第26話◆問答・・・改

文字数 2,461文字

魔王は平然と視線を国王に移す。

「先程の騒動と過日の脅迫状は、俺に不満を抱く(やから)の策謀だ。当方も国家である以上、複数の勢力が一枚岩を演じている。……人間から妃を迎えると宣言しただけで、卒倒しかける手合いだがな」

呑み込むことも疑うことも難しい台詞(せりふ)に、国王を初め、大半の人間は沈黙を選んだ。
しかし、内容は顰蹙(ひんしゅく)物なので、常識的な反応を返してしまった人間がいた。

「何と、(はた)迷惑な……!」

聞き逃してもおかしくはない小声だったが。

「ああ、それから。先程の迷信は事実だぞ? 魔王に魂を抜かれた生命(いのち)(けん)属として魔に組み込まれる。滅多やたらに信用して、名乗ったりはしないことだ」

魔王はにやり、と不敵に笑った。

「――――」

ただでさえ硬い空気が(さら)に激しく引きつる。

「本当に、公国から花嫁を迎える気が有るんですかね……」

ラファルドが冷たく突っ込むと、魔王はにっこり笑い返した。

「無論だ。人間式の婚姻(こんいん)にも興味が有る。……ああ、先程から話題にも事欠いていたから、つい、話に乗ってしまったが――驚かせ過ぎたかな?」

「…………」

返答はため息で(にご)したが、ラファルドも本音は苦情を突きつけたかった。



どんな結論を迎えるか判らない、魔王との問答を玉座の間の誰にも負けないくらいの興味で窺っていたのは、第三王女セレナスである。

(慎重を要する場に在って、交(しょう)相手をからかってのける……。無謀なのか、剛胆なのか、判断に困りますわね。でも、それは必死だから。聞き流せばいい与太に反応してでも、糸口を掴みたい。欲を言えば、余裕が欲しいですが――本音が見えないのも笑えませんわ。……あら。悪い状況ではない、ということ? 関わらない方が、賢明なのでしょう。でも、先方――)

魔王の真実が奈辺に在るのか。それは解りようがない。
信用そのものがまるで無いのだから。
話の行方は不明瞭であるけれど、セレナスは王女。とっくに、当事者だった。
王族の婚姻とは、しばしば、当人の意思や感情を無視して決定づけられてしまうもの。
後ろ盾の弱い身の上となれば、尚のこと容易く。

(ならば、(わたくし)が、少しでも後悔しない為には……?)

そして、セレナスは先例に(なら)った。



「魔王陛下。何故、人間と婚姻を望まれるのか、お聞きしても?」

「――殿下!!

セレナスが会話に参戦した途端、無数の悲鳴が発生した。
婚約に前向きだと解釈されても仕方がないし、国王は婚姻に関して魔王の前で、意思表示をしていない。
最悪、越権と断定されかねなかった。
ラファルドにしたところで、王女が自ら参戦してくるとは想定の外にあったのである。

(……いやはや、いやはや。本っ当に、変な所が小父上にそっくりですね! 王女様って、こんなに剛胆なものでしたっけ……?! でも――)

すかさず、ラファルドが冷たい視線で周囲を(けん)制して、雑音を封じた。
魔王から情報を引き出すという意味では最適な人選であることに間違いは無い。
嫁を取りに来たと宣言した以上、当の嫁候補が出て来たのなら”穏当な会話”のテーブルに、とりあえずでも、乗らざるを得ないのだ。
セレル=アストリア公国が魔王ゼルガティスの人と(なり)を掴むにはうってつけの状況が出来上がっていた。

「……これは、これは! 先程は見事な()器量を披露(ひろう)頂いた! 白百合の二つ名も嘘ではないようで、何より」

魔王が相好(そうごう)を崩して、セレナスに歩み寄る。
近くに(ひか)えている騎士の空気が加速度的に硬くなっていくことを考慮したのか、第三王女は事務的な態度を選んだ。

「お答えは頂けまして?」

「……おや? 未来の夫君に名乗る名は無い、と――?」

穏やかに不満を表す魔王に、穏やかな笑みを返した。

「嫁が欲しいという申し出があった、とは存じております。ですが、国の結論は(いま)だ。未来の夫君……。そうとお認めするには、尚早ですわね。それに、確か――『滅多やたらに信用して、名乗ったりはしないこと』という忠告を頂きましたわ。私、それを胸に留めております」

「――――」

魔王の表情が曇り、人間が息を殺す。

「……御自身の発言には、責任をお持ちになるべきですわね?」

当事者以外の面子の非常な緊張をよそに、魔王は悪戯(いたずら)(しか)られた子供のような顔を見せた。

「何、単純で深刻な話だ。血が煮詰まってきている――それだけのことだからな。このまま、矜持(きょうじ)だけを胸に()しては、種族としての『死』しかない。魔族もまた生を謳歌(おうか)する生命の一つなれば、それを何の(あらが)いも無く受け入れるわけにはいかぬ。……ただなあ……。魔族はどうして、心を開くのが難しい。懇々と説得を重ねるだけでは、中々一歩を踏み出そうとしない。そこが、どうにも面映(おもは)ゆくてな。どうしても信用できないならば、どうあっても信用するしかない状況を作ればいい。それには、王たる俺こそが」

先鞭(せんべん)になるべきだ、と?」

「そうだ」

「(なるほど、王と呼べる人柄ではありますのね)では、色恋沙汰(ざた)に興味は?」

質問の意図を掴みかねたのか、魔王は不思議そうな顔をする。

「――ん? 何だ、殿下は俺と恋愛をしたい、と?!

「恋に一度も焦がれぬ婦女子が、この世の何処(どこ)におりまして?」

魔王は口元に手を当て、考え込む顔になった。

「(そういや、魔族でも腹から生まれた連中はそんなもん、だな)……うーむ……」

セレナスは微笑(びしょう)を浮かべる。

「あら。考え込むようなことなのですか?」

「いいや。何、こちらにも感情が在るということでな」

「では、それが今回の見合いのお答えで御座いますわね?」

!!!」

事が始まる前に申し込んだ方から取り下げさせる。
見事と言うしかない結末に、万座が息を呑んだ。

「――――、……ぷっ、ふ、ふははははは……! これはしてやられた!! 殿下にも、我が胸中にも! 致し方ない。此度(こたび)は引き下がろう。が、いずれ、また申し込みに来るぞ!!

「でしたらば、その時にまた」

優雅な一礼を贈ったセレナスに、魔王は残念そうな顔を隠さなかった。

女人(にょにん)とは、かくもつれない者、か――。ま、仕方あるまい。男の内に数えられねば、振るも振られるも無いのだからな! ……と。申し伝えを忘れる所だった!」
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登場人物紹介

登場人物を紹介していきます――のコーナーなのですが、

作者にちょっと暇と余裕がないので、とりあえず、名前がメインになります。


申し訳ありません!


基本的には短編集の時と同じように、適宜かつ随時、継ぎ足していく予定です。

よろしくお願いします!

●グラディル=トラス=ファナン

:勇者を志す、軍学校所属の少年。10代の少年としては大柄で、筋骨逞しい外見の持ち主。

父親は公国の公認を得ていた先代勇者。恵まれた身体能力、回復能力を持つ。

市井の、貧しい方に入る家庭の出。

竜の血と呼ばれる異能を継いでいる。

自分の父親のせいで、ラファルドの父親が異能を喪失したことを、ずっと気に病んでいた。

〈竜気〉の使い手。


●グレゴール

:勇者試験参加者を統率する、軍学校の教官。グラディル達のクラス担任でもある。

生意気盛りの生徒たちから一目を置かれる程度には凶暴。

●ラドルフ

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友。背丈は同程度だが、身体の厚みではややグラディルに劣る。

冷静な言動を好む。勇者試験に参加している。


●ヴァッセン

:軍学校在籍の少年。グラディルの級友で、悪ガキ仲間。中肉中背。

就職に有利になるかと考えて軍学校の門を叩いたが、軍人としての将来は考えていない。

勇者試験の参加は見送った。三人で一番現実的。

●ラファルド=ルヴァル=セルゲート

:王立大学付属の高等学校に通う少年。中肉中背。グラディルと腐れ縁の古馴染み兼監督役。

学生寮で一人暮らしをしている。

異能の血族の一人にして、神祇の一人。大人顔負けの才覚を持ち、発揮する。

その影響なのか、反動なのか。必要以上に大人びた、可愛気に欠ける言動が目立つことも。

国王と親戚付き合いをする(父親の縁)けったいな家の出。

年々、異能が衰えていることを、グラディルに黙っていた。

●ガルナード=アストアル

:セレル=アストリア公国国王。ちょっとお茶目な働き盛り。

趣味はこっそり宮殿を抜け出すこと、強者との勝負。

国王の重責を理解してはいるが、同時に辟易している部分がある。

もしかしなくても、娘馬鹿。公国最強の武人としても有名。

大人気ないこともあるが、それすらも確信犯である時が多い。

親友の息子の一人であるラファルドは可愛気に欠けることが多い(割と危なっかしい)

「甥っ子」みたいなもの。


●ミラルダ=マインズ

:第三王女に仕える王宮の古強者の一人。肝っ玉おっかさん。

主人のお転婆が少々悩みの種。幼馴染の紹介で王宮で働くようになった。

庶民出の出世頭として、割と有名な人。


●アスカルド

:近衛騎士団長を務める男盛り。近衛最強だが国王には及ばず。

第三王女の素行の被害を(立場上)一番よく被る人。

取り潰しに遭った、とある貴族の家の出身だが、家に興味は無い。


●シュヴァルト=アインズ=グレスケール

:辣腕で名高い公国宰相。元々は王族の家系。

娘を国王に近づけ、さらに実権を握ろうと画策中。

才色兼備のロマンスグレーだが、国王にはしてやられることが多い。

昔の恋を今も引きずっている……らしい。


●クリスファルト=ダグム=セルゲート

:ラファルドの兄。少年時代はやんちゃだったが、今は生真面目のきらいあり。

爆走を辞さない弟たちに振り回される運命……なのか?

政治感覚に優れているが、神祇としての序列は高くない。

●セレナス=アストアクル

:公国の第三王女。市井では「白百合姫」と評判を取る美少女。

しかし、その正体は……。

孤独を負いつつも、快活な少女だが、何故かグラディルには当たりがきつい。

思わぬことから、魔王の見合い相手に選ばれていたことを知ることになった。

グラディルが羨ましい……らしい。

傍目には、結構残念に思えるところが在る。

●ラシェライル=ヘディン

:グラディルの幼馴染の少女。美人。

グラディルよりも遥かに早くから、かつ長く、王宮に勤めている。

しっかり者。粒は小さいが、上等な紅玉をお守りとして持っている。

●男

:裏町で一定の悪党をまとめ上げる人物。

下町ではそれなりの大物と思われているが、裏社会では下っ端階級の中間管理職。

鼻が利くことと、人を見る目の確かさが取り柄。

今回は面子が邪魔して、裏目に出た。


●依頼人

:仮面をつけた余所者。悪意を以て謀(はかりごと)を為そうとしているようだが。

男に看破されているように、悪党のことは一欠片も信用していない。

魔王征伐を企んでいるらしい。

公国主催の晩餐会に満を持したように登場した。

他者から魂を奪い、魔族に生まれ変わらせる異能力を持つ。

●セルディム=マグス=ファナム

:グラディルの叔父。事情が在って、故郷を離れていたが、久し振りに公国に戻って来た。

体調に不安あり。雄偉な体格をしているが、背丈はグラディルの肩程度。

制御を受け付けない血の力に苦悩し、方策を求めて彷徨っていた。

晩餐会での騒動に、悪意を以て加担したと言明する。

とある組織に在籍していたらしい。

多重人格者?

●サマト

:第三王女付き近衛の一人。姉と妹がいるため、女性の扱いには多少、慣れている。

近衛騎士団の、若手出世頭の一人であり、誰からもやっかまれるような男前だが、凶暴につき。

第2話で、少年二人の前で膝を折ったのはこの人。

侍女頭には負けるものの、第三王女と(心情的に)近しい関係を築いている。

●サティス

:魔族。獣魔遣いの一人。

魔族ではゼルガティスに好意的な方だったが、生真面目な部分もある。

黒幕にはなれないタイプ。


では、何故、離反するような真似に出たのか……?

●ゼルガティス

:魔王を名乗る魔族。本拠は海の向こうの大陸に在る。

青年然とした暴れんぼ将軍系?

往生際の悪い所があるようだ。

●ラジアム=グリディエル

:騎士団所属の騎士。

元傭兵であり、騎士の中では柄が悪く、王家にも騎士道にも夢を見ていない。

一見、がさつに思われがちだが、人品・技量共に確かなものがある。

中堅どころ。

???

:謎。魔王ゼルガティスに悪意を向けている。


●フィルグリム=ソラス=セルゲート

:ラファルドの弟。もしかしなくても、利発。

神祇としても優秀であり、将来の為に、今から不自由な生活を強いられている。

ちなみに、「兄上」が指す相手はラファルド一人だけ。他の兄を呼ぶときは、「○○兄上」のように、名前が入る。

成長期はこれから。


●レテビル=スラウフェン

:フィルグリムの補佐と監督を兼務する青年。

グラディルが目を付けたように、武芸に長けている強面。

主人のことは大事に思っているが、感情として発露することは稀。

一度は、ラファルドのお付きになる予定が在った。

●大使

:晩餐会に招待された異邦からの客人。

セレナスのことを気に入っている。

実は、とある人物の変装だった。


●魔族

:突然、晩餐会に乱入してきた。

ドルゴラン=セグムノフを名乗っている。

戦闘の最中、怪物へと変貌した。

さらには魔人へと脱皮し、猛威を振るはずだったが――。

主の意志に従い、戦場から退場する。元人間。

ある人物の影武者をしていた(主命)。


●ドルゴラン=セグムノフ

:最初は魔族を影武者にして、正体を偽っていた。

正体は……どうも、声とは違っているらしい。

そして、公国王室の縁戚だという事実も発覚。

恐るべし、公国の良心! である。

実は少女だった。


●フォルセナルド

:魔族。「依頼人」の名前。

先代魔王の血を引いており、人間風に言うならば王族に相当する。

ただ、仲間内での評価は、鼻っ柱だけ、と辛目。

魔王ゼルガティスの事は登場からよく思っていない。

身内にはやや甘いところもあるが、敵対する者には基本的に非情。

●ディムガルダ=セルゲート

:ラファルド達兄弟の父親。セルゲート家先代当主。

先代国王の治世から公国に仕えている、筋金入りの仕事人。

穏やかで鷹揚な気性に騙されると、偉いことになることがある。

国王ガルナードが常に一目を置く、公国最”恐”の人物であることは忘れられてはならない事実なのだが、

結構な頻度と確率で忘れら去られる、恐るべき人柄の持ち主。


●クラウヴィル=ファランド

:クリスファルト=セルゲートの仕えたる武士。

勤務中は冷静無私だが、非番中は喜怒哀楽が豊か。

クリスファルトにとっては、気の置けない友人でもある。

●白い竜

:突如として城下に出現した、白い体躯の巨大な竜。

その正体はセルディム=マグス=ファナムだった。


●ジェナイディン

:ゼルガティスの国で、執事の役割を務めていた高位魔族の一人。

主であるはずの魔王に謀反を仕掛けた。


●半裸の男

:???


●貴様

:半裸の男とは相容れぬものながら、対になる存在。とある事情から、この世界においては姿形が無い。

●それ

:セレナスの窮地を救った何か。転移符の首飾りを持ち去ったのは対価……というか、辻褄合わせの為。

その正体は……爆笑で神様とラファルドの間に割り込んだ何かであり、神前の魔。

神前に構える魔は補佐であり、守りであり、牙で在るもの。背後に在るのが宝であれば、神器レベルの逸品の守護者。だが、背後に「神」を戴くその時は――最凶最悪の寓意として、恐るべき本性を備え、現すことになる。

なぜならば、神聖の極点である「神」が魔を従える――それは、”世”の事象全てを司り、制する「万象の王」の顔を現すからだ。


●青年

:その正体は謎……、とか言うまでもない。神様。

ただし、セルゲート家が伝える”神様”とは、別の存在であるらしい。


●イーデンナグノ=ソルド=ファラガンオルド

:”亜”世界でグラディルを待ち受けていたもの。自称している通り、〈混沌〉を肉親に持つ極めて稀有な竜種。竜であることを自他共に任ずるが、その正体は「竜」という括りからも遠くかけ離れており、竜でありながら、如何なる竜のカテゴリーにも属さない。力有る神々をして、悪夢の存在と言わしめる〈古代種〉の「竜王」。その最強(最凶)をして、”化け物”と畏怖させる実力を持つ、という。


●イーデガン=ファラグノルド

:古文書に時折名前が出て来る伝説の竜神。〈光炎神竜〉の二つ名が特に名高い。

しかし、実在を確かめた人間は存在しない為、御伽噺の住人だという声が強い。

ただし、世界にまつわる秘密を知るようになると、その存在を疑う者はいなくなるのだとか。


●白双

:双頭の白竜、そこから来た異名。ただし、二つの頭を持つ竜王はそう多くない。

〈古代種〉に数頭存在する程度、らしい。

グラディルの前に現れた白双は事情が在って、本来の姿からはかけ離れた状態にある。

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