第29話◆舞台裏・・・改
文字数 4,331文字
魔王の乱入からこの方、すっかり忘れ去られていた話題をラファルドは思い出す。
なまじ、セレナスが
しかし、セレナスにとっては重大過ぎる案件。
「さあ、早く!
セレナスがびしっ、と指さした先は――ラファルドだった。
「…………殿下?」
事情を知りたいのはラファルドも同じ。
「誰も彼も、口を
「殿下、それは――」
「お父様の心労を
「セレナス、それは――」
果敢にも、父たる国王が娘たる王女を
しかし、王女は清楚に
「お父様?
「――――」
表情を引きつらせた国王はため息で白旗を上げた。
我が娘ながら、どうして、中々に
(……
国王が撃退されるというとんでもない現場を目撃して、グラディルは目を丸くし、賢明な臣下達は
「加えて。魔王陛下の来訪を見合いだと看破したのは
(……ははあ。これは、高く買われたということかな?)
ラファルドはセレナスに一礼した。
「魔王陛下が納得すればいい、ということでしょうね」
「……まあ……!」
「!!」
不自然なくらい完璧な笑顔にぎくりとなる国王が居る。
グラディルには他人事で、消極的な振りをして実は興味津々なのが臣下一同だった。
「どのような理由で、かしら?」
セレナスの笑顔の圧が一段と高まる。
国王に負けないほど内心でハラハラしていたのが近衛騎士のサマトだ。
(……良くない。良くない傾向であられる……! 一歩間違えれば、顔面に鉄拳。……しかし、陛下は――どう転んでも『大っ嫌い!!』の一言で真っ二つにされ、当面、口もきいて
目の前に居るのが間欠泉だとはラファルドにも察しがつく。
熱湯の溜まり具合を
「断りを入れておきますが――」
「結論を」
端的な無情さは、結構な量が危険水域に達していることを予感させる。
それでも、逸らす、引き返すという選択肢は無い。
「「断る」という選択肢を残す為、ですね。殿下も魔王陛下の来訪を承知しておられたなら、体裁はどうあれ、正式な見合い。「断る」ことは不可能でしたでしょう」
「では――」
考えているとも不機嫌とも取れる、微妙な表情をセレナスは見せた。
「ただ見つめる。それだけの
「
「私の意思は?」
「通ります。率直な評価を
「――――!」
ちなみに、セレナスが魔王を振るのではなく、セレナスの態度から
ラファルドは気づかなかったように話を続ける。
「そして、殿下が魔王陛下を気に召しても」
「成約、ですのね。……お父様!!」
「はいっ!!」
玉座に
父を見据える娘の目は何処までも透明だった。
「でしたらば、何故」
言葉の先を予感した文武の官が切な
だが、ラファルドが割って入った。
「殿下。
「何ですって?」
王女が柳眉を逆立てる。
「陛下は、お断りになる腹
「……何ですって!?」
「陛下!?」
宰相の
魔王の猛威は世界中で語り継がれる。
ある国では
現状、魔族が存在しないセレル=アストリア公国においても例外ではない。
現公王が魔族追放を成し遂げるまでは、魔族の向こうに魔王の存在を
何故なら、魔王は魔族の中でも抜きん出て特異な存在である。
この世界の記録に在る限り、魔王は単騎で大陸規模の国家と互角以上に張り合える。
天変地異級の気候変動を引き起こすことが叶う。
人間には天地が逆様になろうとも不可能な業を片手間に行える
それがこの世界の魔王だ。
そして、魔王ゼルガティスの風聞は海を
曰く、十万の大軍を単騎で壊滅させた。
曰く、巨大な火山の
曰く、先代魔王の隠し
真実は判らない。解りようが無い。
けれど。
魔王が樹立した国家の存在を受け入れられずに戦争を始め、包囲した人族の国々が五年以上かけても決定打を打てず、戦線の
現状、他人事に過ぎないセレル=アストリア公国においてさえ、潜在的な脅威なのだ。
だから、考えざるを得ない。魔王からの
無下にする事こそが論外であるはずだった。
最新の外交を知らない王女でさえ、いずれ
なのに、
「少しは加減をせぬか、馬鹿者……!」という
国王はため息をつくように切り出した。
「
「若さを加味されても?」
人間と魔族の不幸な過去を、遠回しにラファルドが問う。
不機嫌に沈黙を守った国王に代わり、宰相が相槌を打った。
「頭を下げられぬまでも、気づかいが在って良いことでしたでしょうな」
「では、何故、見合いなどということに? 殿下のお言葉にも
ラファルドの問いかけに、今度は国王が答えた。
「こちらから持ち掛けた。嫁取りが何処まで本気か見極めたくもあってな。見合いともなれば、姿を見せぬわけには行くまい?」
百官から、実に微妙な空気が湧き上がる。
表立って異を唱えられないが、そんな
グラディルがラファルドの足を蹴る。
「……何?」
「公国に魔族が居たのって?」
「20年以上は前。僕達、生まれる前だよね」
「ふーん……。じゃあ、見合いが上手くいく根拠は?」
グラディルの疑問は聞いてみてくれ、という要望である。
当事者でもなければ、身分も持たない現状で口を挟むことは顰蹙を買う。
けれど、疑問は湧く。
けったいな家柄の出身で、こんな場所でも顔が利くらしいラファルドを介すれば話になる、と当て込んでのことだった。
「それは嫁を取りに来てるんだから――だとしても、無警戒は在り得ないか。魔族を追放した国相手なら、なおさら。……そうか! 魔王陛下にしても渡りに船だったのかも――!!」
「何ですの? それは」
妙な推論に、
「今日の騒動は、公国を
「だとしたら――、潰せる暴走を潰さなかったことになるが?」
剣
しかし、ラファルドは何の
「そこは宰相殿の言葉通り、
「斬って捨てるべきだったな……!」
腹立たしい国王の呟きに、宰相やクリスファルトは相槌を打とうとしたが――。
「お
「!?」
男とも女ともつかない顔で笑うラファルドに、百官が息を呑む。
「――っ!」
国王の舌打ちを聞きとれる位置に居た宰相は険しい顔でラファルドを見つめ、クリスファルトは不自然さを漂わせた無表情で沈黙を守った。
そして。
「……それは、どういう意味かしら?」
「!!」
たった一人にだけは通じなかった。
「殿下のお転婆につきましては、一言差し上げたはずですが?」
ラファルドにセレナスは微笑みを返す。
「ええ。胸に留めて在りましてよ?」
直後。
「貴方、もう少し学ぶべきね。この世には乙女心が存在することを!」
「……それは、
不本意とも
クリスファルトは「あっちゃあ……!」と顔で語っていた。
グラディルは口笛で
セレナスの視線は真っすぐに射抜いていた。
「お父様っ!!」
「はいっ!」
国王は玉座で
「…………」
王の威厳よりも父親の顔を選んだことに、臣下から生温かい空気が生まれる。
ちなみに、セレナスの『お父様っ!!』に本能的に居住まいを正した官が居たことは余談であり、秘密である。
「質の悪い
ラファルドが感情の無い声で割り込んだ。
「殿下」
「何です?」
きつい目線もおまけして、ラファルドを威嚇する。
「どうぞ、陛下の
「――――」
正面衝突を始めた主従に、宰相がため息を差し込んだ。
「…………、ふむ。本日の見合いは殿下に最も負担が掛からない形式、と言えますな」
「どういう意味でしょうか?」
口調は
これは手
そこに。
「公衆の面前で堂々と(男を)振っても、角が立たない――そういうこったろ?」
言葉では表し