第16話◆犬と猿と百合・・・改
文字数 3,868文字
〈結界〉の外からも同じような御注進が有ることはおくびにも見せない。
「そうですね……。とりあえず、粉々にしましょうか! 戦場ごと。よろしく!!」
にっこり笑って、グラディルの背中を景気よく
「!?」
グラディルがびっくりした顔で、ラファルドを振り返った。
「
「作戦会議の邪魔をされたくなかっただけ」
ラファルドの何でもないような物言いに、セレナスが表情を曇らせた。
「
「騎士団に引き渡す必要が在りますので」
さりげなく後ろに隠した手で、ラファルドが印を切る。
きらり、とグラディルの胸のあたりが
「粉々にするのでしょう? 引き渡すも何も無いのでは?」
「多分、元通りになりますよ? あれ。本当に粉々にしても」
「怪物に化けたのは一人、なのですけれど……」
セレナスの空気が険しい。
お手打ち御免! で問題が無いと考えているのだろう。
ラファルドは減点をつけた。
「もう、殿下を救助して終わりという状況ではありませんから。私に打てる手を打ちます」
「どういう意味です?」
「あの怪物は、止めを刺すことに
「まさか……、と思いますけれど――」
「助けますよ? 手段が無ければ
セレナスは露骨に
「見事な気性――と、
ラファルドは間髪入れずに反論する。
「そうでしょうか?
ラファルドとセレナスの間が
「で? 結局、どうすんだ? こいつ」
「倒して」
「引き渡すんじゃねえの?」
王女との会話を聞いてなかったのか。
ラファルドはそう突っこみたかった。
「そりゃ、時間
勇者試験を
「――ぐっ! ……ついでに言えば、場数だって足りてねえよ!!」
「素直、かつ謙虚でよろしい! 現状、全力で戦っても手加減するのと同じだと思うよ」
「
「それと。多分だけどね、痛覚はきちんと残ってる。君よりも殿下の方を嫌がったのは、だからでしょう? より致命的な攻撃が何処からくるのか解っていた――わけだ。つまり、粉々からでも元通りになれるけれど、破壊される苦痛はどうにもならない。上から目線のお説教よりも、よっぽど利く
「了――解」
考えていることが相変わらず悪どい、という顔のグラディルだった。
「……勝手になさいな」
つける薬など無い、そう言いたげにセレナスは背を向ける。
自分の顔を立ててくれることを当然と考えていたこと、ラファルドが自分の意思を無視していることへの不満もあった。
ラファルドの目が一段と
「ああ、掛け間違いと言えば――。殿下? お一人の市場探索、
「…………!」
セレナスの足取りがピタリと止まった。
「きっと騎士団も、殿下が味わわれたような気晴らしが欲しいことでしょう。最近、立て続けの”
「…………」
背姿から表情は窺えない。
とはいえ、嫌味を突き刺しているのだから面白いはずもない。
そして、反応を見せない意固地な態度は、反省が無いことと理解が足りないことの
「”厄ネタ”の正体――それは、とある王女殿下の影付きだそうですよ? 本来、騎士にとって「王女付き」とは大変な栄誉。騎士団長の位に近づくことに劣らないほど
「……さ、さあ……?」
主人のようやくの反応は何処か上ずっていた。
「まあ、堕ちるところまで堕ちた後に待つのは、
「え、ええ」
セレナスの横顔が、ちらり、とラファルドを振り向く。
グラディルの悪友は穏やかなのに寒気の漂う笑顔を
「今回の負傷も殿下を庇われてのことですから、特別な褒美をお考えになられると良いかもしれません。市場でとびきりの品をお探しになるのは妙案かもしれませんね。……ああ、でも。父が陛下から学んだと感心してましたっけ。騎士にとって最高の栄誉――褒賞とは、主君たる王が彼らの心に添うこと、なのだと。サマト殿が真実、喜ばれるのはどちら――」
観念した顔で、セレナスはラファルドを振り返った。
「わ、解りましたわ! ラファルド、
ラファルドは手を抜かなかった。
「現状はもう、殿下に
セレナス王女はラファルド達を評価していない。
それは、信用が無いことに起因する。
当然だ。今日が仕え初めである。
そもそも、王女付きを押し付けて来たのは国王で、そこには当事者の意思に対する考慮が無い。
お世辞にも信用が積み上がりやすい状況ではなかった。
そんな状況で、ラファルドはセレナスを諫めなければならない。
さもなくば、そう遠くない何時か。王女の首が(物理的に)飛ぶ。
王の威光に
騎士団が第三王女への不満を爆発させる、とはそういうことだ。
信頼が陰った――損なわれた、証が不満の爆発として形になるのだから。
それは是が非でも阻止しなければならない。
その為に必要なのは、時間をかけて積み重ねる人間同士の信用ではなく。
雇用主が
「ですが、
「それは関係が無い話ですね。この件が片付けば、騎士団は内偵に動きます。殿下――王族への狼藉だけでも重罪。
「……なあ、その流れで行くと――俺達はどうなるんだ?」
連座させられる可能性を見出すのは軍人の卵だから――だろうか。
安心させる意味も込めて、抗議するような口調にした。
「無罪放免に決まってるでしょ! 出仕初日だよ? 今日が。責任を問う方の頭がどうかしてる!! って状況。……殿下は別ですけれど、ね」
「わ、私だって! 不可抗力です!!」
「こんな事件が起こるとは――でしょう? 残念ながら、
「で、でも! まだ――!!」
事件は片付いていない。
そんなことは言われるまでもない。
「ですから、騎士団には恩を売っておきませんとね。一番安直な手段が何かと言えば」
グラディルがにやり、と笑う。
「
「そ。事態を把握し、概要を
「……目の無い
諦めたのか、開き直ったのか。セレナスの口調は随分落ち着いていた。
罪人の捕縛は公国の治安維持を
良かれと思ってやった悪党退治が逆に苦情の種になる、とは珍しい話ではない。
ラファルドは首を振った。
「申し上げたはずです。人を人外に変質させる技法は禁忌。騎士団だけでは、もう手に負えません。
「国家レベルの事案、ってか?」
グラディルがわざと茶化す。
「この騒動から先は――ね。それこそ、本職に任せればいいよ。でも、現状は違うから。引き起こしてしまった責任を取ることが出来れば、騎士団も留飲を下げられる。予定に無いお忍びは迷惑だけれど、お転婆に目くじらを立てるのは
セレナスはため息をついた。
「解りました。お願いされておきます」
「了――解っ!」
拳を
その背中に、ラファルドは落ち着いた視線を向ける。
(させないよ、暴走なんて。外部要因に
「……ほほう。解決への道筋は立った、か――。なるほど、中々に良い人物がいるようだ。若過ぎるきらいは在るが――楽しみが在るとも言えるか。ふむ? と、なると……、
遠くの建物の屋上から、聖堂を見つめている人影があった。