第24話◆水面(みなも)と水底(みなそこ)・・・改

文字数 2,093文字

「さて。茶番劇はもう十分だろう? サティス」

公国御一行様が引き上げて無人となった聖堂跡に、貫禄に満ちた男の声が響く。
平らに慣らされた瓦礫(がれき)を割って、精悍(せいかん)な、まだ若いと思える男が愕然(がくぜん)とした顔で這い出て来た。

「――へ、陛下……、何故(なぜ)、かような僻地(へきち)へお越しに――?」

(とが)められても仕方がない真似をしでかしたとは、承知している。
それでも、まさか茶番劇を組んで(もら)えるとは思わなかった。
人間達がやっつけたサティスは、人間を幻術で変装させただけの偽者。
見破られても仕方がなかった代物(しろもの)を隠し通せたのが、援護だった。
未だ見えざる魔王は幾分(いくぶん)疲れた感じのため息を零す。

「昼寝の邪魔をしてくれる阿呆の(つら)(おが)めたら――と、思ってな。期待したのは尻尾程度だったが――まさか、裏切られようとはな」

「……、ぐっ、ぁ、……!!

(いた)(きず)が残っていたかのように、サティスは(うめ)いた。
魔王の声は何処(どこ)までも冷たい。

「何故だ? 何故、王命に(そむ)く? この大陸への手出しは禁じた。傑物とも化け物とも、海を越えて賛嘆される王が健在だ。こちらの体勢が整わぬうちに本気になられては迷惑。一度は見逃しても、二度はあるまいしな。わざわざ出向ける口実を作ってくれたことには礼が言えないでもないが……。気でも触れたか(良心的に解釈するなら、だが)?」

「……、……気が、触れられたのは――どちらか!! まさか、人間の娘と、本気で婚姻を――?!

「……別に良かろう? 英雄、色を好む! とも言うしな。純血、純潔、一本調子では、いずれ来る命脈の尽きる時を早めるだけだ」

王として賢明な決断だとしても、魔族にとっては屈辱以外の何物でもなかった。
命脈を保つ為だけに、人間に頭を下げようというのは。

「……我らが、祖から舐め続けた辛酸の歴史を、何だと――!」

魔族としては芸が無いと言っていい不満。
ゼルガティスにとっては思考停止であり、食い飽きた逃げ口上でしかなかった。

「忘れろとは言わぬし、忘れたつもりもない。だが、憎悪の連鎖だけでは新たな未来を勝ち取ることは覚束(おぼつか)ないし、(つむ)ぐ力にも成りえんのだ! それが何故解らない!!

サティスはこの時初めて(・・・・・・)、己の王と決裂(・・)した。

「――裏切り者め――!!

サティスの目に憎悪が宿り、弾劾(だんがい)を向けて来る直前。
口の(はし)(かす)かに(ゆが)んだ。

「そうか……。では、致し方ない――」

サティスの眼前。何も無いはずの空間が歪んだ。
水面に(つぶて)を落としたような波紋が広がり、数mの直径を獲得すると、中央に収束し始める。
そこから(こご)りを想起させる歪みが生まれ、沸騰(ふっとう)するように湧き上がりながら成長し、半径2mで固まった。
そして、曇りと歪みが消え去り、(みが)き上げられたような平面になると、輝き始める。
ついには、中から剣を片手にマントを羽織った男が悠然と現れた。
サティスは顔の半分をマントに(うず)め、宙に佇む偉丈夫を呆然(ぼうぜん)と見つめる。

「……ゼルガ、ティス……、へ」

「貴様を処断する。せめてもの(はなむけ)に誇れ。王たる我が手を(わずら)わせるのだから」

「……っ、抜かせえええっ――!!

サティスは体内で()り上げた全魔力を砲弾に変えて、魔王めがけて撃ち出す。
だが。
サティス渾身(こんしん)の一撃が直撃して尚、欠片(かけら)の傷も見当たらず、(ちり)一つの揺らぎすら無かった。

「――――」

見事(みごと)。貴様の力、しかと受け止めた」

泣くべきか、笑うべきか、悔しがるべきか。
サティスは理解したくなかった。



「……何故だ……? 何故、サティス……」

ぽつりとつぶやき、魔王は聖堂跡を去った。



そして。
誰も居なくなった聖堂跡で、奇跡とも呼べる現象が始まった。
散ったはずの塵が一つに集まり、遺体を作り上げていく。
魔力で焼き焦がされた骨に炭化した組織がまとわりつき、盛り上がりながら炭から色彩を取り戻した。縮んで皺くちゃになった組織がさらに膨らみ、焼き尽くされることで失われたはずの水分をも取り戻していく。
魔王直々に処断された肉体が、蘇ろうとしていた。時間を巻き戻されることで。

「気づかなかったか……。正直な所、何時(いつ)見破られるか、冷や汗ものだったのだがな……。目を曇らせたか? 存外、甘い男だ」

復元過程の死体が(しゃべ)り、笑う。明確な悪意をまき散らしながら。
復元された目は何処(どこ)までも虚ろで、意思を宿しているようには見えなかった。

「それで? 此処から先はどうされるつもりか」

合いの手を入れる声が在った。
けれど、姿は何処にも無い。

「さて、どうするかな。思う以上に鈍い連中だった」

「事前の会談を不意にされるなら、帰らせて貰いたいが?」

退屈を装う声の奥には苛立ちが潜んでいた。
生き返る前の死体の目が、誰かを見遣るように動く。

()くな。貴様を隠し通せたのは、望外の収穫であろう」

「解っている!!

苛立ちを隠せなくなった誰かに、声から感情が消えた。

「此処から先は予定通り、貴様に任せる。結末さえ(たが)えなければ、手段は好きに選べ。ただし」

「……心配も釘刺しも、無用だ!!

「そうか。言葉が過ぎたな。では――」

奇跡は唐突に(つい)え、サティスの死体は再び塵に戻って、風に吹き散らされる。

「ふん。化け物が――!」

風の気紛れで現場に取り残されていた塵が、誰かの嫌悪を表すように踏みにじられた。
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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