第88話◆介入(2)
文字数 3,605文字
「……全く!! 威勢だけの猿は、口の利き方から躾を始める必要が在りますのね!!」
セレナスは宙空で誰かを罵る。
魔法師団の支援を受けての芸当(グラディルとゼルガティスの会話に聞き耳を立てていたのも)だが、それは当然のように勘違いを産んだ。
「小娘が、よくも(肝心なのは、引き際だが)――!!」
激昂したジェナイディンは一瞬で六人に分身し、黒い光弾の集中砲火を浴びせる。
「……ふ、ふふ、ふふふ! 理解できたかね!? 身の程、と」
誰も居ない空間を前に、悦に浸ろうとした。
しかし。
「を知る必要が在るのは――、私ではありませんわね!」
声と共に、ジェナイディンの右脇腹に衝撃が撃ち込まれる。
「ぐふっ! ――(これは……〈気〉――、勁術か?!)があああっ!!」
墜落こそしなかったものの、大きく吹き飛ばされ、ジェナイディンは右脇腹を抑えて苦痛に喘ぐ。
「……あら。いきなり当たり、ですか」
五人の分身が一斉に消えてしまったことを、セレナスが揶揄する。
「――ぐぅっ、ぁ、あっ、が(不味いな……この殻では、効き過ぎるぐらいに効いてしまう)……、ぅ、ぁ、ぁ――がっ(だが、引きずり出されるのは、下の下)……!!」
そして、尚も構えて、宙でのたうつ魔族を冷たく見下ろした。
「御師様の〈仙勁〉でしたら、浄化まで持っていけるのでしょうけれど……、仕置きには十分でしたわね。このまま――」
ジェナイディンはセレナスに憤怒の眼差しをぶつける。
「ぐ、っ、ぅう――(仕方ない。保たせるか。塒を荒らすのは気が引けるが、いい加減、目覚めて貰わねばな)、……っ、ん、ぁ、ぁ、あ! ああああ――っ!!!」
不意に、ジェナイディンの全身が黒い輝きに呑まれた。
「――下がれ!!」
「きゃあっ?!」
唐突に現れたゼルガティスが、セレナスを背中から強引に抱き寄せると。
黒い輝きが爆発した。
「――――、あれ……? 此処はっ?!」
慌てて起き上がろうとして、ラファルドは失敗した。
身体が動かないのである。
「ぐっ!! ……何で?! って、これは……?」
何かの脈動のように強まった光に照らされて、自分が地面のような場所に描かれた紋様――陣、の真ん中に寝かされていることを理解した。
(見たことが無い感じ――、ああ、もっと首が動かせればなあ! これじゃあ、判別にも困る!)
首を傾けることさえままならない現状にため息をつき。
「…………?」
遠くから、音と衝撃、光のようなものの明滅が届くことに気が付いた。
(外は、頭の先……かな? 戦闘は、まだ続いてる――)
焦る気持ちが無いと言えば嘘になるが、とりあえず、気持ちを落ち着ける。
(何処だ、此処は……)
暗くなったり、明るくなったりを繰り返す光源を頼りに、情報の収集を始める。
一応は、平らな場所に寝かされていて、壁も天井も石製。
天井の近さからするに、立ち上がれる高さは無く、四つん這いで移動できる程度のようだ。
おまけに、天井には傾斜が付いていて、頭の方が高く、足の方が低い。
解り易く例えるならば、石製の屋根裏部屋、だろうか。
不意に、部屋全体が激しく揺れた。
「――――!?」
パラパラと砂礫が零れて来る。
(……うーん……、何時まで無事に居られるのか、とっても不安になって来た……!!)
天井を睨みつけて、動けるだけでも動こうと足掻いた。
勿論、〈神通〉も使って、である。
けれど。
「……駄目かあ……! 〈力〉を抑え込める陣……、〈竜の血〉絡みだよね、絶対。脱出したら、調べ直さないとね。ラディにも話を――って……」
『どうして! 俺に嘘をついた?!!』と、怒鳴って来るグラディルの顔が脳裏に浮かんだ。
「……無茶、してないといい――けど、無理だな。するに決まってる! 立場が逆だったらなんて、考えるまでもないし! 何処で何をしていても勝手だけど……居られたらなあ、傍に……、――??」
ふと、胸のあたりに温かくなった。
目を凝らせば、服の下で輝く物が在るらしいと解かる。
その正体が何なのか。それは考えるまでもなかった。
「そっか……。大事にしてくれてるんだね。良かった――は、まだだっけ。……〈力〉の質が似てるのか、神通を弾く効果のせいなだけなのか。とにかく、これが機能するなら、此処からでも出来ることが有る――!」
ラファルドは祈るように目を閉じた。
「……いい加減、お放し頂けません? 陛下」
懐に抱き止められた(誤解を招きかねない)態勢で、セレナスが異を唱える。
フォルセナルドの反撃から無事逃れられたのだから、もう終わりでいいはずだ。
「もう少し様子を見てから、をお勧めするが……?」
名残惜しさを隠さない魔王ゼルガティスに、王女の目が半分になった。
「見たところ、ガス欠寸前に思えますけれど?」
二人の視線の先には、息も絶え絶えという風情のジェナイディンが居た。
ちなみに、三人とも宙に浮いたままである。
魔王の目に、寂しさのようなものが、欠片だけ過った。
「生身であってすら、〈恩寵〉は使い手を選ぶというのになあ……。そんな身体で、そんな真似をすれば――当然、そうなる」
「……?」
セレナスが魔王を見上げる。
「過ぎた力を行使した代償、ということだ」
促されるようにセレナスが視線を戻すと、ジェナイディンの髪、手、皮膚、眼球。身体のあらゆる箇所から色が失せ、白化していった。
「……気のせいでしょうか? 皺が深くなっているような――?」
「気のせいではない(内に潜まれたか……。それは、つまり――俺の不在が裏目に出た、ということ。そして。…………死者なのだな。目の前のジェナイは――)。身体が、耐えられんのだ」
ジェナイディンが魔王を見つめた。
「……ぜえっ、ぜえっ……! ……(ああ、我が君よ――、どうぞ、御武運、を)――、ぐ、……ぅ、ぁ、――あ、あああっ!!!」
セレナスを宙に立たせ、ゼルガティスは立ち上がる。
そして、その手に銀色の光弾を作り出した。
「さらばだ。長きに亘る仕え、御苦労だった」
撃ち出した光弾は、しかし、不可視の壁に弾かれる。
「……く、くくく……! まさか、まさか。最後が自滅とは、腑抜けた落ちよな(不味い……! この場、この状況で正体を曝すわけには――!!)。だがな? 薔薇の棘が如何に鋭かろうと、所詮は花よ。手折れぬなどと――」
無理矢理起き上がったジェナイディンの衣装のひだが作る影の幾つかが不意に濃くなり。
「思わぬことだ!!」
鋭く尖った影が細く伸び、セレナスを串刺しにした。
「!!」
悲鳴すら残さずに崩れ落ちるセレナス。
「――、なっ?!」
しかし、その姿は溶けて消え。
「破っ!!!」
ジェナイディンの背後から、気合が炸裂した。
「魔力の幻影と、実物の判断もつかぬとは、とんだ節穴」
セレナスとゼルガティスに挟まれたジェナイディンが歯軋りをする。
〈恩寵〉による反撃からセレナスを救い出したのはゼルガティスだが、それを逆手に取って、目晦ましに利用することを考えたのはセレナスである。
ジェナイディンの最優先目標は王女ではなく魔王。
ゼルガティスは囮役を承諾し、実体と幻影をすり替えて本物に〈隠蔽〉を施し、背後を狙ってもらったのだった。
「……貴様っ(限界だ。この殻はもう――保たぬ)……!!」
尚も、ジェナイディンの視界には魔王ゼルガティスしかない。
「まあ、陛下。ひょっとしてなくても、私の美貌に見惚れたからではありません?」
セレナスがこれ見よがしに、ジェナイディンを痛ぶる。
「それを言うなら、俺の造作の腕前が芸術の域に迫っていた――と見るべきだ!」
呆れつつも、ゼルガティスは乗った。
「……(仕方あるまい)……」
悶絶するジェナイディンの目に狂気の輝きが宿る。
それを待ち構えていたように、ゼルガティスは悪意の黒幕を睥睨した。
「さて。次はどう楽しませてくれるつもりだ?」
ゼルガティスの周囲の空間が雨を受ける水面のように波紋を産み出す。
そして、外側は黒、内に近づくほど金色になる炎のような〈力〉がゼルガティスを取り巻き始めた。
「……ふん(〈力〉が解放されたか……)! あれだけ痛めつけてやったというのに学ばない男よ(殺せる一歩手前まで行きながら、もうこれか……。魔王を侮らなかったと言えば、嘘になるな。だが、要らぬ。紛い物の魔王など、〈世界〉にも無用! 退くことがままならぬなら、是が非でも此処で、……?! この感覚は――)!!」
「――ほう? ならば貴様は、ものを見る目が無い、ということだな? 覚悟を決めるがいい」
問題の無いレベルにまで戻って来た〈力〉、2対1という数的有利。それを盾にして、ゼルガティスは威圧的に迫った。
「貴様は此処で終わりだ!!!」
ジェナイディンは嗤った。
「やれるものなら(ここに来て、裏切り、か)――と、応じて差し上げたいが(いや、正気を取り戻された、ということか?)――(いずれにしろ、好都合!)」
その直後。
「!?」
上空に、王都全体を包み込めるほど巨大な、白い光の天蓋が出現した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)