第5話◆白百合姫・・・改

文字数 2,541文字

(こんな事にラディまで巻き込――え? あれ?? 同列の扱い?! 僕とラディが――じゃなくて! 初めから解っていたなら、きちんとすっ惚けたの――――まさ、か! 出迎えから今までの流れは全部――!!

確信犯だ。冷静な思考をさせない為の。
気づかれれば、その時点で逃げられてしまうと解かられているからだ。
そして、それはキレても問題無い、後ろめたい目論見が何処(どこ)かに隠れているという証拠である。
だが、現状は見事なまでに流されてしまっていた。

国王の目が『間抜け』と語る。
ぷつっと、頭の何処かで何かが切れる音を聞いたラファルドを自制させたのは――。

「お父様!」

重厚に押し開かれた扉の向こうに(たたず)む、清楚(せいそ)可憐(かれん)な美少女。

「今宵は晩餐(ばんさん)にお招き頂き、有難う御座います!!

口上の(さまた)げにならぬよう音も気配も殺して席を立ち、少年二人は真後ろの壁際に寄った。

「いや、急に思い立った私も悪い。学びを途上で切り上げさせたこと、許せよ」

「――い、いえ! そんなことはありませんわ!!

狼狽(ろうばい)羞恥(しゅうち)が混ざった照れが広がってなお光り輝いて見える華やかな少女は、楚々とした雰囲気のまま()を進める。

「お――」

扉が閉め切られ、客人の存在に気付いた途端に、何かが地に落ちた。

「父様、こちらは――?」

怜悧(れいり)な表情を向けられても、少年二人はびくともしなかった。
すかさず、一歩前に出て。

「ラファルド=ルヴァル=セルゲート」

名乗りと共に一礼する。

「……まあ! 公国の天秤(てんびん)と称される、あの――?」

少女は素直な驚きを見せた。

「家の(あずか)る重責に御座います。我が身は若輩にて、一方(ひとかた)ならぬ精進を要する未熟者。どうぞ、気に()められることは無きように願います」

「初に御目(おめ)文字(つかまつ)ります。国主ガルナード=アストアルが三女、セレナス=アストアクル。どうぞ、記憶に(とど)め置き下さいますよう」

「うほん!」

華やかに礼を返す王女に対し、国王は何処までも退屈そうだった。

「して、こちらが――」

「グラディル=トラス=ファナン」

「――まあ!」

少し、大袈裟(おおげさ)に驚いた後。
見間違いでなければ、獲物を狙う鷹のように(するど)い眼差しを(ひらめ)かせた。

「――――」

心当たりの無さから来る動揺は、どうにか胸中に留める。
国王は何事も無い風情(ふぜい)だった。

「父君が先代の勇者を務めていた」

寡聞(かぶん)にして存じませんでしたわ。国主ガルナードが娘、セレナス。よろしくお願いしますね?」

挨拶(あいさつ)には何処か険しい気配が有り、お辞儀も簡潔さを感じさせた。
グラディルも無関心を前面に押し出す。

「どうも」

(何か妙に、ラディに当たりがキツい……って、ああ、もう! すっかり、怒るどころじゃ無くなっちゃった――!!

「お父様。席を共にする前に、(うかが)いを立てたいのですが?」

落ち着いた言葉とは裏腹に、セレナスに微笑みは無い。
ガルナードはため息を返事の代わりとした。

「この者達が今宵の晩餐に同席を許された理由、()教え願いたく存じます」

「明朝より、お前の付き人となる」

「――――!?

想像の(なな)め上を行った返答に(むせ)るのを何とか(こら)えたのがグラディルであり、堪え切れなかったのがラファルドである。

「これで良いか?」

「まあ……!」

王女の目つきが少々険しくなったように見えた。

(……婚約、じゃないのは……助かった――けど。……どうしてかな? ラディに負けない獰猛(どうもう)さを感じる……)

世俗の評判を裏切らない花のように清楚可憐な第一印象と、勇猛果敢で鳴り響く父親によく似た獰猛な雰囲気(ふんいき)が漂う現在のギャップに戸惑う。
状況が停滞している今が好機とばかりに、ラファルドは思考を巡らせ始めた。

(――この晩餐は、顔合わせ……なら、普通にやればいいだけ。会食を仕組むのはやり過ぎだよね。だって、働く前に豪華な褒美なんて出してどう――、報酬(ほうしゅう)の、先払い……? だとすると――待ってるのは、とんでもない案件ってこと――ですか?!

グラディルも同じような考えに辿(たど)り着いたのか、疑惑を籠めた眼差しを国王に向けている。

だが、国王の泰然(たいぜん)たる態度は崩れなかった。

「外の世界に興味が有るのだろう? 良家の子女ともあろう者が、供も無しとは行くまい」

「お父様!」

(抗議されちゃったか……。まあ、普通は気心知れた人材を宛がうものって話だけど。この分だと、(しら)百合のお姫様も寝耳に水だった――かな)

「『何時かは、姫様に同道したい』と、警護の者達が()れておると聞かされたが?」

途端に(しかし一瞬)、セレナスの気配が泳いだ。

「…………それは……、(わたくし)の配慮が足りないことでした。以後、心得ようと思います」

国王を注視し続けるグラディルの目が()めていく。

(こりゃ相当なお転婆(てんば)だ。中身は父親によく似た姫様、ねえ……。まあ、面白そうではあるな。夢は粉々になったけど)

「何を得ようと何を失おうと、それはお前の自由だ」

「お父様!」

王女の顔が歓喜に輝く。
しかし、少年二人は胸中でげんなりした。
王女様の我儘(わがまま)に振り回される毎日が待っていると、容易に想像できたからだ。

「いずれは――な」

「お父様!」

「今はまだ、早い」

(……これなら、家の伝手(つて)で回って来たアルバイト――ってことかな?)

やり取りを見守りながら、ラファルドは堅実な結論に辿り着く。
常識的な突っ込みを決めたのはグラディルだった。

「悪い(うわさ)が立つ、ってことは考えてね――無いんですか? 一応、年頃の男女……に、なると思いますけど」

「……構わんよ、立ったところで。元より、個人の我儘から始まった話だからな!」

王女の父親が面白がる顔を見せたのは、グラディルの不慣れな敬語にばかりではなく。

「――!!

未成年三人の頭脳と感情が一斉に沸騰(ふっとう)した。
()みついたのは危機感も一番兼ね備えていたラファルドである。

「誰ですか?! それは――!!

その人物こそがこんな傍迷惑な晩餐会を(たくら)んでくれた黒幕だ。
個人的に、是非とも(きゅう)を据えたいという衝動が湧き上がっていた。

だが。

「私だが?」

とんでもない黒幕の正体に、一瞬で奈落の底まで()り落とされる。

(も、文句なんて付けた日には――終わるじゃないか! 人生が!!!)

それは三者共通の感想であった。

「……どうした? 今日のメニューに、冷めても美味しい物は無いのだが……」

国王は全く要領を得ていない顔で、時間を止められたように動かなくなった未成年たちに首を(かし)げた。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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