第46話◆血という名の因果(1)
文字数 2,666文字
「ファナムの姓を取り戻すには――血に宿る竜の力、その精髄を引き出し、その身に、魂に、宿さなければならないのだ!!」
「……は……あ?」
グラディルは理解できなかった。叔父の言わんとすることが。
正直な話、怖かった。叔父が別人のように見えて。
セルディムは真摯にグラディルを見つめていた。
「言っていたろう? お前の倍は恵まれていた兄さんの筋骨の強靱さ、タフネス、回復能力。その全ては、”竜の血”の恩恵。……そして、今、俺を苦しめているのも――、ぐっ!?」
セルディムは唐突に胸を押さえて、膝を折る。
「お――、叔父さん?!」
駆け寄ったグラディルを、セルディムはなおも仕草で制した。
「大丈夫! ……大丈夫だから。少し、落ち着かせてくれ」
(……本当か? 本当に、大丈夫なのか?)
グラディルは自信が持てない。
それでも、叔父の言葉に従ったのは、父から聞いていたからだ。
喧嘩をしても中々勝てないほど強い弟だった――と。
セルディムの呼吸が落ち着くのを待って、グラディルは肩を貸した。
そして、治まった(と見える)タイミングを計る。
「……じゃあ、聞かせて貰っても、いいかな?」
「ああ、答えられることであれば」
不安気な顔の甥に、平静そのものの頷きを返すと。
「だが、俺も詳しいとは言えない。……まあ、だから、調べていたんだけどな。トラス、お前が何処までクレム兄さんから聞かされているのかは知らないが、俺達がお前ぐらいの年の頃は、まだ、ひい爺様――血族の長老だ、が存命だった。ひい爺様曰く、『たとえ殺されることになろうとも、血の力には触れるな!』と。お前も知っての通り、兄も俺も、大人しくは従わなかったが」
「…………」
「この国を調べ回って判ったのは、与太話も同然の御伽噺。俺達の先祖は竜の一匹と約束を交わして、竜の力の根源を秘めるという血を取り込んだ――のだそうだ。何処まで本当なのかは解りようが無い。ただ、否定する要素も無かった。祖父は子供の頃、ひい爺様を頼った曾祖父に連れられて公国に移住したとは聞いていたし、俺達には力が在った」
「じゃあ、この国にはもう、手がかりは無い……?」
「……有るとしたら、公国に流れ着くまでの旅程を逆に辿り、父祖の地を探し出すこと、だな。ファナムの父祖の地は、少なくとも、公国の何処にも存在しない。だが、旅程を知ろうにも、一族は散り散り。消息を追うのも骨が折れる連中ばっかりだ」
「そっか……。じゃあ、叔父さんは何を知りたかったんだ?」
セルディムの顔に、虚ろな笑みが浮かぶ。そして、俯いた。
「強過ぎる力。それを、戒める方法を知りたかった――」
「……強過ぎる?」
「ああ。見てろ」
セルディムが目を閉じて何事かを呟く。すると、左腕がぼんやりとした光に包まれる。
そして、腕の輪郭を曖昧にしていた光が消え去ると――、グラディルはため息を抑え切れなかった。
「……鱗に! 爪――!! これって!?」
びっしりと、覆い尽くすように生え揃う楕円形の片鱗と、鉱物ような質感の、円錐状の第一関節を持った指。
それがグラディルの目の前に在った。
「そうだ。竜の鱗と爪だ。もっと昔には、竜そのものに変身することさえ可能だった、と――」
「親父は?! 親父はどうだったんだ!?」
興奮するグラディルは息を殺して、食い入るように叔父を見つめる。
「完全な変身は無理だった。無論、俺もだ」
「そうか……」
何処か、残念がるようなグラディルのため息に、セルディムは眉を顰めた。
「トラス、お前はやるなよ! 絶対に!!」
「どうして?」
グラディルは不満を隠そうともしない。
「(似てるな……。流石は、親子だ)暴走しかけた。俺も兄さんも、濃くはない”血”しか持っていない。それでも、人間離れした真似が可能で、力に踊らされるまま酔い痴れたら――見境を失った。エアリセル、義姉さんを、襲いかけたんだ」
悲痛な告白に打ちのめされたように、グラディルの顔が真っ青になる。
「母さんを――!? ……いや、でも、俺は――父さんたちよりも、血が薄いはず――」
言い訳めいたグラディルの呟きに、セルディムは激昂した。
「甘く見るな!! お前よりも血が薄い餓鬼が、今まで一人も居なかったとでも思うのか!? 曾祖父がひい爺様を頼る破目になったのは――」
余程嫌な思い出でもあるのか、セルディムは言葉を止めた。
「……のは?」
けれど、グラディルは予感と共に息を呑んだ。
「暴走だ。竜の姿に近づくことさえ出来ない能力しかない餓鬼が、凶悪な魔物そのもののように暴れ狂った、と。正気に戻ることはなく、……殺すしか、諫める手段が無かった……そうだ」
「――――」
「どれだけ血が薄かろうと、身内の恥。居場所を失った曾祖父の族は散り散りになったそうだ」
「…………そん、な……(折角の、――)なのに――」
「トラス……!? ……お前、まさか?!」
そして、咄嗟に、竜に変身したままの腕で、グラディルの二の腕を掴んでしまった。
「!? ……っ、痛!!」
少なくない力がセルディムの指の籠り、グラディルは思わず、悲鳴を上げた。
「す、すま――」
慌てて腕を離し、セルディムは絶句する。
力加減に失敗したはずなのに――グラディルの腕には、傷んだ痕が無い。
「……血を、継いだな。お前にも、ファナムを名乗る資格が在る――か」
「俺……、勇者になりたいんだ」
「竜の血族が、勇者に……、か」
「駄目、かな?」
セルディムは微かな笑みを浮かべた。
「いいや。竜もまた、勇敢を貴ぶ種だという。立派に、父親の後を継げ」
グラディルにも笑顔が戻る。
「もしかしたら、俺が叔父さんを退治しちゃうかもしれないぜ?」
「はっはっは! その意気だ! だが――」
一転して、セルディムは真顔になった。
「”竜の血”は使うな。勇者になる為の手段には、絶対にするなよ!!」
「何で? 何でだよ」
「何でも、だ! 竜の力は異能。御す前に、必ず暴走する! それはお前の傷になりこそすれ、誇りには絶対に、ならん」
グラディルは硬く拳を握る。
「同じ事を言うんだな、ファルと……」
「? ……ああ、俺を看てくれた少年のことか。随分、仲が良いようだな?」
セルディムの目には複雑な色が在った。
「まあ、な。貴族(みたいな家柄)は、好きじゃねえんだけど……迷惑、掛けっぱなしだから」
どう説明すべきか躊躇った甥っ子に、叔父はずばりと踏み込んだ。
「”竜の血”を打ち消す力を持っている――そうなんだな?」
「――違う!! あの力は、そんなに都合のいいものなんかじゃ!」
「……兄さんが、”竜の血”から解放されたのは――」
セルディムの声には濃い渇きが在った。
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