第6話◆犬と猿・・・改
文字数 3,702文字
「……ふわあーあ……。…………よく、寝た……」
ラファルドは大きく伸びをする。
寝覚めは、悪くない。自身の置かれた状況は腹立たしいけれど。
熟睡出来たのは開き直ったからか、神経が太くなったからか。
味わうも何も無かった
重厚さと華やかさの両立を目指したシンプルな意匠の調度も、雲の上で跳ねるとはこんな感じか! と思わされるベッドのフカフカさ加減も、
「うわあ、お泊りだあっ!! って感動できたの……
他意無く
「そりゃお前は真っ白で、ふかふかなベッドでぐっすりだったよな!!」
ああ、こんなのも居たっけと壁に目をやれば、虫の居所が悪いと一目で判るグラディルがいた。
「……
まだ眠気の残る目つきが気に入らなかったのか、グラディルの額の青筋が増殖した。
「悪くもなるだろ! 氷の首輪と手足の
「……んー……そういえば夜、腕力に物を言わせようとした誰かに襲われた気がするなー……」
抜けていく眠気と入れ替わるように冷静さが戻って来る。
ジト目を向けてやれば、グラディルのぶすくれぶりに
「……悪かったな! どうせ俺だよ!!」
その前に寝落ち(現実逃避)しようとした悪友を襲撃したのは、天地が逆様になってもあり得ないアルバイトin宮城の裏にある事情を、力づくでも白状させようと目論んだからだった。
父親が先代勇者で国王に師事していたから、というだけで指名が来るのはあり得ない。
本当の所はどうなのよ?
当事者に聞ければ一番いいのだが――困ったことに、グラディルの周囲の大人は正面から切り込んでも滅多なことでは白状してはくれない。そして、腐れ縁のこの
つまり、黒幕であろうとなかろうと、グラディルにはラファルドに当たるしか手段がない。
素直に聞けばいいものをわざわざ腕力に訴える
おまけに、今朝に至るまでの付き合いの中で積った感情も
「おまけに進歩も無かったし。対戦相手がレッドブレードベアじゃなかったとしても、初戦敗退が精々だったかもね」
最新の古傷を
「うっせ! その話は昨日決着しただろ!?」
「で?」
「と言うかだな……。これ、いい加減解除しろよ! お前が黒幕じゃなかったって、納得してやるから!!」
(何、それ)
せこい手に訴えて来たなとラファルドは思う。
昨日の黒幕疑惑はグラディルの一方的な言いがかりだ。
損害
それを、訴状を取り下げるから自分を自由にしろと言う。
歳入と歳出に置き換えて考えても、全くバランスが釣り合っていない。ラファルドが大損だ。
でも、グラディルの心情も解らないでもない。
一見、氷に見える首輪と四肢の枷は
公国の軍人全員(含む、見習い)から抽出した力自慢ランキングを作っても上位に来る筋力がある、グラディルの全力の暴れにもビクつかない。暖炉で燃え盛る炎の中に投げ込んだとしても溶けないのだ。
自力で逃げられない以上、逃がしてもらうしかない。
ただ、安売りは出来ない。
意地っ張りで感情に忠実で、気のいい所もあるが多分に
取り立てるべき物は、しっかり取り立てなければならなかった。
「――――」
「男に二言は無いっ。そのことでお前を
「……『でも、一発
「…………」
やっぱりね、のため息をラファルドは零した。
「…………。じゃあ、ちゃんと反省してね。先手必勝に失敗したこと」
「無断で出場したことじゃ、ないのか?」
グラディルが目を丸くする。
「反対はしたよ? まだ早いと思ったから。それと、それはそれで
「んだよ、それじゃあ交換条件の意味がねえ!」
「馬鹿言わないでくれる? そもそも勇者になって欲しくない教官とは違うからね、僕は。出場するからにはきちんと通過してもらう。その為の
「だったら、なんで――」
「ま・だ・早・い・か・ら!! 何度も有るチャンスじゃないし」
「――え? 二年に一度――」
「成長する見込みが無い奴を試してどうするの? 言っておくけど、素質だけじゃ合格できないから。戦の試の通過率が一番高いのは、結果的にでも戦闘の素養を重点的に見ているからだけど」
「んだよ、それ?」
「……受験資格はく
「お・
「じゃあ、お返事は?」
「うっス!!」
動く範囲で、ぺこりと頭を下げた。
「…………とに」
ラファルドが指を鳴らした途端、グラディルを壁に拘束していた氷が蒸発する。
着地を決めると、姿が
すれ違いざま、ラリアットを
「――――チッ!」
「甘いよ(
きちんと予感できていたので喰らわなかったが、
朝食を食堂で摂った後、別室で支給された仕事着に
壁際の金細工の
そして、天井にはガラスか水晶か見当がつかない、透明なシャンデリアが吊り下げられている。
初日の今日は顔合わせと仕事概要の説明だけで終わる、退屈な一日になる予定だった。
「こちらにて、しばしお待ち下さいますよう」
先導してくれた
「…………」
その背中にグラディルが
「さっきの人、知り合い?」
「え? ……あ、ああ。幼馴染みだけど……全然、聞いてなかった――」
「へえ……若いけれど年季が入ってるんだ。凄いね」
ラファルドは素直に感心していた。
王宮は格・待遇共に最高級に位置する勤め先の一つである。
競争倍率は常に高止まりしていて、厳格な審査を潜り抜けるだけでも並大抵ではなかった。
仕事の厳しさでも評判を取る場所の一つだが、王宮もまた日常生活の場。一つ一つの仕事は原則単純なものばかりで、こなすだけであれば一般教養も
しかしながら、誰にでもできる仕事だからこそ求められる水準は高く、初見ゆえの失敗を許さない状況すらままある。そして、単純な仕事だからこそその繰り返しは恐ろしく単調で、重労働とは別の意味で働き手の精神を
年季とは、厳しい水準の維持を求められる単純労働に対しても高い能力と適性を発揮すると認められたからこそ積み重ねられる、尊敬に値する指標の一つだった。
加えて、階級という
「んだよ」
なのに、グラディルが
「……何も言ってないけど?」
「嘘こけ! 似合わねえだとか何とか、思ってやがるくせに!」
「奉公を知らされてなかったのに――?」
「――――」
グラディルはあんぐりと口を開けて、ラファルドを見返してしまう。
王宮への出仕が決まると当人には元より、家族(同居していれば親族も含む)にまで守秘義務(
笑い話で終わればまだしも、生き死にがかかった状況の発生も珍しくなく、働き手の心身の安全を担保する為にも必要な処置だった。
ただし、例外がある。
それは将来を
あくまでも職場が王宮だということだけだが、裏を返せば、将来を真剣に考えている――意中の、相手という証拠になるのだ。
ラファルドの切り返しはつまる所、相手にされてないじゃん! という突っ込みだった。
悪気が無かったとしても率直過ぎて、グラディルには二の句が継げない。
黙り込むしかなくなったところへ。
「良かったのではありません? 傷つく前に終わってしまったのですもの」
という、非友好的で非常に余計な合いの手が入った。