の手当てをさせる。
(早いとこ「復旧」して貰って、次の奔流に――)
そこへ、銅と白の光が眩く瞬き始めた。
「不味いっ!!」
あっという間に、次なる奔流が聖堂全体を呑み込んでしまった。
「……っ、……。――!!」
弾かれたようにセレナスが起き上がると、酷くほっとしたため息が連鎖する。
「どれくらい!?」
間髪入れずに、セレナスは自分が気絶していただろう時間を、一番近くに居た年配の騎士に問う。
「数分です!」
返事をしたのはサマト。
年配の騎士は、
「神官殿の機転に救われました」
と、簡潔な報告をくれた。
〈連続魔法〉と呼ばれる、〈高速詠唱〉から派生する亜型スキルの要領で高位の防御法術、回復法術、治療法術を乱発に近い速度で連発し、窮地を凌ぎ切ってくれたらしい。
「その神官殿は――!?」
「私の代わりに、今、ダウンされてます……」
申し訳なさそうな声は、無事回復していた魔術師だった。
「……そう、ですか……。では――」
「殿下」
年配の騎士が言いたかったのは、「お逃げ下さい」の一言だったに違いない。
けれど、セレナスの決断は。
「ラファルドを奪還します!! グラディルの心残りを取り除いて、減殺率を上げさせませんとね! 私達も生き残らねば、救助に来た意味がありません!!」
だった。
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