第111話◆幽(かそ)けき世界(1)
文字数 3,534文字
「よしっ、コンプリート!!」
ラファルドはガッツポーズを作る。全員、無事に助け出せたからだ。
しかし、それはつまり。
「……あう。また一人っきりだよ……!」
せめて、グラディルとセルディムが激突しているだろう「現実」の世界の情報が欲しかった。
たった一欠片でも。
けれど。
ラファルドが断ち斬った白い糸とその感触。
あれは――。
(〈力〉だ。セルディムさんの。二人が戦闘中だとしたら――碌でもないことの為に使われたものなんだろうな)
そこに、再び銅と白の光の奔流が世界に充満する。
(さっきよりは、派手だけど……。まあ、救助している時もちょくちょくあったし、慣れればどうってことはない――でも、ギアを上げた、かな? ……調子は悪くないってとこか)
考察を一段落させると、ラファルドは改めて周囲を見回した。
(……うーん……、眺めてるだけになりそうだなあ……。でも、ラディが今戦闘る場所と完全に繋がりが無いってことはないだろうから――、そういえば。セルディムさんは『寝かされていた』って。と、なると……〈竜〉を鎮められる場所……竜もまた信仰の対象になるから……神聖だと見做されていた場所、なのかもしれない。でも……〈竜〉絡みだとすると、無敵? っぽい状態になれる理由が――神祇を強化できるのは、原則〈神〉様絡みの場所だしね。……あ。でも、〈竜〉が神聖なる存在と見做される場所で、〈神〉が神聖なる存在ではなくなる保証は無いんだっけ。「神聖」かどうかを判定するのは、〈神〉でも〈竜〉でもない。かつて、”遺跡を利用していた第三者”だから。それに、セルディムさんの言動を見る限り、手を差し伸べて来る『誰か』は極めて限定的な存在だったと考えていいはず。「失敗作」なんてものは、基本関わりたいものじゃないだろうし……。だとしたら、副産物なのかもしれない。〈竜〉を鎮める力は。試しに放り込んだら、思う以上に上手く行った……、とか、そういう可能性)
ふと、ラファルドの思考を遮るように、世界が銅と白の奔流に呑み込まれた。
(……また、か……。結構びっくりするなあ、これ……! 影響無いからいいけど。……でも、なんだろ? 段々、派手になって来てるような……。ほら、また。……ええと、これが二人の激突の余波だとする。〈力〉同士の激突、と余波だけが視覚化される場所……? でも、それは色彩と感覚だけの話であって、影響力は0。ただ、ラディ達の戦闘は『現実』で――、…………あ、もしかしたら、僕! 幽体離脱とかやらかしてる!? そうだ、それだよ! 暴れるセルディムさんを抑えている間に失神して、そのまま『現実の世界』と同じ位置でありながら、層がズレている――亜空間? 的な世界に紛れ込んでしまった――。うん、そう! 多分そう!! 絶対に、そう!!! だとしたら――、此処も『神聖な場所』の一部かな……。神様とか、それに準ずる――匹敵する? ような存在に、出会える可能性が在る場所、……かも)
「?」
ふと、誰かに足を蹴られた気がして、我に返る。
足元は元より見えないし、振り返っても誰も居なかった。
「気のせいか……な?」
そして。
「…………何、あれ??」
数m前方の宙空に、光る文字の羅列が在った。
色彩は適当で、外枠が付いていれば看板で通じそうな感じがある。
世界に発生した別種の異変に、とりあえず、近づいてみた。
そして、ラファルドは呆れる。
「これ……、読めってことだよね!? 過ぎるくらい、あからさまだけど!」
一体誰が仕掛けていったのか。
唐突にも程がある出現であり、怪しいことこの上ない。
だが、どうやって来たのかも解らなければ(推測は立つが)、どうすれば元の世界に戻れるのかも解らない現状だ。
前に進めるかもしれないのなら、試してみる価値は在った。
「ええと……相当古い古語だなあ。催事の祝詞って原文を模写した紙を読み上げるから、一通りは読めるんだけど……」
”地の底ながら、いと高き天の御座に届かんことを願い奉りて、神より賜りし恵みを鍵に、祈りの音を響かせん。此は御座なり。地の底なれど、いと高き天を穿てる、神の『い』に近き星の御座なり”
「……警句……、いや……祝詞? けど、それにしては……説明文だよなあ……でも、これ――何だろう? 何か、引っ掛かる」
ラファルドはまじまじと宙で光っている文章を見つめ、何度も何度も繰り返し反芻した。
「うん、内容は初見。文体は……古いってことが珍しい程度。……じゃあ、何だ? 何が引っ掛かってる……? ……あ。この文字の区切り方、定型の詩文に似てるん――」
そして、真っ青になった。
「不味い!! 定型の詩に酷似してるってことは! これ、誓文だよね?! 神前の――神様に捧げた、御文ってやつだよね!? 僕みたいのなのが不用意に読んだら、一番不味いやつ――っ!!!」
タイミングを合わせたように、ラファルドの脳裏にセルディムの言葉が浮かび上がる。
『この場で、君を殺せるものはいないのだから』
「……まさか…………、その理由って…………その理由って――!!」
神祇という身分に恩恵をもたらすもの――それは。たった一つしかない。
「その理由って?」
「神様がもう、『此処』に来臨してるってこと!! ……不味い――!! 不味い! 不味い!!」
「…………何がそんなに不味いのさ?」
ラファルドはうっかり気づき損ねたが、その声は何処か不機嫌だった。
「神祇が誓文を読む――それは、神様に呼びかけることだから。神様が降臨済みならば、これから、お伺いさせて頂きます! っていう宣言になるの! だから――、…………え?」
ラファルドは固まった。
今、自分は、一体誰と会話していた?
今の今まで、自分以外は誰も存在していないはずの場所で。
(……………えっと…………)
酷くぎこちない所作で振り向く。
ラファルドの中で警鐘のように鳴り響いているのは、予感だった。
何故なら、自分は今さっき、何を読み上げた?
居た。
先程までは誰も居なかった世界に、ラファルドの視線の先に、謎の青年が現れていた。
身なりは、公国の同年代の平均的な服装。春の終わりから夏の初めにかけてなら、快適に過ごせそうだ。
けれど、表情が判らない。
一部分に視力を集中させても、全体を均一に捉えるようにしても、具体的な要素は何一つ判然としなかった。
ラファルドと青年の距離は数m。
視界が健全に機能している現状ならば、見失うこと自体が考えられないのに!
どちら様ですか? とラファルドが切り出す前に、青年から声を掛けて来た。
「やあ、初めまして!」
にっこり、微笑まれた気がするが――目を合わせた途端、ラファルドは飛び退いて土下座した。
不味い物を聞かれてしまった感がバリバリで、顔を上げるのも恐ろしかったのである。
何故なら、青年の正体は――――。
「…………お返事は?」
穏やかな男性の声には、嘆かわし気な感が在った。
挨拶をしたのに、返事が無いことを指しているのは明白だ。
しかし、緊張に呑まれるラファルドは気づかない。
「初めましてで御座いますっ!!」
声が裏返らなかったのが不思議なくらいのガチガチぶりに、ため息が返って来た。
「……ねえ、咎めたりはしなから、顔ぐらい上げてくれないかな?」
ラファルドは迷った。躊躇した。本音を言えば、尻を捲ってでも逃げ出したかった。
自分の失言が、怒らせてはならない存在を不機嫌にした、と呑み込んでいるからだ。
けれど、神祇である。
従うべきものに従うことが出来ないならば――本当に怖い結末しか待っていない。
「…………………ほ、本当――に?」
ラファルドは何とか、会話になる言葉を捻り出す。
「うん、本当に」
その一言は春の日差しように穏やかで、誠実な響きを持っていた。
だから、ラファルドは油断して――騙されて、しまったのだ。
神祇としてはあるまじき事ながら、有体に言えば、そういうことだった。
極度の緊張と後ろめたさが為す業である。
「…………そ、そういうこと、でしたらば――」
ラファルドがおずおずと顔を上げると。
「僕の疑問には答えて貰うけどね」
間髪入れずに、気圧される――どれだけ婉曲に形容しても、怒っているとしか言えない、笑顔が待っていた。
「あう……! …………終わった……!!」
ラファルドは卒倒しないまでも、茫然自失の体でへたり込む。
それは、青年の眉を、当然のように顰めさせた。
「ちょっと! それ、どういう――」
咎めないと約束したのに、それを反故にするような未来が待っていると誤解している態度は青年の沽券に関わるからだ。
そこへ。
「だっはははははは!!! ……だ、だめだー……だめ、だめ! だめ!! もう、駄目!! 絶対に駄目!! 完の全に駄ー目ーだー!!!」
遠慮0の大爆笑が響き渡ったのである。
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