第68話◆駆け引き~正体
文字数 3,627文字
状況ゆえに、表情には険しい物が在るが、後ろにまとめられた髪、整った部類に入る目鼻立ちは十二分に十代前半の少女の愛らしさを醸し出している。
「……おやまあ、随分と可愛らしい……!」
感心しつつ、ラファルドは距離を詰める。
「こ、来ないで! あたしは、あたしは――!!」
葛藤と拒絶が詰まった悲鳴にも、ラファルドは無風の水面のように穏やかだった。
「誰が出来損ないですか? 魔と人。両方の血を継いでいる、それだけのことでしょう?」
「…………」
呆然と見つめ返してくる少女に、ラファルドは穏やかに笑いかける。
「――――ぎりっ!!」
遠くで歯軋りの音がした。
「……そんな程度だから、貴様は出来損ないだと――!!!」
「手前っ!!」
仮面の魔族の暴言に、グラディルが牙を剥く。
しかし、少女は身を刻まれたように四肢を竦め。
「……来ないで……! 来るなあああ――!!」
絶叫と共に周囲の空間が歪んだ。
「……たたた……」
国王の傍まで押し返されてしまったラファルドは顔を顰めたが無傷である。
「……っとにもう! 未熟さ加減ではどっちもどっちか……!」
「大丈夫か!?」
ラファルドは心配してくる国王に肯きを返した。
「問題は在りません。鎖も解かれてはいませんしね。このまま、魔の〈力〉を封じます」
「……獲物一つ、仕留められぬか――。何処までも、足手まといになってくれる――!!」
ラファルドの無事を見て取った仮面の魔族は苛立ちを零した。
「寝言は寝てから!! にしろよ!!」
少女の癇癪を隠れ蓑にしたグラディルの体当たりが決まり、少女までの最短ルートを塞ぐことに成功する。
「……っ、雑魚が――図に乗ったな!?」
仮面の魔族の目が怪しく光った。
「――はっ! 効かねえもんは効かねえんだよ!! 何度も何度も、芸がねえ――」
「上だ!!」
「?!」
国王の警告にグラディルが気を取られた直後。
上空に発生していた巨大な炎塊が獲物に牙を剥いた。
「――――!!」
轟々と燃え上がる巨大な炎の柱は人々の悲鳴をも呑み込むように焼き尽くしていく。
「塵と化して、嘆け。己の身の程知らずをな」
仮面の魔族は傲然と、燃え上がる炎の柱の横を歩き過ぎた。
だが。
「…………ったく、嫌んなるぜ。舐められんのも、戦術の内、か――」
「がっ?! はっ――!!」
炎の柱から生まれた紅蓮の激流の直撃で、仮面の魔族は吹き飛ばされる。
その勢いのまま不可視の壁に激突し、グラディルを跳び越すように跳ね飛ばされて元の位置に戻された。
「……ま、んなもんか」
まとわりつく魔力の炎の残滓を払うグラディル。
その髪は突き立つ針のように完全に逆立ち、その目は縦に長く伸びた瞳孔を虹の輝きで彩っていた。
「……っが、……ば、か……な…………!」
苦悶に塗れながら、仮面の魔族は驚愕に目を見張る。
そして、それは公国の主も同じだった。
「……今のは(仕留めた確信に、疑問を挟ませないタイミングだった)――!!」
魔力を退けたならば、驚きはしない。
それぐらいの技術ならば、人間にも出来る(素質に優れた人間が、丹念に技術と能力を磨き上げていく必要は在るが)。
だが、グラディルは自分に向けられた攻撃を隠れ蓑にした。
仕留めたと完全に確信させて、不意を打ったのだ。
(身体能力の強化――だけでは追いつかん。魔力に親和するか、制するか。そのどちらか――いや、両方か?! が、必要になる!! だが……、そんな力、技術は……生み出せる物なのか?! 継承できるものなのか!?)
歴戦の強者の一人である国王をしても、目の前の事象は驚愕に値する代物だった。
人間の魔法能力は、総じて、高い方ではない。
学術上人族の類に入るエルフ、ドワーフ、ノーム等と比しても低く、魔族とは比すまでもない。
片や、精霊との混血だという伝承を持ち、片や、神が手ずから作り上げたという挿話を持つ。
理由が何処に在るのかを解き明かした者は、有史以来、存在していないが、一番有力な根拠として評価されているのが、人間の生活には、魔法は必ずしも欠かせない物ではない、という考察である。魔法を必要としないならば、魔法に関わる能力が高くなる必要も無い、という訳だ。
だが、眼前の事象は魔の力に精通していなければ着想止まりで、実現は出来ない代物だった。
魔に親和すれば、変質を招く危険を負い。
魔を制したならば、そもそも、攻撃を受け止める危険を負う必要が無い。
幸いにも、国王には質すことが出来る心当たりがすぐ近くに居た。
「おい! 今のあれは何だ?!」
国王の焦りに気付いてないかのように、けろりとした顔をラファルドは返した。
「……何だ?! と言われましても、修行の成果ですが?」
「何……?」
「一応、〈力〉に制限は掛けているんですけどねー……。それが裏目に出た……と、いうのも変ですけれど、副作用――も、おかしいですよね。でも、制限を掛けた結果、出来るようになった技術、と言いますか、能力(?)なので……」
とりあえず、国王はラファルドを殴っておいた。
「この騒動が終わったら、暇な時でいい。俺にも報告を上げろ。クレム以上になれる玉なら――磨き上げるからな! 絶対に!!」
何なんだ、いきなり! というラファルドの不満は無視して、国王は険しい顔で魔族を睨む不肖の弟子に意識を集中させた。
「……さて、と」
「来るな! 来るな!! 来るな――!!!」
八つ当たり気味の叫びと共に、炎、氷、雷の槍を次々に作り出し、無造作に歩み寄って来るラファルドめがけて撃ち出す。
しかし、ラファルドの〈盾〉を突破できたものは一つも無く、歩みを止める助けにもならなかった。
「今更、そんなことを言われましてもねえ……。出奔されて以来、消息を追えなかった方だそうなので。千載一遇の好機、ということで、捕縛させて頂きましょう!」
嫌がる少女は気づいていないが、宙空での高度は鎖に絡まれた直後の半分程度にまで低下しており、現実の物としての質感を備えていなかった光の鎖は、今や物質として形を成しつつあった。
(〈鎖〉が此処まで実体化するなんて……。素質は文句無し! かな。……出来損ない……。人が魔を忌むように、魔もまた人を――、ということ?)
「言うまでもないと思いますが、お勧めは、素直に降伏されることですね。身分が身分ですから、大人しくして頂けるのでしたら、それなりの待遇は約束しましょう」
勿論、ラファルドの降伏勧告は素直に受け入れられなかった。
「……馬鹿にしやがって……!! こうなったら――!」
ラファルドの声と表情が冷たくなる。
「こうなったら?」
「余計な真似をするなっ!!」
「――!!」
仮面の魔族の叱咤に、少女はビクついた。
「呑気なものですね。ここまできて仲間割れ、ですか?」
当然のように、ラファルドの揶揄は魔族の逆鱗に触れる。
「舐めるなぁっ!!!」
息を合わせたような台詞と共に、影の狼と氷の槍の群れ、火球の流星と雷の槌で、ラファルドは襲い掛かられ、滅多打ちにされた。
けれど。
(……やっぱり、名前負けですかね、現状は。それに、この状況で怖かったのは恩寵の乗った攻撃でしたし)
半球状の〈盾〉で身を守りつつ片手で印を切る。
そして、斜め上の宙空に生まれた光る円形の波紋を衛兵の槍で突いた。
すると、空間が光の波紋と共に波立って、全ての攻撃を掻き消すように呑み込んでしまう。
「…………嘘……!?」
「――ぐぅっ!!」
仮面の魔族は更なる追撃を目論んだが、流石に、グラディルがそれは許さなかった。
「舐めた真似は、100年は早え!!」
だが、殴りかかったグラディルの拳は床を砕いて終わる。
「……ふん、ざ――?!」
嘲おうとした仮面の魔族の目の前で、グラディルの姿が霞んで消えた。
直後、顔面に鉄拳を喰らう。
グラディルは吹っ飛んだ仮面の魔族の追撃に移ったが、魔族は受け身と共に自身の影の中に逃げ込み、そのまま姿を消してしまった。
「……けっ! (見えてねえと高を括られてんなら)舐められたもんだぜ!」
グラディルの足が床を撃つ。
「(――むっ! 縛られた、だと)!?」
胸中の舌打ちを聞きつけたように、グラディルは仮面の魔族が潜む影めがけて襲い掛かった。
「さて。こちらも決着ついでに灸、と行きますか!」
魔族の少女はまだ宙に浮いている。
「……ふん! 切り札はまだこっちに在るってこと、忘れてんじゃないの?!」
「……!! あっ?! ……あ、あ、……ああ……! いやっ、……いやああっ……!!」
責め立てるように蠢く茨の柱に、セレナスが苦悶の喘ぎを発する。
それは、グラディルと仮面の魔族にも届いていた。
「――余計な真似をするなと……! いい加減、うんざりだ。足手まといにはもう――!!」
至近距離で対峙しながらの独り言。
だが、グラディルの本能は侮られた屈辱とは異質で、不吉な予感を嗅ぎつけていた。
「ファル!!」
「……、了解!」
グラディルの警告を呑み込むと、ラファルドはセレナスに視線を移し。
「申し訳ありませんが、予定変更です」
と、何でもないように声を掛けた。
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