第95話◆困惑

文字数 6,869文字

「…………、(まった)く。水(くさ)さにおいても、人後に落ちませんのねえ、貴方(あなた)は」

「ちっ」

(どう)臭いことになったと、グラディルは(した)打ちする。
夜半の更衣(こうい)室で、一人身支度(みじたく)(ととの)えていた所をセレナスに(おさえ)えらえてしまったのだった。

昨晩(さくばん)から今日の昼()ぎまで。ずっと出ずっぱりで、お父様にあれだけこき使われて。明日まで目を()まさないとばかり……。ま、(ちょう)度良かったですわ。(だっ)走を(たくら)めるのなら、体力に問(だい)は無しでしょう!」

セレナスは勝手に(なっ)得して()を向ける。
力づくで押し通ることも考えていたグラディルが、虫が良過ぎると(いら)立ったのは当(ぜん)だったのか。

「――おい」

機嫌(きげん)な声を()けたら、()ました返事が()っていた。

()げたければ、どうぞ、()(ゆう)に。近衛(このえ)と騎士団合同の包囲(ほうい)(もう)。それも多重。切り()けられる自信がお有りなのですものね? (わたくし)はその間に、悠々(ゆうゆう)とラファルドを(きゅう)出させて頂きます。そろそろ、ゼルガティス陛下から連絡(えんらく)(とど)く頃ですしね」

更衣室周辺に()分な気配は無かった。首尾(しゅび)よく(しの)()めたのだと考えていたが。
むしろ、それこそが(えさ)だとしたら。王女の(つか)えという任()逸脱(いつだつ)した途端(とたん)(きば)()くのだとしたら。

(あせ)るのは良くない。そう、自分に言い聞かせられるだけの余(ゆう)は、まだ、(のこ)っていた。

「……それをさっさと言えってんだ!」

セレナスの目が(けもの)を思わせるように(ほそ)まった。

「付いて来るのなら、情報(じょうほう)だけ抜いてとんずら――などという真似(まね)(あきら)めることね。私の仕えとして()ずかしい真似をしたら――、(ろう)(たた)き込みます。私の手でね。そして、そうなったなら、ラファルドの救出には向かえませんから。そのおつもりで」

まさにその算段(さんだん)検討(けんとう)していたとは言えず、見()かされたようなグラディルは()合が悪い。
しかし、セレナスの仕えという体裁(ていさい)を守れるなら、情報も提供(ていきょう)するし、救出作(せん)(さん)加して良いとも言っていた。
セレナスの心(てい)が解からず、グラディルは少なからず混乱(こんらん)する。

「……何しに来たんだよ、手前(てめえ)……!」

()物を値踏(ねぶ)みする獣めいた気配が消えると、セレナスは悠然とした空気を取り(もど)した。

「決まってますでしょう? 寝坊助(ねぼすけ)を叩き起こしに、です。寝起きの良さは、()めて差し上げますけれど。……それから?」

意味(しん)なセレナスの目に、グラディルはため(いき)を返した。
とりあえずは、脱走中(だん)である。(たよ)りに出来る伝手(つて)が在るなら、それを活用してからでも(おそ)くない。それに、これはラファルドが紹介してくれた(・・・・・・・・・・・・・・・・)アルバイトである。あまりおざなりにしてしまうと、後が(こわ)い気がした。

「悪かったよ、勝手な真似をして。夜の予定なんて、なーんにも聞かされてなかったもんでね。てっきり、(ひま)だとばかり思ってたぜ! ……晩(さん)会、今日もやってるんだろ?」

(あき)れた話だが、公国はあんな(そう)動が在ったにもかかわらず、晩餐会を中断しなかった。
日の出から日(ぼつ)まではせっせと王都復興(ふっこう)(せい)を出し、日没から日付が変わった少し先までは(多少はスケールダウンしたが)晩餐会に(いそ)しむという生活を始めたのである。

呆れているのはセレナスも同じなのか、ため息を返してきた。

「仕方が在りませんでしょう? (そう)定は中日(なかび)でしたのに、まさかの初日でしたもの。()定は予定通り、こなしませんとね」

グラディルと(ちが)うのは、公国や王家が守らなければならない体面に理解が在るところと、晩餐会の発(あん)者として、手配した物()には日持ちさせられない物が少なくない(・・・・・・・・・・・・・・・・)ことを(おぼ)えているところだ。

「それと、夜の予定を(おし)えなかったのは報(しゅう)です。(ろう)働の対()。それ以上でもそれ以下でも在りません! ついてらっしゃい。作戦会()が始まりますわ」

「……了解!」

グラディルは眠気(ねむけ)の残る()欠伸(あくび)をした。


『――と、いうわけだ。(もう)しわけない。〈(たん)知〉を()り切られてしまった――』

セレナスが(さず)かった宝(しょく)から聞こえる魔王ゼルガティスの声。
本当に頭を下げられている気がしたが、セレナスは()えてため息を(かく)さなかった。

「…………、そうですか……。いえ、()びは無用ですわ、ゼルガティス陛下。後は、私共で(さぐ)り当てて見せますから」

公国に狼藉(ろうぜき)を働いた不(らち)者の追跡(ついせき)は、元来、公国の役目。失敗(しっぱい)したからと言って、()めるのは(すじ)が違う。土地(かん)という意味でなら、ゼルガティスは素人(しろうと)と言っていいのだから。
セレナスが気を使うのは、ゼルガティスに()り掛からないことだ。

(ディム小父(おじ)様の助言は、『万が一! 取り逃がしたなら、魔族の陛下を頼りなさい!!』。つまり、ここから先が私たちの(りょう)分……出番、ですのね!)

『……その……、捕虜(ほりょ)、の様子は――どうだ?』

ゼルガティスの声の気まずさにやり過ぎた可能性を見たが、足を取られている場合ではない。
会議室の出入り口で(ひか)えている騎士の一人に視線(しせん)(うつ)すと、(うなず)きが返って来た。
問題は起きていない。伝達には承認(しょうにん)が出ている、ということだ。

「ぐっすりと熟睡(じゅくすい)中、です。……(あざむ)かれてなければいいですけれど」

そこには、今回の騒動の主(はん)と目されているジェナイディンも(ふく)まれていた。

謙遜(けんそん)は無用だ。あれは、魔力を極限(きょくげん)まで(けず)られたがゆえの(こん)睡。生半(なまなか)な事では……、厄介(やっかい)な術を使ってくれた……!』

魔族としての忸怩(じくじ)たる心情には、気づかなかった()りをする。

如何(いかが)されますか? 御事情が許すのでしたら、逗留(とうりゅう)を手配させて頂きますが」

『そうだな……、お(ねが)いしようか。(わたし)(もど)るまで、待てるな?』

(――あら、まあ!)

セレナスに明らかな苦笑(くしょう)()かんだ。

「お約束(やくそく)は、し()ねますわ。現状(げんじょう)、自由に動けるのは(わたくし)(ども)だけ、ということでして。その現状も、何時(いつ)(てん)するか予断を許しません。ただでさえ、救出は迅速(じんそく)果敢(かかん)(むね)とするものですし」

『解った。くれぐれも――』

(……(こま)った方、ですこと……)

(なさ)(ぶか)い人(がら)、と言えば聞こえはいいが、少々視野が(せま)いようだ。魔王という立場や実力に自信があるからも知れないが――困る。
何故(なぜ)、公国は今も晩餐会を(つづ)けていると思うのか。
婚姻(こんいん)成立――と(あい)()るかも知れない。けれど、相手がセレナスだとはまだ、決定されてはないない。破談(はだん)で終わる可能性も残されている。
成約か破談かを決めるのは、公国と――魔王。

(自身の()言葉には、きちんと責任を持って頂きませんと――ね)

(せい)意には誠意を。それが、作法だろう。
けれど、ゼルガティスは()種の王にして、異国の王。
()人としての付き合いだけでなく、組織(そしき)の頂点に立つ者としての付き合いもこなさなければならないのだ。
個人の事情にばかり走られて、王の面子(めんつ)(おろそ)かにされては、公国の面子が(つぶ)されてしまう。
セレナスは公国の王女。受け取れない(おく)り物は受け取らない。
()が掛け()なしの(こう)意だとしても、間違っても厚意から出た物ではないと(わきま)えなければならなかった。
(おおやけ)(わたくし)、その区別(くべつ)(ゆる)さがある相手からであるならば、尚のこと。

非礼(ひれい)と受け取られても、(こば)む。それがセレナスの選択(せんたく)だった。

「陛下こそ、お気をつけあそばされませ。では、また」

通信が切れる直前、()れてきたのは苦笑の気配である。


「……いいのかよ? 助かるんじゃねーの?」

通信の終了を待ってましたとばかりに、グラディルが()っ込んできた。
しかし、それは予想された質疑(しつぎ)に過ぎない。

「そんなに甘い話じゃありませんわ。公国が負うべき借金を決めるのは陛下、ですもの。それに、内実は違ったとしても、魔王陛下は外遊にお越しあそばされましたのよ? 我が国のもてなしをご(たん)能頂くのも、王の(つと)めの内ですわ。足労頂いてお(つか)れになったのなら、尚のこと!」

「ふーん」

一見、物分かりの良さそうな反(のう)が気になり、セレナスはグラディルを一(べつ)した。

「……それに。グラディル、貴方は(ぐん)学生ですわよね?」

「おう! ……まあな」

グラディルは返事をしておいて、何でそんなことまで知ってるんだ? という顔をしたが、仕えが始まった翌日(よくじつ)に届けられた履歴(りれき)書(公国の人事院が作成した簡略(かんりゃく)(ばん))に目を通したから、セレナスは知っているのである。

「でしたら、魔王陛下不在の方が、()合がいいのではありません? 公国が(ほこ)る戦力の一端と交流を持ち、内聞を得られますもの。()ては勇者でも、(そつ)業すれば軍(ぞく)。軍人に(きょう)味が無いとは、言いませんわね?」

「……まーな」

グラディルの顔には意味深な(かん)じが在ったが、セレナスはそれを重大だとは考えなかった。

「さ、無()口は此処(ここ)まで。(みな)、話の大(すじ)(つか)めてまして?」

セレナスが会議室に()めている人(いん)を見渡す。
参加人(ずう)はセレナス、グラディルを(ふく)めて12人。(ぜん)員が佐官(さかん)(きゅう)猛者(もさ)達(国王の許可の元、騎士団と近衛が合同で選(ばつ)した)で、夜の(やみ)にも(まぎ)れられる、暗色の制服(せいふく)に身を(つつ)んでいた。
ジャケットとズボンが戦士(けい)(おく)内用にアレンジされた、薄手(うすで)の外(とう)羽織(はお)っているのが術師系である。(こう)()は7:3。
彼らが(かこ)んでいるのは一度に20人(てい)度が囲める円卓だ。

「はっ!」

(みじか)い応答ながら、ピタリと(そろ)う。

「では、(あらた)めて。魔王陛下からの助力は受けません。先(ほど)(ざつ)談ではありませんけれど、魔王陛下は公国の客人であられます。これ以上、公国の内情に(かい)入されるには陛下の理解が肝要(かんよう)です。おまけに。これは私の推論(すいろん)ですが、これから向かうことになる戦場では、あまり、お役に立っては頂けないでしょうね」

セレナスはグラディルを(ひき)いて、円卓に歩み寄った。
(おう)には一(まい)の地図が広げられている。(すで)に、ゼルガティスがセルディムを見(うしな)った地点が赤く書き込まれていた。

「魔力による〈探知〉が通じない理由、ですか」

男の騎士が(つぶや)く。

法外な魔力の()身である魔王が振り切られる。そこには応分の理由が在るはずだった。

「ええ。(りゅう)()来の物なのか、はたまた別の事由に()るものなのか。今はまだ判断できませんが、まずはそこから(しぼ)りたいと思います」

(うん)が良ければ、(きょ)点に通じる手掛かりになるかも――ね」

女性の騎士の視線は地図に集中していた。

「ですから、この地図に在るもの、(こと)柄、何でも構いません。心当たりになるような物が在れば教えてください! お願いします!!

セレナスとグラディルは二人(そろ)って、騎士たちに頭を下げた。

話し合いが始まってから数分後、茶の支度を整えたサマトが会議室にやって来た。
通常であれば部屋付きの()女、もしくは侍(じゅう)の役目だが、状(きょう)が状況である。
情報(かん)理の一(かん)として、騎士(この場合は第三王女付きの近衛であるサマト)が雑務も(たん)当するのだった。

冷茶や冷水を(くば)って回るサマトを背景(はいけい)に、グラディルはじっと地図に集中していた。

「……(この(あた)りで見失った――んだよな)……? あれ? まさか――!?

「何です?」

セレナスは(けわ)しめにグラディルを一瞥する。
間違っても、軍学生という半人前から手掛かりが出て来るとは考えていなかった。

「……なあ、サマトのおっさん。もうちょっと雑な地図、ねえかな?」

「…………おっさん……」

出世の(はや)さを心の片(すみ)で自()したことが在る近衛騎士に、グラディルの”おっさん”呼びは想定外の衝撃(しょうげき)だったのである(ちなみに、騎士の何人かは()き出しかけた)。

無視される形となったセレナスは、当然のようにむっとした。

「ちょっと。はっきりとおっしゃいな! これは(とっ)級地図ですのよ!? 役に立たないはずなんて――」

しかし、グラディルは議論することの(しょう)略を選んだ。
今、重要なのは、自分の中に生まれたとっかかりに(かく)信を与えること。
解り(やす)(せつ)明はそれからだ。

「出来れば、市(せい)でも使える(やつ)。ベストは〈冒険(ぼうけん)者〉が好む地図なんだけど……!」

「ちょっと!」

(かさ)なる無視に、セレナスがグラディルに向ける眼差(まなざ)しがより(けん)悪になっていく。

(だれ)かが指(てき)するよりかは早く、グラディルは一応でも納得できる回答を出した。

「俺の覚え違いじゃなかったら――遺跡(いせき)が在るはずなんだ!」

グラディルはセレナスを振り返ることなく、魔王が追跡(ついせき)を断(ねん)した地点から西よりのある一点を(ぎょう)視する。
目の前の地図と記憶(きおく)の中の地図を必死(ひっし)()らし合わせていた。

「サマト、古地図だ! 新し過ぎるのが――学術用語が、(じゃ)魔ってことだ!!

騎士の中で一番体格に(すぐ)れた男が(さけ)ぶ。
言わんとすることを()み込んだサマトは、(うなず)きを返して、足早に会議室を出て行く。

「……はあ?! 何です、――って!?

セレナスは目を丸くした。

特級地図の特級は(とく)別に優れている、(さい)新にして最精(さい)であることを意味する称号(しょうごう)だ。
ゆえに使用される名()は学術名称――(せん)門用語、が(ゆう)先される。
学術名称とは、語(へい)(おそ)れなければ、(特に)専門家同士で通じる「(ぞく)語」。
市井の人々が常識(じょうしき)とする名詞――「俗称」、と(こと)なっていることは(めずら)しくない。
加えて、公国は情報に価()を置けばこそ、「博士(はくし)」という(かた)書を作り、価値を与え、把握(はあく)できる者を選別してきた。
(さら)には、公国民の(ほとん)どである市民に、高度な専門性を持つ学問は生きていく上で必()ではない。
ゆえに、専門性の高さと理解の間口の狭さは比(れい)の関係になり、学(きゅう)の用途にも()えられる精(みつ)な地図であるからこそ、かえって何を書いてあるのかが(わか)らないという弊害(へいがい)を無自覚に()んでいたのである。

ちなみに、冒険者が金(ぎん)(ざい)宝の手がかりとして好む古文書の一分類である古地図に(もち)いられるのは、作成当時の言語。最新を要求される軍用地図では真っ先に排除(はいじょ)されてしまう代物(しろもの)だ。
それが、何故市井で通じるのか? と言えば、一つは口伝(くでん)
血統(けっとう)であったり、立場によって伝えられると決まっている、口頭による伝承。
それは時代による変(せん)を受けないものではないが、原則(げんそく)として伝えると決められた時点の言語様式を守る。その様式を理解する為に必要な技術なり、知(しき)なりも様々な形で(けい)承されていくことになり、それが言語、常識としての寿命(じゅみょう)(えん)長させる結果(けっか)を産む。
もう一つは(かた)落ち。
最新の様式、最先端の情報は組織を(にな)う者が()密として(せん)有する、その(けい)向が産んだ反動として、市井には「新しくはあっても最新ではない物」が頒布(はんぷ)されることになる。だが、常に最新のアップデートを受けられるのはほんの一(にぎ)り。市井に広まる”一(ぱん)()格は(かなら)ずしも、「最先端」と同一のタイミングでアップデートされることは無い。不特定多数の人々が利用することになる為、最新であることよりも(はん)用性――(あつか)いやすさ、が重要視されることが少なくないのだ。
その為に、「最先端」との”型ずれ”が進行し、「最先端」では時代遅れであるはずの言語、常識が現役として(はば)()かせ続けていることも珍しくなくなる。
その”型ずれ”が世代、時代というスケールで発生したらどうなるのか――。

「それで!?

術士系の男性が話の先を(うなが)してきた。
多少でも興奮(こうふん)気味(ぎみ)なのは、遺跡の二文字に反応しているから、らしい。

グラディルは思い出しつつ、言葉を選んだ。

「小(づか)(かせ)ぎのバイトで、〈冒険者〉が出入りする酒場を使ってたんですけど。食事を(はこ)ぶ時に、古い地図を(ぬす)み見た程度なので――」

大した情報ではないはずだが、術師の男は考え込み始めた。
〈冒険者〉が興味を持つ遺跡。そこが男にとって問題であるようだ。

「まさか……、いや、可能性が無い話じゃない――。年代を特定できる手掛かりとかは?」

グラディルは申しわけなさそうに首を振った。

「……すみません。そこまでは――」

そこへ、サマトが新しい地図――市井で市(はん)されている物、を持ってきて、配り始める。

そして。

「――在ります! 在りますわ、遺跡が!!

その地図を目にした途端、セレナスが興奮と共に叫んだ。

「は?」

びっくりして目を丸くするグラディルを無視して、セレナスは手にした地図を卓に広げ、(りく)地の変動で()上がったとされる渓谷(けいこく)(あと)地――ゼルガティスがセルディムを見失った地点にほど近い場所、を指さした。

グラディルが(にら)んでいた場所からはやや東南になるその地点は、王都からは無理の無い旅程で(のぞ)む旅人で一日。装備(そうび)を整えた騎士団や〈冒険者〉なら、四半日を掛けるかどうか距離(きょり)だ。

「相当に古い遺跡だそうで、恐らくは古代人に関わる物だと考えて――」

今度は、興奮するセレナスに、グラディルが突っ込みを入れた。

「……おい! よく、そんなことまで調(しら)べられたな!?

()通は〈冒険者〉か考古学者、特定の時代を専門にする民俗学者ぐらいしか興味を持たない事柄である。

というか、サマトを(のぞ)く騎士達は皆、目を丸くして王女を凝視していたのだった。

「決まってますわ! 遠(せい)予定地ですもの!! ただ、下調べが全然間に合ってなくて――」

「と、いうことは……魔物の出没は確定なのですね、殿下」

さりげない、しかし、引きつった顔のサマトの合いの手。

「ええ、その通りよ――、――!!

言い切ってから(われ)に返って、セレナスは(おのれ)の失態を自覚した。
百合(ゆり)(ひめ)評判(ひょうばん)を取る第三王女の悪評の根源(こんげん)は――警護(けいご)の騎士を振り切って、宮城を脱走してしまうことに在る。

グラディルがぼそりと突っ込んだ。

「改名しちまえよ。(にせ)者だって、(なげ)かれたんだしさ」

「……だ、(だま)らっしゃい!! 貴方にそんなことを抜かされる筋合いなど、無くてよ!!

セレナスの顔が赤かったのは、羞恥(しゅうち)の為だけではない。

「…………」

どうしようもない(あきら)めが、会議室中に満ちていた。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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