第41話◆昼食を摂りながら(1)・・・改
文字数 5,682文字
ラファルドはこっそり腹を
もう
魔王ゼルガティスとの急な会見があった翌日の昼。
ラファルドとグラディルは王女セレナス、クリスファルトと共に
今日こそは娘と共に!! という国王の意向(もとい、ゴネ)が反映された結果である。
だが、セレナスの相談――魔王ゼルガティスに反
「……
聞かされるや
明星の小庭園は季節の
ロマンティックな気分に
「(知りませんね、そんなこと)幸せになりたいからでは? 昼間では、星も
しれっと切り返したラファルドに国王の機嫌が悪化する。
「貴様と幸せになってどうする!
「……昼間って、見えないだけじゃなかったっけ?」
星は空に
ラファルドはにっこりと笑う。
「
「
旺盛な食欲を発揮しているグラディルの台詞の後半は独り言めいていた。
国王と王女の双方から飛んできた銀食器(殺気込み)を、
「さあね。価値観なんて、人それぞれでしょう」
「ラディ君、ファル! ……食事は楽しむ物だと思うんだが……?」
クリスファルトの
「でしたら、兄さん。どうぞ、
「あのな。俺にだって選ぶ権利が――ではなくて、だな。殿下の御提案だとしても、何故、今持ち出すんだ? 食事時に仕事の話を
ラファルドはため息を隠さなかった。
「……そうしたいのは山々ですけどね……。無理なんです」
「…………」
「?」
「……まあ、俺でもお前と同じことを
ちなみに、沈黙を選んだのはグラディルと国王で、疑問符はセレナスだ。
「どうして?」の一言が主人から出てくる前に、ラファルドは口火を切った。
「何と言っても、魔族――それも、魔王
クリスファルトが
「だな。陛下が魔族追放を成し遂げられたこと――それが、裏目になる。他意など皆無だとしても、陛下の威光、統治に真っ向から挑戦するという意味を含んでしまう。それこそ、今回のような状況じゃなかったら、自分で自分の死刑判決に署名を入れるようなものだな。そうでなくとも、魔王絡みだ。誰も関わりたがらない。無かったことにした方が、お互いに幸せだろう」
それはラファルドもセレナスも承知している。
「ですが、殿下の御提案は好
国王が感情の読めない声で合いの手を入れた。
「あと一つ王が動く理由が有るとしたら、何だと思う?」
指名されたわけではないが、応じたのはグラディルだ。
「王様同士の外交だから、ってことじゃないか? この前の会見は
ラファルドの声は笑っていた。
「正解。でも、王を戴く国で一番の
わざと発言に隙間を作ると、セレナスが滑り込んで来る。
「みだりに
答え合わせでもするように、セレナスはラファルドを見た。
「……ということです」
困り顔は正解の
そして。
「付き合わされる俺は、いい迷惑だけどな」
クリスファルトは一番心無いことを口にした。
「……兄さん?」
意味深な笑顔を浮かべたクリスファルトの代わりに、答えを出した者がいたのである。
「昔々
(……それがこれ――ということは、父さんを頼りたいほど手詰まりってことか……)
後は単純に、食事時の話題として
魔族を追放して平
神経を逆撫でされるようなものだし、検討するならば政治絡みにならないはずがない。
(なら、此処は好機――進められるだけ話を進めておくべき、だね)
ラファルドが王女に目配せをすると、
「お父様。食事の味わいを
「……セレン」
国王は食事の手を止めることなく、ため息をつく。
クリスファルトは胸中で苦笑した。
(何も、お前が言い出さずとも……、だな。宰相殿や騎士団長殿が発案者だったなら、
「殿下、お尋ねしても?」
「
「では。何故、
「先日の魔王陛下の
「と、言いますと?」
国王が何食わぬ顔で割り込んだ。
「多分、『
国王の勘の良さに呆れるクリスファルトだが、なまじ、先日の会見の一部始終を暗誦できるほど克明に記憶していればこそ、どの台詞がセレナスの意図するものなのか選んでしまうのである。
そして、クリスファルトが自身の手綱をわざと緩めていることを把握しているのが国王だった。
「ええ。先日の騒動の本質は、魔王陛下への牽制。公国が魔王陛下を歓待する
「……もぐ、それなりの確率で、不届き者が乗り込んで来る――? ……もぐもぐ……」
「……!!」
食事を
主人の意を汲まない言動に、セレナスは
けれど、懐疑的なのはグラディルだけではなかったのである。
「厳しいですね。有り得ない話ではない。それだけでは、百官は動かないでしょう」
「そう……、なのですか?」
グラディルを補足するようにクリスファルトが同意すると、セレナスは神妙な
グラディルは多分に私情を持ち込む(可能性が高い)がクリスファルトは実務の経験者として判断している、という信用の格差と、一応ラファルドと練り上げはしたものの、初めてのプレゼンという王女自身の経験不足の現れだ。
現状、魔王の
加えて、”魔族の国家”との交流は前代未聞であり、魔族そのものとの基本的な相互理解の道筋すら未知の領域。
上手く行かない保証は十二分に担保されているが、上手く行く保証は一分の裏打ちも無いという有様である。
そんな状況で普通に百官会議(公国における国会のようなもの)に掛けるだけでは、「寝言は寝てから!! にして頂きたい!」で終わる話なのだ。
しかし。
「気落ちされる必要はありませんよ、殿下。無理難題という話でもありませんしね」
「……まあ!」
ラファルドのフォローにセレナスの表情が明るくなり、クリスファルトが目を見開く。
「ファル!? それは――」
しっかりして下さい、と言外に釘を差せるほどラファルドは澄ましていた。
「お忘れですか? とっておきの切り札が有るんですけど?」
「……切り札……?」
ちんぷんかんぷんなクリスファルトとグラディル。
「――まさか!?」
ぎょっとした国王の食事の手が、
「はい、魔王陛下ですね。先方に婚約を
ラファルドは国王の察しの良さを評価する。
……国王の承諾をもぎ取ることが目的の根回しであるのだが。
「…………」
にっこり
セレナスは彼らの反応を慎重に、
「しかし――!」
「確かに、一から十まで、公国がお膳立てをするのは、無理です」
クリスファルトを
「当然だ。公国中からアレルギー同然の総スカンを食うわ!! そもそも、そこまで甘やかしてやる義理も何も無い! しな」
クリスファルトも落ち着きを取り戻す。
「公国の内情を抜きにしても、魔族と付き合いを持つのは頭痛の種でしかないんだぞ?」
「諸外国の反応ですね? それこそ、魔王陛下から求婚があったことを提示するだけで済みます。魔王と事を構えろ、などと指図される筋合いは有りませんし」
魔族の国家とそれを否定して包囲する諸国の戦争が
筋合い云々は国王を始めとする公国の本音でもあるのだが。
外からの苦情を遮断できるのは安心できる要素、ではあった。
「……魔族の国だけでも頭が痛いだろうに、海を超えて苦情をねじ込む苦労など背負いたい国は無いよなあ……。だが、魔王陛下を借り受けることをどう魔王陛下のお国と擦り合わせる? 解っていると思うが、我々には魔族への
「……もぐ。ですよね。折り合える余地が在るなら、とっくに停戦してるよな。膠着した戦線なんて、
前線に立つ人間の衣食住。その維持には言うまでもなく金が掛かる。おまけに、日々消費されていく。
戦線に流れ込む物資、情報、人材。潤滑である為にも、金が必要である。
戦端とまでは行かない小競り合いでも、時に混乱が発生し、損害が計上され、綻びを縫い止める為にさらなる人、もの、情報が莫大な額の”戦費”と共に注ぎ込まれていく。
傷つくほど、加速度を伴う速さで。
勝利して
勝ちも負けも無いまま損害と損耗とがかさんでいく膠着は拷問にも等しい”消費”しか生まない。
それでも逃げられない。”自分が正しい”という
「まさか、実は停戦したいんです! という国情を持つ国を探る所から始める気か?」
クリスファルト、グラディル、国王の三者からの否定的見解と
「そこまで
「……また、切り札か……!」
国王は嫌そうな顔でラファルドを見
ラファルドが返したのは澄まし顔だった。
「ええ。
「……がめついよなあ……」
「ラディ?」
ぽつりと零したグラディルをラファルドが冷たく
グラディルは
「しかし、聞こえの悪さはどうする? 魔王陛下に反抗する勢力は現状、ゲリラ的存在だ。
獲物をおびき寄せる為には、魔王が公国に滞在していると知られる必要が在る。
人族の国家に魔王が、それも歓待を目的にして。
そうと知られるのは、知らせるのは、人族と魔族のどちらにとっても、聞こえのいい話ではない。
王に従うことを旨とする公国の貴族においてでさえアレルギー同然の反発が返って来るのだから、市民においては尚の事根深い嫌悪と恐怖と拒否があると理解しておかなければならないのだ。
けれど。
「その心配も無用ですわ。魔王陛下が公国の
何を思ったのか、グラディルが首を傾げた。
「……なんか、婚約話
「でしたら、お猿が結婚あそばせ!」
「断る! 男同士は趣味じゃねえ!」