第75話◆嵐の後~台風一過
文字数 1,723文字
ラファルドの退出と入れ替わるように、桜蘭の間の出入り口付近が騒がしくなる。
「?」
国王の疑問に答えるように、人垣が割れて、国王へと続く一本の通路を作った。
「……!」
その中央を堂々と歩むのは、第三王女セレナス。
結い上げた髪に大粒の真珠をあしらった銀のティアラを乗せ、純白には遠いが、絹本来の色調を利用して真珠の艶を与えたドレスを纏う。白絹の空に浮かぶ金の月を銀糸の鳥が取り巻いていた。
客人を背後に率いて公国の英雄の前に立つと、悠然たる所作で膝を折った。
「陛下。長らくお待たせ致しましたこと、此処にお詫び申し上げます」
銀箔を施し、宝石をあしらった香木の扇を片手に立ち上がる。
清冽にして典雅な笑みを浮かべ、そっと脇に移れば、装いを新たにした魔王ゼルガティスとその腹違いの妹がいた。
「では、改めまして。大陸ガルドラからお越し頂きましたゼルガティス陛下と――」
堂々たる威風を纏いながら、決して武骨ではない一礼を披露する。
黒を基調とした重厚な衣装に、金と銀が重なり合って煌めく、華やかな装飾。
(……ほう。初めて袖を通す服だろうに、着られた印象は無い、か)
全身から威厳ある王の貫禄が滲み、国王も及第点を出すことが出来た。
「その妹君」
「――――」
紹介されたにもかかわらず、少女の雰囲気は硬い。
緊張しているのは見るまでもないので、国王は返答を待つ間によく見てみることにした。
「…………」
魔族特有の尖った耳に、亜麻色の髪と湖水を思わせる青く澄んだ目。
しかし、国王の目線に気付くと、照れとも怖気とも取れる雰囲気のまま、俯いてしまう。
「…………」
待ち時間に見切りをつけた腹違いの兄が、小突いて、応答を促した。
「……、ま、マリアルト、です……」
綻ぶ前の蕾にだけ許される濃い桜色の生地に、銀を絡めた刺繍糸で春の花を縫い取ったドレス。
銀のティアラが少し浮いた感じになっているのは、慣れない故の愛敬だろうか。
(王族を称するには十分な器量のようだな)
しかし、居た堪れないのだろう、さっと、ゼルガティスの後ろに隠れてしまう。
「…………、こら」
魔王は隣に並ばせようとしたが、
「ほほう。これはこれは、可愛らしい御客人だ。ようこそ、お越しになられた!」
国王は泰然と微笑んだ。
セレナスの宣誓で晩餐会が再開。式次第に従って国賓の挨拶、歓迎のダンスが終わる。
飲食自由のフリータイムが始まると、魔王とその妹はあっという間に公国の貴族たちに取り巻かれ、特に魔王は、上品ながらも(結構)容赦の無い質問の暴風雨に曝され始めた。
戸惑うことも、臆する気配も無く、泰然と応じ、堂々と渡り合う。
一方、マリアルトは挨拶もそこそこに、セレナスの侍女頭ミラルダの手で人垣の輪から連れ出され、少し離れた場所から兄の外交を眺めていた。
賓客相手のダンスを一通り終えた第三王女が、質疑応答に揉まれる魔王をやや同情的な目で眺めている国王の元に足を運ぶ。
「……お父様。私の傍付きは何処へ?」
聞いておきながら、セレナスは心此処に在らず、とばかりに、誰かを探している。
「…………、ああ、そんなのも居ったか……」
白百合の二つ名に恥じぬほど美しく、清楚な娘ぶりをもっと眺めたい娘馬鹿としては、そんな話題自体が甚だ不満だった。
「少し前に、割と派手な喧嘩をしてたな」
娘はやっと父親の方を見た。
「まあ……! それで?」
「拗ねた小僧を、拗ねさせた小僧が追い駆けて行ったが……?」
「何処へ?」
「さあな。行方を告げたら、拗ねた意味が無かろうに」
実際、知らない。だから、答えようが無い。それは事実だ。
しかし。
「……(腹が立つ唐変木ですこと)…………!」
「ん?」
激辛な娘の採点に気付いたわけではないが、国王は不穏な気配を感じとった。
そして、いい訳とは思えないほど、セレナスの不満は当然だったのである。
「主を捨て置くなんて、仕えの役目を放棄しているも当然ですのに!」
「……まあな」
二人に赤点がついたことを察した国王は何処か楽し気だ。
しかし。
「(逃がしませんわ! 白百合の二つ名、それは伊達でも酔狂でもないと、骨身に染みさせる為に気張りましたもの!!)誰か?!」
「――――」
主人に無断で場を頓挫した衛兵二名を呼び戻す手配を見守る父親は、明らかに不機嫌だった。
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