第110話◆決死行(2)
文字数 3,419文字
首尾よく着地に成功すると(感覚頼みになった分、勢いがややつき過ぎて石床に激突しかけたが、根性で耐えきった)、目算通り、ラファルドは目の前。
(――良し!!)
予想通り、ラファルドの周囲(の僅かな範囲)は透明な壁で遮断されているかのように静かだった。
(後は――)
後は、抱え上げて、味方の待つ場所へ帰るだけ。
セレナスはラファルドを抱え上げる為に両手を差し出し。
「――?!」
ラファルドが動かない。いや、動かせない。
押しても引いても、持ち上げようとしても、転がそうとしても、ピタリと床に張り付いてしまっていた。
動かそうとするセレナスの手を拒むかのように。
「そ、――(だったら!! 床を掘り崩して、強引に――)!!」
セレナスは即座に目の前の床を砕いて掘り進み、ラファルドを抱え上げられる状況を作った。
すると。
「……(な、なんて! 重い――)!!?」
間違っても人間の体重には在り得ない重圧がセレナスの全身に掛けられた。
まるで、金属の衣装を着こんだかのようだ。
(……いいえ!! 抱え上げは出来たのですから――、後は、戻る、だけですっ……!!!)
首飾り状に加工して首から下げていた〈転移符〉を口で引っ張り出し、発動させる。
「――えっ!?」
失敗した。符に籠められた魔法力が解き放たれない。
理由は解からない。起動までは出来ているところからすると、中途で阻害されていると考えるのが妥当だった。
(どういうこと?! ――いいわ!! 〈転移〉が無理だというのなら、当初の予定通り! 走ってでも、歩いてでも! 引きずってでも!!)
パニックになりかけた自分に強引に喝を入れ、セレナスは足を前に動かす。
「…………!!」
一歩踏み出すごとに、握り拳大の鉛の重りを一個追加される。
そんな状況でセレナスは走ること目論見、歩くことで妥協し。
10歩歩いたところで、重圧が足を止めた。
(……何の、まだ、……まだ――!!!)
そこへ。
「――――!!!」
竜の遠吠えだ。
間違いなく、セレナスに向けられている。
セルディムとの距離を測ろうとして、顔を向けた途端、白い〈吐息〉が見えた。
「!?!」
ラファルドを守るべく覆い被さって、目を閉じる刹那、割り込んでくれた影――グラディルだ、が見えた。
金属同士が激突したような、硬い音が耳を責め苛むように響き渡る。
そして、数拍遅れて真夏でも体験したことが無い灼熱がセレナスの全身を包んだ。
「――――」
ひたすらに耐え、誰かの足が瓦礫を踏む音を聞いて、上半身を起こした。
(何とか……なりましたわね……! でも、次は、もう――)
無い。
出掛けに神官や魔術師たちがくれた護りは剥がされてしまっている。
グラディルが相変わらず仁王立ちを続けてくれてはいるが――余波までは防ぎようが無い、だろう。
〈竜の血〉とやらを呼び覚ました時のグラディルの戦闘能力については、まだ、詳しくは知らない。
有るのか無いのか判らない切り札に頼るよりも、自分の足で、力で、逃げ切ることをセレナスは選んだ。
(諦めるのは――、死んでからで! 沢山よ!!!)
床を蹴る足に全身全霊を籠め、辿り着くべき方向を真っ直ぐに睨み据える。
(いざ!!!)
一か八かの一歩を踏み出した。
重圧が一瞬で数倍にまで加増する。
「!!!」
それでも。それでも――――!!!
足が折れ、砕けたとしてもセレナスは前進する。
白い光が辺りを染め上げて――グラディルの歯軋りが聞こえた。
(お猿!! 私に気を使うなんて、万年は早くてよ――!!!)
その一瞬、重圧を撥ね退けてセレナスは飛び出す。
しかし、希望した距離の半分も飛べずに復活した重圧に叩き落された。
「――ぐっ(いいえ!! 此処までは行けたわ!! 後は――)!!」
ラファルドを力任せにでも放り投げようとして――重圧に抑え込まれる。
(なんて、生意気な重圧ですの?! でもね、甘くてよ!!! この私の行く手を塞ぎたいのなら――!! この十倍は用意することね!!!)
セレナスの全身から新雪のような霊気光が立ち上り始める。
そして、セレナスは強まる重圧を物ともせずに立ち上がった。
「後は――駆け込むだけよ!!!」
駆け出す為に踏み出した一歩が――床を踏み抜いてしまう。
「――――!!」
仲間の悲鳴が届く。
それが、絶望したかったセレナスを叱咤する鞭となった。
(見られていますのに――、不甲斐無い真似は見せられなくてよ!!!)
埋もれていく足を抜くべく、力を籠める。
「馬鹿野郎!!!」
グラディルの絶叫と、異常な熱量を帯びた白い光。
それでも、セレナスは前だけを見て――
[その意気や、良し!!!]
誰かが自分を褒める声を聞いた。
「殿下!! 殿下――!!! よくぞ、御無事で!!!」
「――えっ?!」
呆気にとられた直後、感極まった騎士達の歓喜の洗礼に呑み込まれてしまう。
(……どういう、ことですの――?!)
てっきり、セルディムの〈吐息〉に呑まれたはずだと――。
「良かったです! 良かったです!! お渡しした〈転移符〉が役に立って――!!」
(いいえ! 符は、符は――。……え? 私は転移した?! でしたら、あれは――)
気のせいではなかったのだ。
やや耳障りな音と共に視界が暗転し、重力が逆転したような感覚の変異があり、外の景色が明確に歪んで黒く塗り潰されて――瞬きをしたら、予定通りの場所に、居た。
(助けられたのは確かです。ですが……誰が?)
その時。
再び、耳障りな異音を聞いた。
「――!?」
視界が緩やかに暗転すると、何故か、使わずに終わってしまった〈転移符〉の首飾りが浮き上がって、勝手に外れてしまう。
[はい、毎度~♪]
呑気なくらい愛敬に満ちた声と共に、何かが宙の〈転移符〉を掠め取った。
「ちょ、ちょっと!?」
首だけで、何かの後を追う。
丁度、自分達の真正面になる方向の壁、セレナスの目線よりやや高めの位置に、それは居た。
[拾った命は大事にするが吉! であるぞ。娘御]
黒い体躯にぼんやりと光る金色と丸い赤。ともすれば、闇に紛れ込める程度の大きさにしか見えない。
だが、100m近い距離を無視して一方的に語ると、宝石を想起させるような青い閃光を放って、一瞬で消え去ってしまった。
「殿下!!」
聞き慣れた声がセレナスの意識を現実に引き戻す。
「――は、はい!!?」
やはり感極まって、涙が滲んでいるサマトの顔が目の前に在った。
「御見事で御座いました!!」
「……え、ええ(ええっと………みごと、見事、見事。――と、いうことは!!)」
自分の腕の中でうんともすんとも言わないラファルドを確認すると、セレナスはようやく人心地がついた。
そこへ。
「皆さん!! 来ますよ!!!」
叱咤するような魔術師の声に、全員が一瞬で防御態勢にシフトする。
聖堂がまた銅と白の奔流に浚われた。
「――ぐぅっ?! ……にゃろう、またか……!!」
引き分けに終わった激突に、グラディルは悪態をつく。
時に爪と拳のぶつかり合いであり、〈息〉と突進の正面衝突。
それが、周囲にまで壊滅的な被害をもたらす余波を生み出す。
そんな戦い方はしない方がいいし、するべきではない。
けれど、余計な余力を向こうに残せば、余計な真似をされかねない。
それを防ぐには現在のペースを維持するのが一番なのだが……。
身体が軽い。信じられないほど、軽い。
〈力〉は沸き立ちながらも暴れ出す気配を見せず、怖いぐらい素直にグラディルの意志に従ってくれる。
有体に言って、絶好調!! だ。
「――――、――――」
それでも、息が途切れがちになるのは、経験不足から来る悲鳴だ。
正確に言えば、絶好調過ぎて怖い、だった。
幾らでも戦い続けられる気がしているが――そんな悠長な展開は状況が許さない。
「人質は奪還しましてよ!! さっさと、決着をお付けあそばせ!!」
なる叱咤激励が背後から飛んで来る。
「何っ?! ……って、あれはそういう――!!」
先程、ちょっとだけ、突然戦場に乱入して来て、あっという間に姿を消した(※グラディル主観)第三王女セレナス。
厄介な荷物であり、頼もしい心の支えだった悪友を無事安全な距離まで退避させてくれていたとは。
「……ふん。余計な真似をする。残しておいた方がマシだったと後悔するがいい――!!」
威圧的なセルディムの声に、グラディルは自分に喝を入れ直す。
「泣き言を抜かす前に土下座、だろ? それとも、地べたを這いずる覚悟が出来たってか!?」
「抜かせえええっ!!」
セルディムの真っ白な〈息〉に、グラディルは正面から突っ込んだ。
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