第2話◆待ち伏せ・・・改
文字数 6,171文字
友人と雑談に
王立大学付属の高等学院エクセラル=アカデメイアは公国首都でも屈指の規模と生徒数を誇る大学校の一つである。
共学を
着て歩くだけで人目を
「よう」
「…………?!」
退屈そうな空気を
「――――」
正直な話、ラファルド=セルゲートは呆れていた。
昨日の今日ならぬ午前の午後で、よく顔を出せたものだと思う。
勇者試験を受験すると半年前に知ってから、散々に反対した。今はまだ早い!! と。
そう遠くない
勇者になる為の関門の一つである。腕っぷしに秀でているだけで、相手にされるものではない。
だが、反対が鬱陶しかったのだろう。試験開催まで一週間を切ってからは本気で逃げ回られた。
何処をどう探しても見つからないので、不本意ながらも軍学校の教官、グレゴール=セドライドと共同戦線まで張った。
それを押し切って、強引に出場しておきながら……結果はあれだ。
ラファルドが笑顔を選んだのは、敢えてである。
「やあ、久しぶり! 午前中は、中々見事な返り討ちだったね――」
笑顔の下の青筋が見えないのなら――
けれど。
不良然とした少年――グラディルの
「うっせえ! 用があんなら呼べばいいだろ!? 回りくどい真似しやがって――!!」
「――はあ?!」
素っ
「……休学……? グラディル、君、何をやらかしたのさ!」
だが。
「俺が知るわけねえだろ!!」
「え? ――(だから、こっちに来たのか……。まあ、
書類を折り
「しまった――!!」
「――おい?!」
やっぱり犯人はお前か! という誤解を買ってしまったが、今はそれどころではない。さっさと穏当に話が出来る場所に避難しなければ。
「……ねえ、あれが不良って奴よね……!?」
「――あ!? だっ?!」
不本意な言われように反射的に
「ファル、
「君、真っ
「だから、何だよ!」
「だから、だよ」
教練用の暗色のズボンに、白のタンクトップ。
軍学校では普通でも、良家の子女が集まる大学校に軍人仕様は存在しない。
おかげで、実用一点張りの飾り
しかも、着古された結果のくたびれに軍人見習いの荒々しい雰囲気がベストマッチしてしまっている。
ラファルドの級友の
おまけに、一人だけの敗者という現実が軍人見習い
「軍人の卵なんて、滅多に見ない生き物なんだよ? きちんと正装してればまだしも、そんな気崩した格好してたら解んないよ。生徒だなんて。タンクトップの下、包帯だらけだし」
「む」
「体格だって運動部の生徒とも違い過ぎるから。だから悪目立ちしてるし、勘違いもされるの! これが噂の不良か、ってさ。行こう。談話室借りられるから、話はそっちで聞くよ」
「おう。……何か、悪かったな。その、迷惑になったみたいで――」
「いいよ、別に。勇者試験の受験を見送ってくれたら、もっと文句無かったんだけど?」
「うっせ。
グラディルは折り畳まれた紙片をひけらかした。
事務室でグラディルの入校手続きを済ませると、小中高大一貫の教育が受けられることも売りの一つである大学校が等級の
上品な調度がさりげなく配置された立方体の空間。その中央に位置するのはテーブルと一対のソファ。
「…………」
グラディルは興味
跳ね返った反動――凄くふかふかした感触、で顔を
「……。話の前に、怪我を見ようか?」
「おう。頼まあ」
ラファルドは慣れた手つきでタンクトップを裂き、グラディルの身体を
そして、地肌に残る
「……
「まあ、ブレードベアだったからな」
ぷうんと漂う
グラディルは平然と胸を張っているが、
「教官は、なんて?」
「
(……まあ、この怪我じゃねえ……。ん? この半端な手当ては『しっかり反省しろ! この馬っ鹿
普段通りの元気さに対する
「そっか……。じゃあ、さっさと済ませよう」
白く温かな光が消えると、ラファルドはグラディルの背中を
「はい、手当て完了! じゃあ、包帯はこっちで処分しておくから」
「おう。ありがとな、いつも」
適当に避難させていた包帯を巻き取って行くラファルドを横目に、グラディルは教練用の
そして、包帯を
「んじゃ、説明して貰おうか! 何を企んでやがるんだよ。停学を休学に、勝手に拡張しやがって!」
「その件は、僕は本当に知らない。関わってないんだよ。でも――」
「でも?」
「心当たり……というか――、予感がある……と、言うか――」
正直な所、確信と言っていいものがある。けれど、不用意に口にするのは
聞かせれば、巻き込まれる。まず、間違いなく。
「ほう? だったら、白状してもらうぜ。お前の予感が
尊大な態度のグラディルに、ラファルドは一度は引っ込めた青筋を持ち出した。
腹立ちのせいで、声は自然と低まっていく。
「ラディ、君ねえ……。受験会場に姿が無かったから、
体格差では圧倒的に優位に立つグラディルが、ぎくり、と
「それは今――」
「関係無い? だとしたら相当おめでたいよ。ねえ、負け犬君。君がその紙片の意図を知りたがっていたように、僕も今日は、どうして、あんな結果になったのか――を、知りたいんだけど?」
「む! それは、」
グラディルは反射的に席を蹴立てる。
「ほら、忘れてるでしょう? 今日が実は一週間ぶりくらいだってこと。口を酸っぱくする僕から散々に逃げ回ってくれたよねえ? ねえ、ラディ」
おどろおどろしい空気を纏い、白く光る眼で見上げて来るラファルド。
グラディルの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
「それは――」
覚えていなかったわけではない。
勇者試験受験の邪魔なので、意識の外に蹴り飛ばしておいてはいたが。
しかし、試験会場から保健室に送還されて以降は綺麗さっぱりに忘れていた。……間違っても、白状は出来ないのだが。
眼前の低気圧は急速に黒雲を湧き上がらせ、雷を放電し始めるほどに成長していった。
「そりゃ、反対してたよ? でもね。君が勇者を
(……やべえ……、マジ切れだ――! ひょっとしてこれ――、明日の朝日は拝めないコース、確定か?!)
グラディルは真剣に明日の自分を
腕力、筋力で言えばグラディルの方が圧倒的に上だ。素質、(現在の)実力、技量共にかけ離れていると言っていい。
しかし。
ラファルドはグラディルを
俺の事を何だと思ってるんだ! と逆切れし、大魔王降臨を招いたことは20年にも満たない人生の最大の汚点の一つ。その二の舞を演じる度胸は――無い。
何時の間にか、脂汗を掻きながら黒雲から大魔王が召喚されなことを願いつつ、正対する破目になっていた。
「……せ、先手必勝で、な、何が悪いって――、そ、それに!! 勝負は、時の運――」
「ふうん? 自分を貫いてカウンターをもらった――ね。油断は?」
油断の二文字を耳にした途端、グラディルのビビりが吹き飛んだ。
「してねえ! するわけがねえだろ!! あれは――今更言っても泣き言だけどよ、完璧過ぎたんだよ! こっちの行動が予め解ってたとしか思えないくらいだ!!」
(ふむ……。褒められた物ではないとしても、落第点レベルでもない――かな?)
ラファルドはわざと冷たく突き放す。
「本気? それ。魔物に学習能力が無いって、思い込んでたんじゃない?」
「おい――!!」
憤懣が一気に険悪に変質した。
こうなった時のグラディルは、大の大人さえ縮み上がらせる迫力を出す。
ラファルドの冷たさに変化が無いのは、付き合いの長さゆえでもあった。
「在り得ない、って現実に食らわされてこの
「俺用に調整されてたって、可能性」
「自意識過剰だね、それ。観客には騒げる口実でも、
「…………もっと、言いようねえのかよ…………」
ため息さえつかないラファルドに、意気が綺麗に削がれてしまったグラディルである。
「君が、もう少し真剣に反省の二文字と友人付き合いしてくれるなら、考えても、いいかな?」
じろりと
グラディルだって、自分自身が未だ未熟者の範疇に入る自覚を失くしたわけではない。
「これだから、古馴染みってのは
「じゃあ、何? 本当に気が付いてない、ってこと?」
最後通牒は
引っ掛からないのは、見え見えだと言える程度には長い付き合いだからだ。
「…………。俺と似たタイプの奴が捕らえて来た――からだろ」
灸が必要なさそうな事を確信してから、ラファルドは空気を緩めた。
「試に使う魔物の調達は冒険者に依頼することも珍しくないし。カウンターは捕縛された時の経験が生きていたからだろうね。単純に運が悪かっただけ――かな」
お、という感じでグラディルの表情が明るくなる。
けれど、慎重さは忘れなかった。最後の最後に罠を仕掛けている可能性も十二分に在るからだ。
「…………じゃあ、お仕置きとかは――?」
「勘弁してあげるよ。運不運はどうにもならないからね。試ではあっても、れっきとした勝負事でしょう」
「――(ビビらせやがって)――」
グラディルが胸を撫で下ろした瞬間に、ラファルドは落第点をつけた。
「でも、笑えないからね。見事なカウンターが来たってことは、君の『先手必勝』が数段、『誰かに』劣っていたってことだから!」
「ゔ」
「勿論、教官殿には報告しておかないとね」
グラディルの脳裏には、喜び勇んでいる癖に凶悪なグレゴール教官の笑顔が降臨していた。
割と暑苦しく、狡猾さと脳筋ぶりとが矛盾なく同居する、悪夢のような鬼マッチョ……。
気分的には早半泣きである。
「……だったら、休学なんて回りくどいことすんなよ!」
蒸し返されるのは、ラファルドも流石に鬱陶しかった。
「だから、それは僕は関係してないって――!!」
「……嘘だ。お前ならやり兼ねねえ! 絶対!!」
座り直したグラディルが、白い目でラファルドを覗き込んで来る。
「それ、は――」
ラファルドはため息をつきたかった。
(前科があるから、反論に説得力無いんだよなあ……)
「んん?」
白状するなら今の内だ、とでも言いたげな態度は癪だ。
けれど。
(……うー……、
ラファルドは覚悟を決めた。
「話したくない、って言っても無駄なんだよね?」
「おう!」
威張られると、胸中の
「じゃあ、共犯ってことで。それが条件」
共犯――つまりは、ラファルドにも何がしかの意図が在るということ。
加えて、確信犯として(ラファルドの側に)加担させられる、ということだ。
真相を質すつもりで、早速厄介事に首を突っ込んでしまったグラディルだった。
「――げ」
露骨に早まった!! と断言されては、流石に気の毒になる。
「……逃げるなら、今の内だけど?」
それなのに、掛け値無しの仏心を出したら頭を叩かれた。
「たく。相っ変わらず、可愛げの三文字が足りてねーな、ファル。俺様を見損なおうなんざ、百年は早えんだよ! 厄介事を厄介事認定しただけだっつの!!」
その時浮かんだラファルドの苦笑は、無自覚の産物だった。
「――そ。だったら気が楽でいいや。実はね――」
そして。
その瞬間を狙い澄ましていたように、談話室の扉が開け放たれた。
「?!」
踏み込んで来たのは武装した騎士。それも、芸術と呼べる程華やかな意匠を施された装備に身を包んだ。
特に胸や肩に装飾された紋章――剣を差し、槍を構えた騎士が二本脚立ちの悍馬に
(マジか?! こいつら――近衛じゃねえか!!)
それも、直接国王に指揮されることを許された、精鋭中の精鋭。
開け放った扉の両側に剣を前面に構えて待機する二騎。その真ん中を堂々たる所作で突っ切って来た騎士が、事もあろうに、少年達の前で膝を曲げた。
「ラファルド=ルヴァル=セルゲート様、グラディル=トラス=ファナン殿、お迎えに上がりました。どうぞ、