第34話◆苦情と好奇心・・・改
文字数 4,411文字
(
無意識に
直近に盛大な前科が在ったせいだろう、すれ違う侍女が反射的にぎょっとしていた。
まあ、離れ離れを産んだ状況が状況だ。昼休みまでは大目に見てもいいだろう。二人にだって、事情も予定も
ただし、
もし、終わっても勤務に入っていなかったら――
「……あら? シェラ。仕事に戻って
窓ガラスに映る反射から、
「
一礼して去る侍女の後姿にため息を送ると。
「……でしたら、後学の為に見学と行きましょうか。乙女なら秘密の花園ですわね。なら、
がちゃり。
「――え?」「あ」
「……っ、きゃあああああっ!!」
「――な、な、な、何という
卒倒して、絶賛介抱中の侍女と事情を把握して血相を変える侍女頭。
「…………」
少年二人はどちらに申し訳ないと思えばいいのか、解からずに居た。
何せ、異性が男子更衣室に踏み込んで来るという状況そのものが想定外である。
責められるのは理不尽だという心情すらあった。
けれど、今、男子更衣室は簡易裁判所と化している。
二人は犯罪者(推定)だった。
罪状は公然わいせつ及び、わいせつ物陳列。
状況は極めて簡潔で、王女による男子更衣室進入に容疑者二名が硬直したところへ卒倒した侍女ラシェライル=ヘディンが駆け付け、絹を裂く悲鳴を発してばったりと倒れてしまったのだ。
幸か不幸か、侍女の悲鳴と卒倒で硬直が解けた為、侍女頭が駆け付けた時には証拠隠滅――もとい、着替え、は終わっていた。
現状は先輩侍女の介抱を受けるラシェライルの容体を見つつ、判決の為の事情聴取兼破廉恥の糾弾を受けている。
容疑者二名には、いかなる裁定が下されることになるのか――。
「ば、ばあや」
「おっほん!!」
セレナスは仕方なしに言い直した。
「ミラルダ、悲鳴は私のものではありませんわ。ですから、」
「なりません!!」
事態は重大なのである。
だから、主人の執成しだろうと
第三王女が国王から預かり、治めている区画で発生したのは許されざる珍事である。
口に出すことさえも
しかし。
「殿方の更衣室なのです。裸で居たところで、不思議は有りませんわ。開け放たれてもいなかったのですし――」
「…………姫様っ!!」
お年頃、の女性の
裁判官の了解の
「申し開きは?」
けれど、一番の重罪と
むしろ、自分(達)は被害者だと主張したのである。
「そもそも、ノックもせずに扉を開ける奴が悪い!!」
裁判官としては被疑者の主張を
被害者が生まれてしまったのは、男子更衣室へ消えようとした
重大珍事発生の報告を受けた時点で、裁判官には
だが、
市井では許される常識をおいそれと
そして、事件の
「猿に発言を許した覚えは無くてよ!」
「……恥じらいも
「
ラファルドの絶句する視線に気づいて、
しかし、同年代の異性の裸身に対する論評がもう既に普通とは言えなかった。
宮城――それも王族の生活の場、は、裸が当然のように
「殿下……。随分、見
「――ラファルド様っ!!」
侍女頭が絶句仲間の端的な感想を非常識だと
ところが、当の王女には「そんなことですか」という
「上半身でしたら、慣れてます。老師に
「――ああ! 殿下に武芸を伝えられたという?」
先刻の荒事でセレナスの腕前を目の当たりにしたばかりだったラファルドは、ついうっかり、空気を読むことを忘れてしまう。
「ええ。流れる雲のように奔放なところがある方で、」
「殿下!! 話を
「……御免なさい。それで、シェラは?」
「休みを取らせました。ただの引付ですから。明日には戻るでしょう」
何を思ったのか、グラディルが
「……ったく。
巻き添えを食った侍女に当たるのは見苦しいので、ラファルドが頭を叩いておく。
けれど、セレナスが目を丸くした。
「まあ――
「……殿下」
「お
「まあ!」
好奇心を止められない王女は役に立たないと見切りをつけて、被疑者の自白を求める裁判官は戦術を改めることにする。
まずは空気を立て直すところからだ。
「おほん! ――では、事情を聞かせていただきましょう!」
「――えっ?」
厚顔にも、容疑者二名は戸
「……男が、(更衣室で)裸だった理由――?」
余計なことまで口にした
これまたすかさず、痛えな! という
裁判官の心証はまた一つ悪くなる。
「当然です!!」
三名の中で一番事情を
じろり、と視線を移す。
「ええと、
ラファルドは嘘はつかなかった。
けれど。
「着衣を引ん
遠回しに言い訳だと断じられてしまう。
(……駄目かー、やっぱり……)
この世界には魔法が存在する。そして、それはある程度身近なものだった。
代名詞として名高いのは攻撃魔法。
火、水、風、土の元素魔法は子供向けの
回復魔法も有名な存在ではあるが、より日常的に接するものとして、攻撃魔法よりも現実的な位置に在る。
自然の回復力に
切断された四肢を繋ぎ合わせる、人間の肉体においては
いずれにしろ、施術に必要な地肌は患部とその周辺のごくわずかな部分に過ぎない。
そして、これは疑う者など、まず、いないほどありふれた常識だ。
つまり、裏を返せば裸を前提とする状況や術は特殊なのである。
さらには、ラファルドは
時に魔法に匹敵し、
しかもその血族は、
(
第三王女の日常に
それも、王宮でもトップクラスに入る
神祇の隠し事に危険が潜んでいるかもしれない可能性を予感しているのだろう。
「事情を、お聞きしていますが?」
無表情に
(でも――)
ラファルドの表情が
「お断り致します。殿下に降って湧いた求婚話と
正確なことを言えば絡んでいない。
グラディルの特異な体質と魔王の求婚は関係無い。余計な追及を突っ
絡んでいるのは求婚話ではなく、求婚が発覚する原因となった騒動の方だった。
侍女頭が王女のやんちゃに手を焼いている――とは、解かる。
不用意な心労を増やさない為には黙っていた方が無難だろう。
保身が関係していることも間違いないのだが。
「――――!!」
侍女頭が一層無表情を強め、自白を迫って来る。しかし、ラファルドは侍女頭を無視した。
「ミラルダ」
セレナスがため息をつくように侍女頭を
「しかし――」
職務に
知らん顔を装っているグラディルも、成り行きには興味
「……解りました」
侍女頭が引き下がった。
ミラルダ=マインズは第三王女に一番長く仕え続けて来た人物であり、王家に関わる人間の一人として、セルゲート家がどのような家かを理解している。
(アルバイトの終わりが見えない以上は、
本音はおくびにも見せず、ラファルドは申し訳なさそうな顔をした。
「移動に〈転移〉を使ってしまった、私の不手際でした。治療を急ぎましたので」
「急ぎの理由とは?」
さりげなく、しかし、往生際の悪い侍女頭の追撃に、ラファルドは胸中で笑う。
「兄のクリスファルトを探すつもりでした」
「……まあ」
そして、グラディルが続いた。
「俺も不用意でした。軍学校では、行動に
軍人見習いらしい、きびきびした態度で一礼すると。
「…………大目に見るのは、一度限りですから!」
侍女頭は主人を残して更衣室から立ち去った。
「――で?」
グラディルが意図的に
そこへ。
更衣室のドアがノックされ、別の侍女が客人の来訪という用件を持ってきた。