第8話◆勇者試験(2)・・・改
文字数 5,053文字
「うむ。くれぐれも、頼んだぞ」
しかつめらしい顔でいつも通りの威厳を籠める。
空が白む早朝から始まり、昼直前まで続いた朝の執務が終わりを告げた瞬間である。
その背中に。
「くれぐれも、城下へお忍び――などは、なさいませぬように」
タイミング的にも完璧で、可愛げも何も無い釘が
(ええい――口やかましさと来たら、まるで
腹立ちを籠めて
厚顔無恥を
なぜなら、臣下には一人しかいない。
国王を前にして頬が紅潮せぬ者は。言葉が震えない者は。何より、目線を合わせて真っ
憎々しさを視線に籠めたのも一瞬、尊大な足取りで玉座の間の真上に在る国王の居室に戻った。
ちなみに、当然のように脱走を決行する予定で居たことは秘密である。
そして、グレスケール公爵が代表したものの、苦言が満場一致の
「
誰からとなく
「さあて。陛下の御心底は陛下だけのものに御座いましょう」
グレスケール公爵に浮かんだ笑みは
「まったく、可愛げの無い爺だ」
扉が閉まるや否や吐き捨てたが、国王ガルナード=アストアルの口元は笑っていた。
大粒の宝石に黄金の鷹が鎮座する王
国王というのは中々因果な商売で、慣れが身につくとどうしてか、どうしても気晴らしが手放せなくなる。いっそ、日常用の
「いい加減、出し抜かれていると気づく者がいても良さそうなものだがな」
苦言を突きつけるとは突き付ける相手の前に立つこと。すなわち、目線を対等にすることである。
王の
理由は考えるまでも無かった。
不興が
領主として人民の上に立つ貴族であれば、恐れる。
領民を路頭に迷わせることを。家が
けれど、それは理想的な良識を持ち合わせているから、ではない。
人の上に立つ以外に出来ることが無いから、だ。
貴族の本能というべき根源的な恐怖に負けて、目を
セレル=アストリア公国の王権は強大である。
国主たる王は最高の英雄であり、最強の武力を持つ武人だ。
その威光に
反逆の二文字に問われることなく
そして、そこがあの爺――シュヴァルト=グレスケールの可愛くない部分だ。
もう一歩踏み込んで来るのなら、
娘と自分の距離が縮まらないことを嘆くくせに、
苦言が貴族の総意――内に籠る不満、だと筒抜けにしながら、言質を取らせようとはしないのだ。
苦言の真実が
迷いの無い足取りでバルコニーのガラス窓を開け放つと。
「――む」
忍び寄る不届き者の気配を
待つこと数分。
「はて……? 近頃の
「……誰が鼠だ! 面倒臭過ぎなんだよ、曲者返しが!! ――よっ!」
テラスの
にやり、と笑いかける。
「久しいな、トラス」
「……朝飯以来だろ。つか、
ガルナードはわざとらしくため息をついた。
「弟子に取ったのは父親の方、なんだがな……」
産声を上げた瞬間は知らないが、グラディルに物心がつく頃にはふらりと現れてふらりと消える、妙に品のいい所がある小父さん――家族の一人、として認知されていた。
「うるせえよ。だったら、暇潰しだとしても、武芸の面倒なんて見んな!」
「はっはっは! 師の言動にケチをつけようとは、弟子失格!!」
グラディルの足元を蹴りで払い、飛び上がって逃げた所に鉄拳を見舞う。
グラディルは伸びて来る腕を足場にして肩まで駆け、一気に国王の私室に転がり込んだ。
「……ぶねえ!
城内に案内板などつけてないし、生活の場だから考えたこともないが、地上数百メートル程度の高さはあるはずだった。
グラディルの抗議に物騒なものを潜ませた笑顔を返す。
「これでくたばる玉なら弟子に取る
「暇になったから、
(……ふむ。てっきり、裏切者! だのなんだの、
「――で。正面から突っ込んだそうだな?」
「……まあ、初戦だったしな。派手に景気づけしよう! ぐらいのつもりだったよ」
うんざりさ加減からすると、誰も彼もが同じ事を話題にする! といったあたりか。
ガルナードは丁度いいと思うことにした。
「それで、返り討ちを食らった――か」
途端に、グラディルがむくれる。
「何なんだよ、あれ!! 聞けば、俺だけだっていうし!」
「世間知らずの、利かん坊に据える
「……あんたの
(ほうほう。魔物相手だったから、負けた――と?)
「知らんぞ、
白い目でロックオンされているのが、妙に
突き放した所で問題は無いが、
「……まあ、灸と
「それ、黒幕って言うんじゃねえのか!?」
詰めよって来るグラディルに笑顔を向ける。
「はっはっは。……だったら、どうする?」
一転して真顔になると、グラディルは嫌そうに顔を
「別に……どうもしねえよ。どうせ、どうにかされてくんねえだろ?」
(――む! 無謀を良しとする訳ではないが……、覇気に欠けるのはなあ)
ガルナードはため息を形にするしかなかった。
「……ま、いずれにしろ今のお前じゃ受からんな」
報告を受け取っただけで、観戦していたわけではない。それでも、不適格だと思った。「勇敢」の二文字からは――。
そして、やはりと言おうか、面白くないらしい。子供っぽい不満がグラディル目に宿った。
「何でだよ!」
(おい――此処で糞餓鬼丸出しになるのか……! こりゃ、本気で落第判定を食らわすしかないか――?)
胸中を覗かせぬよう、
「答えられるのか? 勇者とは、勇気ある者の意。しからば、その本質たる勇気とは何ぞ? 応えられぬならば――」
何を言い出すんだ、この親父! という目を向けてくれてから。
「……死ぬわけねえだろ」
と、(心理的に)そっぽを向いた。
まさか、命を賭けて導き出さねばならない答えだと、露とも思っていないとは。
(……よくある話、とはいえ……。落第だ。たとえ、
「最低限、答えられるようにしておけ」
「あっそ」
本当は教えてやりたかった。
勇者試験の主催は公国。国王が勇者試験の監督、試験、裁定のどれを務めても、問題は何も無い、と。
加えて、戦の試の直前に聞かされているはずだった。
『ギブアップしても成績には影響しない!! ただし、加算も無い』
と。
戦の試が勝ち抜けシステムを採用しているとは言っていないのだ。
『勇者』試験である以上、最重視されるのは「勇敢である」こと。それを忘れられては困る。
今日、軍学校の教官を通して通知したのは初戦の戦闘経過と結果。
死亡による脱落を許すつもりは無いので、特例と知っていて救護を手配をした。
二戦目以降の参加を禁止したのは、カウンターを
試そのものに落第したとは、通知していないのだ。
……まあ、灸を据える意味もあったので、脱落の二文字を使いはしたが……。
(まあ、これで最後という訳でもないし、頼りに出来る監督……どちらかと言えば
自分の中の結論をため息に変えると、そっぽを向いたままの不肖の弟子の首根っこを掴んだ。
「用事はそれだけか?」
試験が終わっていなかったことにも気づいてない
ガルナードの手首を払おうと、手首を
「――む。あんたから切り出すべき話が有ると思うんだけど!」
「……(むむ! この握力は?! ……ここまで出来て、初戦敗退――ふむ。戦いの機微を読む感覚が
しかし、もう用は無いし、この現場を他の誰かには見られたくない。
下手に知られたら、関係が壊れてしまう。だから、今までだって正体を明かすことが出来なかったのだ。『裏切者!』と拗ねられなかったのは、望外の幸運と言っていい。
だから、放り出す。灸を据える意味も込めて。
「娘をよろしく頼む、それ以外に何があると?」
「……で?」
それを今此処で言い直せ。そう言いたかったのだろうが通じなかった。
それは取りも直さず、セレナスの婿に立候補するということでもあるので。
「――ん? 何だ? セレンちゃんの婿に立候補したい、と?」
割と本気の殺意が籠った笑顔を
「お断り! だよ。世界最強の親父なんて、もっと割に合わねえ!」
間髪入れない返答が、本気の怒りゲージを急加速させていく。
「……ほほう」
首根っこを掴み直し、ずりずりと引きずって元来たテラスへに移動していく。
グラディルはその手を剥がそうと掴みに来るが、何度も無様を見せる気は無い。
グラディルの手が襲ってきたら、
「ていうかだな、何なんだよあれ! 一々突っかかって来やがって、大迷惑だ! あんたがどうにかするべきなんじゃないのか!? 父親だろ!!」
余計なお世話!! である。
「はっはっはっ。それはお前の相方と相談しろ! 本命には
「――は?? んだ……って、まさか! それ――」
おっと、口が滑った! という本音はバレるわけにはいかない。
なので、駄目押しに
「おまけに、現状はセレンちゃんの方がよっぽど勇者に近いからな! 心して付き合えよ?」
絶句する不肖の弟子に父親としても落第点をつければ、ゴール(スタート地点)に到着していた。
「――ちょ、ちょっと待て師匠! それって俺には関係ない話じゃ――」
学習能力の無さに、説教ゲージ+5。
「お前のレッドブレードベアを狩って来たのはセレンちゃんだからな! この、幸せ者め!!」
「はあっ――?! ざっけんなよ、この」
「はっはっはっ!」
そして片手で、重量など無い物のようにグラディルを放り投げた。
「――――ちょ、し、師匠――っ!!」
「この程度で命を落とす玉では、到底、セレナスの婿にはなれんからな!」
普通の玉ならともかく、グラディルは受け身が取れなかったとしても死なない。そう解っていればこそ出来た無謀(※良い子じゃなくても、真似してはいけません)だった。
「――ちゃ、ちゃんと説明させるからなあああああ――――!!!」
残響は風に溶かされるように消えていく。
国王は清々したように背を向けた。
「ふう。とりあえずは、性根から