第49話◆鬱屈・・・改
文字数 5,393文字
「……何? ラディ」
「俺、そろそろ来期の勇者試験に向けて、準備を始めたいんだけど――?」
ラファルドは疲れ切った
魔王の
少年二人は王宮の片
利き手に槍を、
真似事なのは兵士らしく見えるようになる為の訓練だからだ。
正式な任務であれば、頭に
どちらも兵士になるのは生まれて初めての体験だった。
扉を正面にして右手がラファルドで、左手がグラディルである。
もう一つ特徴を上げるなら、
「割のいいアルバイトってことで――
「……どの辺が?」
兵士出身の勇者は有り得るとしても、突っ立っているだけで勇者になれたという話は何処にも無い。グラディルは本気だ。
けれど、ため息をつきたいのはラファルドも同じだった。
相違点は自分の置かれた現状にため息をついている(グラディル)のと、終わる気配を見せない
門番という兵士の職務にあまり意義を見出して無いことが共通点だった。
ちなみに、前方一点を見据えたまま、微動だにしない。
様子見(監督兼試験)という名の粗探しが随時発生しており、必要以上の減点を貰わない為だ。
ラファルドもグラディルも他人の気配には
私語は本来禁止であるべきだが、「
実際、かれこれ二時間は立ち続けで、私語が出来るから精神の安定が計れている部分がある。
勿論、後日に本職の水準で実施される実地試験が待ち受けているのだが。
「公国公認の勇者になるんでしょ? だったら、人脈が在った方が楽になれるよ、……きっと」
「ただ突っ立ってるだけで築ける人脈って……?」
「…………さあ?」
かなり適当が入っている
「なあ、俺達って即席の付き人だよな? 週末くらいは休
現状、二人は宮城での
加えて、セレナスは
なので、その行動半径は極めて狭く、幽閉なのか、
宮城から解放されたい衝動が
「本気でお休みするの?」
二人の週末には厄介で重要な、セレナス王女発案のイベントが控えていた。
それは、かなりの確率で
「まさか。
一部、妙な言い回しが
「じゃあ……、何が不満なのさ?」
気力が限界ならば突っ込まなければいいのだが――会話はいずれループしてしまう(現状で
その不毛さに対するラファルドの忍耐もまた、限界を迎えつつあった。
「
ラファルドは気力を、
「……その心は?」
「暴れさせろよ! 慰謝料も込みで!! なんで俺にだけ、あんなに当たりがきついんだよ!? やってられるか、畜生! ってレベルだぞ、もう!!」
「(……あー、それね……)まあ、殿下もどちらかと言えば活発な
「代われ。頼むから、代わってくれ。後、慰謝料は金銭で。少しは家計の
王家が払う慰謝料だ。少しどころではない。かなりの足しになる。……
「無理だと思うよ? ラディぐらい横柄な態度の仕え
「……だったら、」
俺の脱走も見逃せよ、と続くはずだった。
グラディルの動向に監視の網をかけているのが国王ならば、脱走を実力で完封しているのもしばしば、国王その人である。それが国王の格好の憂さ晴らしになってしまっているというのは、一応、秘密だった。
そして、グラディルが
「その分? とでも言うのかなあ……。騎士団からの当たりがきつくなってる、気がするんだよねえ……加速度的に」
「!!(やっべえ……、キてたかよ! キレられたら、俺よりも
「ねえ、どう思う?」
話を振られた途端、グラディルの心臓が
「――え? あ、いや……まあ、俺が言うのも
「なんでさ?」
「……知らねえの? 騎士団のアイドルなんだけど。……名前負け
現公王には五人の娘が居て、その全員が騎士団で人気を博しているのだという。
セレナスは文字通り、三女である。
「そんなの、知ってる――はあ?」
国王の娘が騎士団のアイドルであることと自分達への当たりのきつさがどう関係するのか。
「上手に猫
「で?」
「
「……はあ?」
騎士団員の思考と感性の回路がちっとも理解できない! と
正体を知る(※第三王女の)までは割と素直に憧れていた部分が在るグラディルは、苦笑を返した。
「気持ちは解らなくもないが、俺に聞くな。……正体知るまでが花だったよな……」
「……じゃあ、悪い感じはしてなかったんだ?」
「このバイトが始まらなかったら、な。魔王のおっさんもいい趣味してんな、で済んだ」
「そっか……」
「で。お前の
ガス
短くも浅くもない付き合いの二人なのである。
「ん? え、――あ。あははは……。だったら、このままがベストだと思うよ?」
「んでだよ!」
どうにかしたいのに、どうにもしないことが最良の解決策だという。
「現状、魔王陛下が婚姻に本気だからね。
「……嫌がらせにも、
政治にも軍事にも戦略は重要な要素。だから、話が通じるのである。
「そ」
「師匠はどうすんだ? 何で、本命にならないんだよ?」
「魔王陛下の面子を
「自分で自分の国を潰す、ってか!?」
こういう時のラファルドは無自覚に表情と感情が無くなる。
だから、グラディルが
ラファルドがどの程度に居るのかあたりをつける釣り針を投げて、安全圏に居るのなら、反撃と共に
しかし、この時のラファルドは真顔で肯定したのである。
「元々、魔王に魔族は必要ない。魔を産み、増やすことが出来るから。自身に忠実な手下――それだけでいいなら、自分で作った方が早いんだよ」
「おっさん……男だよな?」
「性別は関係無いね。……断言できるのは、過去の記録が残ってるからだけど」
「って、ことは……?」
慎重に(首は動かさずに)伺うグラディルに気付いたのか、ラファルドに感情が戻った。
「
「それが犯人を探し出して、
グラディルもこっそり一安心する。
なのに。
「だねえ。陛下――君のお師匠さん、もそれを感じてるからこそ、殿下の
嫌な方向から攻めて来やがるな! と、表情で語る破目になった。
「……俺がやりたいのは、腹いせの為のサンドバッグじゃねえ! 招待客――は、柄じゃねえから無理でも、
「……ああ、そういうこと! でも、それこそ本職の役目だよね。連携がかえって負担になるような
「まあな……。でもよ、名誉職だよな? 王族の為の、目立つ護衛ってのは!」
名誉な職務だから気に入らないという。
背伸びに間違いは無いが、らしい気もした。
「……(なるほど。現場には出られる。でも、美味しい仕事――戦闘とか? は、先輩方に全部
実のところ、ラファルドは現状の配置を間違った評価だとは思っていない。
扉の奥では国王、第三王女、魔王陛下他数人が陰険な悪
これから起きることを思えば、今も本職が出張して来て不思議ではないのだ。
むしろ、
悪巧みの舞台となる週末の王宮主催大
何がしかの騒動が起きることが想定され、そうなることを期待された
当然、高度に
そこにたった数人、実力がちょっと飛び抜けているだけの場数不足を紛れ込ませても邪魔なばかりか、穴となって最悪、
その程度のことは当たり前のように解っている連中が、わざと紛れ込ませるのである。
飾りだとしても、物騒なお飾りであることを期待されているのだ。
加えて、グラディルの憤懣の一因を担っている第三王女付きは嫌がらせでも、利かん坊への
(貧乏くじとしか思ってないから、気づかないのかな? 先日の、
騎士を初めとする戦闘職に、王族の護衛兼雑用である付き人を任せる。
それはグラディルも解っているように、名誉職(実用性が皆無だとは言わない)だ。
ラファルドとグラディルは先日の、誘拐未遂に付随した荒事で実力を示した。
つまり、相当分の負荷を担ったと国家が判定したのである。
そのことへの
ただし、ラファルドもグラディルも若い。
この種の栄誉を貰うには若過ぎるくらい、若い。だから、やっかみが発生する。”生意気だ”という反応が周囲から返って来るのだ。
しかし、それは認められたからでもある。
加えて、
(……まあ、それを考慮しても、多少は過分な気がするんだけどね。若手の成長株とか差し置くほどのことか――とは思うし。ただ、見方を変えれば、真剣ゆえに余裕……余力、かな? この場合、が無い――ってことにもなるんだけど)
ラファルドやグラディルの先達に当たる人材に奮起を
貴重な人材を
さもなくば、もっと育てという
いずれにしろ、危険を多分に
「俺より弱っちい本職が居やがるのに、どうして、目立つばっかりの壁の花なんだよ!!」
不満の
監督役に聞かれていたら、間違いなく減点対象になる。
「そんなの知らないよ! ――って言いたいけど。……察してないの(内緒だね、当分。糸の切れた風船になられても
「……あの、凶暴馬鹿殿下の陰謀だってんだろ!? 解らいでか!!」
姿が見えない=居ないではない、ことを忘れているのか。
本職に灸を据えてもらった方が反省できるだろうと判断して、ラファルドは巻き込まれないことを選んだ。
「根・回・し。そんなんだから嬉々として
「うっせ! 俺は卑屈になったりなんてしねえからな!!」
連帯責任の四文字を忘れていなかったら、ラファルドはどんな対応を選んだだろう?
後日、詫びの一品の為になけなしの小遣いが目減りする、厳しい現実が待っていたグラディルである。