第121話◆blood revolt(4)
文字数 1,960文字
[……気のせいか? 堂々巡りを始めた気がするんだが……!]
グラディルは半目で睨まれている気がした。
「気のせいに決まってるだろ! やることが決まりゃあ、迷いも無くなるってもんだ!!」
[覚悟は、出来た、と?]
感情の無い声で尋ねて来る。
答えは、今更考えるまでもないことだった。
今は戦闘の最中である。
「俺の叶えたい夢は、掴みたい未来と1セットなんだよ。それは――自分の足でしか辿りつけねえ。そこに到着する為の努力を……あの日から、ずっと!! 重ねて来たんだ。覚悟? 今更、何の笑い種だよ!!」
[セルディム=マグス=ファナムを弑する結末、が待つとしても?]
「……釣り合わねえよ。ファルも、師匠も、家族も、お転婆偽百合姫も……俺が生きて来た時間とこれから生きていく時間と世界。何一つ、釣り合う物がねえんだよ!! 引き換えになんて、出来るわけがねえだろう!!!」
痛まないと言えば、嘘になる。叶うならば、命のやり取りはせずに済ませたい。
けれど。
今、この瞬間だけは、自分がどんな顔をしているのか、知りたいとは思わなかった。
「ならば征け。ただひたすら――前に。一度、ただ一度きり。我が牙を貴様に委ねよう。切り拓くがいい。貴様が真に欲する未来の為に」
無感情なのに熱を誘発する声は、それきり聞こえなくなった。
「……かかかっ! 大人しく我が牙に掛かり、その肉、魂もろとも我が糧となれば良いものを……!!」
ゆらりと立ち上がり、牙を不吉に閃かせるセルディム。
その前面に、白く輝く精緻な構図の魔法陣が浮かび上がった。
竜語魔術だ!! と叫ぶ声が背後から聞こえたが、気に障ることは無い。
「此処はな、聖堂だ。異なる界と界を結ぶ、極めて異質な〈力〉を産むが故に”聖なる”と看做され、扱われた場所。組織でさえ、異世界に繋がる〈門〉が開く、程度にしか考えていなかったが……。その真価は異質なもの同士を繋ぎ合わせることが可能なこと! 尽きかけた寿命に別な寿命を継ぎ足して、新たな生を紡がせる――それすらも、可能なことに在るのだ!!!」
狂気が滲んだセルディムの台詞にも、眉を顰めはしたが、心が波立つことは無かった。
「気が触れた…………って、わけじゃなさそうだな?」
グラディルは一歩、前に踏み出す。
それに刺激されたように、セルディムが狂気を爆発させた。
「俺は生きる!! 生き延びて〈力〉を手に、俺を侮り、捨てた全てに牙を突き立てる!! その為の贄……それが、お前の存在意義だあああああっ!!!」
「そんなことが――そんなものが――、親父を犠牲にしてまで、することなのか……」
「――黙れ!!! ……黙れ……黙れ…………黙れ、黙れ、黙れ! 黙れ!! 黙れ!!! 黙れええええっ!!!!!!」
完成を誇示するように、魔法陣が一際眩しい輝きを放つ。
「これで――終わりだ!! 公国の雑魚共々、我が復讐の為の! 贄と成れえええええっ!!!」
白く濁った光が、全てを圧し潰すように聖堂全体を染め上げた。
どれだけの時間が経ったのか。
「…………は、……はは……はは、ははは――、――は?!」
涙と狂気が混ざった笑い声が不意に途切れる。
セルディムは自身と世界とを隔てるようにそびえる黄金の格子模様に気が付いた。
「……何だ、それは――、…………貴様のような、未熟以外の何者でもない餓鬼に――!!」
格子模様の少し手前で、黄金の鱗に包まれたグラディルが透き通る輝きを放つ拳を構えている。
「腹ぁ決めな。落とし前をつける時が来たんだよ。悪足掻きごと俺が――潰してやる!!」
「――――」
屈辱と憎悪を吐き出すかと、グラディルは考えていたが――セルディムは笑った、気がした。
再会を果たした時と同じように。
そして、セルディムもまた竜身から人身――ただし、青味を帯びた銀色の鱗に包まれている、に戻り、グラディルのそれと似ながら、やや異なる構えを選んで対峙した。
(糞っ……!! こんな時なのに……泣ける! 親父の必殺技と、そっくりだ!!)
互いに構えを維持しながらじりじり動き、緩やかに確実に間合いを詰めていく。
一足まで間合いが縮まると、申し合わせたように二人の動きは止まった。
(ふん! 結局ぶつけ合いか。手本のような構え――って言いたいけどな。俺のは軍学校とファルんとことで改良を加えたからな! やや腰高に見えるのが、ための甘さだとか考えてんなら――大火傷、確定だぜっ!!!)
ただ一度の激突。
互いにそうと承知しているからこそ、容赦なく、際限なく研ぎ澄まされていく〈力〉と拳。
それが色彩の濃さと輝きの眩さとで〈世界〉に映し出されていた。
「――――来いっ!!」
「おうっ!!! 遠慮なく! 借りてやらあああああっ!!!!」
透き通る黄金と青味を帯びた銀の輝きが正面からぶつかり合い、入り乱れる輝きが聖堂の全てを呑み込んで行った。
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