第28話◆糾弾・・・改

文字数 2,645文字

「それで? 余にも無断で何を譲った?」

人騒がせな客人の名残(なごり)もかき消す換気が終わるや否や、国王がラファルドを(とが)める。

「――――」

その無表情と無感情に玉座の間が凍り付き、ラファルドは一瞬で断罪されるべき凶状持ちとなった。
しかし。

「……何を、と言われましても?」

しれっと、首を(かし)げて見せる。
国王の目に苛立ちの光が(よぎ)った。

「魔王陛下殿は、何を片づけてからこの場に現れたのだ!? それを、聞いている!」

「ああ、そのことですか――」

「返答は、慎重にな? 内容如何(いかん)では首が飛ぶぞ?」

台詞(せりふ)は国王。
だが、ラファルドの前で堂々抜剣し、斬り捨てるべく構えたのは近衛騎士団長だった。

「――?!

いきなりの事態に驚いたグラディルを騎士達が掣肘(せいちゅう)する。
ラファルドは仕草でグラディルを(なだ)め、華やかな笑顔を国王に向けた。

「おや? 陛下は随分と(すみ)に置けない(かた)であられます。魔王陛下の目が光る中で、拷問(ごうもん)を秘密裏にやり抜ける人材をお持ちとは――。父が、驚きますね?」

がたり、と音がしたのは、国王が玉座に腰かけたまま後ずさろうとしたからだ。

「ばっ――!! そんなことが知れた日には、俺の(ほう)が拷問され――、――ではないっ!!

国王の物騒な粉かけをからかいで切り返したラファルドは居住(いず)まいを正した。
切り返す為に選んだ話題はからかいでは済まされない。

「陛下。御身(おんみ)が余程存知であられるはず。公国――いえ、人間の国家と魔族に交流はありません。仮に、(じん)問で白状させたとしても、情報の信憑性(しんぴょうせい)はどう確保されます? まさか、魔王陛下へ、(じか)にお(たず)ねになる?」

「…………」

万座が無表情という沈黙に染まる。
尋ねられるはずがないとは解っていた。
それは拷問という手段への帰結であり――魔王の蹂躙を招く未来への一本道。
そして、これだから可愛げが無いんだ! と、国王は表情で語っていた。
切り返しから一転して、真摯に迫る態度は中々に憎い。
しかし、その本質は魔族への拷問を躊躇しない臣下に、それが破滅への道標だと語って聞かせることにある。
どれだけ賢しらだろうとも、10代の少年の言動には――こと、政治という分野に関しては、説得力が欠けてしまう。
国王が有能な臣にも劣らぬ信頼を寄せる神祇――セルゲート家なればこそ、重く響かせることが出来ることを解っているのだ。
国王が臣下に暴走されて一番困ることを、国王がどれだけ口を酸っぱくしても真剣には受け止めては貰えないことを、きちんと、釘として刺せる。
世間知らずと片づけて問題が無い年であるのに。
有難くないはずがない。
けれど。だから、困るのだ。
先程の沙汰には、どれだけ自分が気を揉んでいるかを伝える意図が在る。
少しばかり怖がらせてやれ、という意趣も無いとは言えなかったが。
大人気(おとなげ)が無いのは承知だ。
大人として格好がつかない真似を選んでも伝えたかったことが伝わらなかったのは――親友に
似すぎていて、諦めるしかなかった。

「……()める口実を作ってどうする! 相手は魔王だ。腹立たしいことに、正真正銘の!」

「その、魔王陛下があの場で求めておられました。直々(じきじき)に、下手人を(ただ)したい、と。手土産(みやげ)は詫び――ですかね。そんな物が無かったとしても、譲るしかなかったでしょうけれど。陛下の一存も無しに、魔王陛下と事を構えるわけにはいきませんし」

「しかし、魔王陛下も為政者ではないのか?」

公国が拷問を(もち)いることに魔王が口を挟まない可能性。
それを問うクリスファルトに、ラファルドは懐疑的な表情を返した。

「魔王陛下も知りたいのです。己に逆心を抱く輩の正体を。ならば、膝下(しっか)の魔族が人間に悪さを働いたとしても、御自身に牙を()くでもされない限りは、(ちゅう)する理由にはならないかと」

「……王として護るべき民草の一人、ですか。結構な御気性ですが――公国はただの出汁(だし)に御座いますなあ……!」

宰相は単にため息をつく。

「王の沽券(こけん)。他国のことながら、難儀な物に御座います」

近衛騎士団長のため息の方が余程皮肉が籠っていた。

「どう思う?」

無感情な国王の声に突き付けられた剣先がピクりと震えても、ラファルドは平凡だった。

「とりあえず、現状に落ち度は無いかと」

(まこと)か?」

「だから、選べます。魔王陛下の申し出を()に受けて、花嫁の選出に入ってもいい。突っぱねて、無かったことにしてお引き取りを願ってもいい。……あと、殿下の(げん)ではありませんが、恩を売って有利な力関係の構築を目論むことも出来ます」

「もし、下手人を押さえていれば?」

「最悪、公国は灰燼(かいじん)に帰したかと。魔王陛下手ずからの制裁――報復で」

何故(なぜ)?」

「命だけでも無事に、留め置く手立てがありません。公国に魔族は現れました。何故、どのように公国に至ったのか――。まさか、口頭で白状するはずがない。まさか、放免にして恩に着るはずもない。是が非でも語らせねばならぬなら――公国は何を為さねばならぬでしょう?」

言われるまでもない。尋問という名の、拷問である。
そして、それはバレる。必ず、魔王ゼルガティスに。

「――――」

国王は観念に似たため息を(こぼ)した。
臣下と議論するだけではこうはならない。
魔族風情に舐められてなるものか!! という意地と面子が幅を利かせてしまう。
それが魔族の過小評価を強制し、取り返しのつかない過ちと危機を産むだろう。
そして、危機が迫ったその時に、意地と面子は何の責任も取らない。
丸ごと責任を転嫁してくるだけで。
国王が窘められることで、臣下が侵してはならない過ちが何かを悟らせる。
国王を以てしても、諦めるしかない――のだと。
臣下が弁えを以て落ち着くことで、国王はようやく選べるようになる。
選ぶべき、を。

「陛下や王族の方々に責が及ぶよりは――と、思いましたが、魔王陛下直々の尋問の方がマシ、でしたでしょうか?」

「そんなわけがあるか! ()めてつかわしてくれる!!

やけくそな断言と共に国王が座り直すと、近衛騎士団長は構えを解いて剣を納め、(やいば)を向けた非礼をお辞儀で()びた。

「……ったく」

不機嫌に見える国王の様。
しかし、側近二人の苦笑には安堵が紛れていた。
どうやら、望外に穏当な収まりだった――ということらしい。
そして、それを待っていたように、正体を現した者が居た。

「――では、お聞かせ願えますわね? 何故、あの魔王陛下が私の見合い相手なのか、を!!

!?

王女の真摯さに国王が玉座で小さく跳ね上がり、万座が居心地の悪さに呑まれる。
ラファルドにしても柳眉を逆立てて尚美しい異性というものは初めて。
どうすればいいのかは、すぐには解りかねた。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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