第17話◆美しきは・・・改
文字数 2,369文字
美しく透き通った蒼い光が廃墟と化した聖堂に降り注ぐ。
雲一つない宙天には黄金の月。
「……綺麗。なんて、幻想的ですの……」
セレナスは夢見るように呟く。
けれど、〈力〉と心象で織り上げられた幻の世界だった。
聖堂中央には光り輝く線画――魔法陣。
その中央で、術者であるラファルドが詠唱に専念している。
「ま、綺麗ってのに異論はねえけどよ……」
グラディルは何処か落ち着きが無い。
戦闘は終わった。グラディルとセレナスは時間を稼ぎ切った。
神祇――ラファルド、の術が発動して蒼い月明かりに照らされると、怪物は時間を止められたように硬直し、時間を巻き戻されるように人間の姿を取り戻した。
そして、操り糸を断たれたように崩れ落ちたのである。
加えて、この幻想の景色は二人だけのものではない。
作戦現場である聖堂の敷地内であれば、誰でも眺めることが出来た。
二人の周囲では、何人もの騎士や衛士が魅入られたように幻の月を見つめている。
ただ、騎士団員の大半は休む暇など無いとばかりに事後処理に当たっていた。
細々と動き回っているのは瓦礫の処理担当。時折、塵埃で真っ白になった破落戸を掘り当て、周辺警戒という名の暇人――同僚、に救援要請を飛ばす。
発掘された罪人は四肢の関節を外された上で厳重に縛り上げられて、尋問担当の元へ。人相など、身体的特徴をまとめた鑑別書が作成される。
一通りの尋問を受けたら物々しく武装した騎士が警戒する一角に搬出されて、投獄まで荷物同然の待遇を与えられるのだった。
グラディルとセレナスが仕事の手伝いもせずに暇を満喫しているのは、「素人に口を出されるのは、かえって迷惑だから!」(と、”荷物置き場”への搬出を手伝おうとしたグラディルが頭を殴られた)であって、戦闘の功労者だからではない。
「廃墟になりかけた場所でなかったら、もっと幻想的でしたでしょうね……」
セレナスは砕けたステンドグラスの欠片を黄金の月に向けてかざしていた。
「うっせえ!」
他愛の無い感想に、グラディルはぷいっ、と拗ねる。
セレナスが心外そうに顔を曇らせた。
「……何で、拗ねますの! そもそも、王女にしていい口の利き方ではありませんわね。貴方のお師匠様は、口の利き方も教育なさらなかったの?」
「――あん? 親父が?」
グラディルが意味不明なことを聞かれた顔になると、
「――――」
何故か、セレナスまで脈絡が解らないという顔になる。
前にも後ろにも進めない、そんな居心地の悪さを二人が味わっていると。
詠唱が一際高く、大きく響き渡り、それを合図に幻想の光景が跡形もなく消え去った。
ラファルドの施術が完了したのである。
「ファル――!」
ふらついて、倒れる気配を見せたラファルドにグラディルが駆け寄る。
「これで、一件落着ですかしら?」
二人を見守るセレナスの眼差しは少し遠くに在った。
「……、!?」
不意に、グラディルが崩落させた聖堂の天井、その残骸が積まれていた一角が音を立てて崩れる。
「……ぐっ、幻の月に、焼かれようとは――!!」
塵埃の煙幕から零れる声は妙に陰気で、執念深さを感じさせた。
これ以上の脱走は御免被る! と遠巻きにしつつも、目を皿のようにして見張っていた騎士の一部が駆け付ける。
そして、剣を何時でも抜けるように、煙幕を警戒した。
「殿下、お下がりを! ――おい! 衛士隊、……って、お前!?」
槍を装備する衛士を呼び集める間に煙幕から転がり出て来たのは――不健康な印象を煽るくすんだ水色の肌、濁った緑色の目、尖った耳、野暮ったい印象にまとめられた黒い髪。
「ま、魔族――!!」
強力な魔力を持ち、魔術と魔物を操ることで悪名高い敵対的種族だった。
おまけに、公国では尚更に警戒される理由がある。
「――なっ、何、を……」
自身が視線を集めていると気づいて、男は我が身を振り返り。
「馬鹿な! 治療術如きで、変幻が破られただと――?!」
と、臍を噛んだ。
騎士達はあっという間に剣を抜き放ち、駆け付けた衛士隊も脇に回って槍を構える。
「悪党、としても三下、ですのね――」
「!?」
「――!!」
騎士と衛士隊が息を呑み、しかし、王女に場を譲った。
魔族は険悪に表情を歪めている。
セレナスの言動の根拠はラファルドに在った。
神祇とは神の信任を得て、神の〈力〉の一端を扱うことを許された神と人の仲立ち。
その術は神聖であり、神性を伴うとされるが、魔族だからと言って、一律に害するものではない。悪意が有ると判定されれば、公国の人間だろうと被害を被る。
つまり、悪意があると判断されたのだ。ラファルドが救おうとしている人間に対して。
三下とは、自分の術が剥がされた事にも気づけない程度を嘲った言葉。
間抜け、ということだ。
セレナスが一歩踏み出すと、魔族は数歩退く。
(……こんな人、だったっけ――?)
清楚に着飾っていた時よりも、明らかに美しく見える。
そんな有様に、ラファルドもグラディルも舌を撒いた。
魔族の逃げ場を奪うように、騎士と衛士が包囲網を作り上げていく。
「陛下がドゥラゲンダル大陸に覇を唱えられて以来、見聞きすることが無くなった種族。それが、公国における魔族なのですが……。今更、何の用かしら。この現状が侵入だと理解できる頭は有って?」
「――――」
険悪な顔のまま沈黙する魔族への猶予は短かった。
「……力づくでも、白状させますわ」
静謐でありながら、湧き出す水のように嵩を増していく何か。
それが場を支配していた。
「!! ――――」
包囲が狭められていることに、魔族はようやく気付く。
隙を見せたら、食い千切られる。そんな緊迫が檻となって男を包んでいた。
「……くっくっくっ」
「?!」
包囲の狭まりが止まった。
「時とは惨く流れる物よな。お前達にはこんな言葉も無いのか? ――身の程知らず!」
「ふむ。お前の言でなければ、説得力が在ったかも知れんな。なあ、サティス」
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