第3話◆国王と近侍・・・改
文字数 4,655文字
セレル=アストリア公国王宮の一角、英霊の間。
国王ガルナードは今は亡き第二王妃システィアラ=アストアに逢いに来ていた。
成婚を祝して描かれた肖像画。その前で
「なあ、システィ。今日は……相談が有るんだ。その、――娘のことで。
生前の彼女が一番愛した白い雛菊が咲き乱れる部屋で、肖像画の王妃は清楚に
「
「陛下」
第三王女付きの侍女頭ミラルダ=マインズが国王に釘を刺した。
親馬鹿も亡き妻を今も尚想う男心も、微笑ましいの一言で済ませられる。
ただ、思い出は美しいからこそ幾らでも浸れる物。長過ぎる旧懐は貴重な時間の浪費である。
そもそも、本日の主題はそこではない。
わざわざこの場所を指定してきたのは国王自身。その責任はきちんと取って頂かなければ。
ちなみに、その娘
「……おほん! その……、何だ? 少しばかり元気が過ぎる、らしいが……それが何だと言うのか!
国王の声には何処か言い訳めいた色彩が在る。
この場に二人きりであれば、ミラルダは諫めることが出来た。
「――陛下!」
太い男の声が我慢に失敗したように
国王が振り返れば、ミラルダの背後には二人の男が
一人は身分の高さを華やかな服装で表現している初老の貴族で、もう一人が王の御前でありながら物々しく武装した騎士――
「……、……!!」
ミラルダが
「――!!」
慌てて居住まいを正して、何事も無かったように無表情を張り付けた。
「も、構わんのだが……。時に、ミラルダ」
侍女頭は言葉の先を汲んだ。
「殿下は、城下へ遊ばされました
つまり、警護の目を出し抜いて宮城を脱走した――ということである。
警備を担当する近衛騎士が常時100人は目を光らせているのだが。
国王はぱちくりと目を
「そうか……。ならば、迎えは――」
近衛騎士団は王族の警護も職掌に収める。警護対象に逃げられるなど、
連れ戻せという号令を喉から手が出るほど欲していた近衛騎士団長の顔が
「――――!!」
「どうか、陽が
「…………!!」
急がないでくれと願ったミラルダに水を差され、騎士の口元が苦々しげに歪んだ。
「城下ならば、庭も同じ――か?」
「御遊学は、
ミラルダの物言いに、近衛騎士団長が敢然と抗議した。
「昨今は魔物達の活動が活発化している! その奏上を甘く見られては困ります!! 外で憂さを晴らせぬ
「……他国の
貴族の男が
「――――!!」
殺気を抑え切れない近衛騎士団長との無言の牽制合戦が始まった。
「…………」
臣下の美しくない争いをわざと俯瞰する。
国王にとって、三者の言い分はどれも意味深だった。
片や政務に忙殺されて、家庭が
どちらにも一理がある。
「さて、
頃合いを計って
その時。
侍女頭が跪きを
「陛下。願いを掛けさせて頂きたく」
「……許そう」
「
「…………」
近衛騎士団長と貴族が聞き耳を立てるように沈黙する。
「ふむ(手持
「はっ!」
近衛騎士団長も貴族も、侍女頭に
ガルナードは意識を亡き妻に戻す。
「騒がしい日常が当たり前になったのも――、システィ。お前が引き合わせてくれた老師殿のおかげだ」
「…………!」
国王の
「……ま、まあ、貴婦人の
家庭を侍女頭に丸投げしている国王としては、彼女の
「…………」
振り返るのが怖いので、さっさと
「俺個人としては――是非一度、手合わせをしたかった! まんまと逃げられてしまったことが口
「陛下……!!」
刺したのは近衛騎士団の長と牽制合戦を繰り広げた貴族――シュヴァルト=アインズ=グレスケール
「くれぐれも、軽挙
「!!(軽挙……盲動、だと……?!)」
「――――」
先程は不仲だった近衛騎士団長と侍女頭が一瞬だけ目を見合わせ、
地雷を
何せ、この国王は
貴族の情報網をすり抜けてしまうことなど日常
しかもそのタイミングが実に、
後一歩遅れていたら内乱に発展した騒乱の目を摘んできたり、何時か
おまけに、公国最強の武人だ。
単騎で魔物群れも軍の大隊も壊滅させる。
国王の素行に目を光らせることは最優先の懸案。王位継承に関わりの無い王族の日常よりも重大な事項なのだ。
ただ、臣下にとっては厄介な悪癖だとしても、当人には武芸を
すっぱり両断されてはこめかみの一つもひくつこうというものである。
「……何ぞ?」
聞こえなかったふりをして(そのくせ、やたらと威圧的に)、わざとらしいほどじろりと
「本日もまた
などと心にも無い美辞を、いかにも
(……落ち着け、落ち着くんだ、俺! 宰相の可愛げの無さなど、今に始まったことでは――!)
だからこそ、けろりと澄ましたその
「陛下」
「う、うむ……」
ミラルダの
「今はまあ、娘が闊達に毎日を過ごせていることに感謝を
「――――」
反射的に
この、親馬鹿陛下が!! と絶叫したいに違いなかった。
きっと、考えている。少しぐらい私の気持ちを
「とはいえ、持て余される程となるのなら、考えてやらねばならぬこともあるなあ」
「…………!!」
立場上間違っても不満を
「将来、か――
騎士の顔が意気
「……おおっ、陛下! 実に奇遇な事でございます!! 実は、私めの所に――」
「
「……割と、急いだほうがいいかもしれない陳情が届きましてな。――ま、まあ、政務のお話は昼食後にでも
生暖かい空気が周囲を
首尾よく宰相を引っ掛けた国王は無言で快哉を叫ぶ。
不手際が在ったとしたら、背姿からでも国王の心底の在り
肩透かしを食わされた騎士と意趣返しを食らわされた貴族が結託を考えた、その時。
「陛下!!」
一際よく通る男性の声が英霊の間の入り口から届けられた。
「
緊張と紅潮とが混ざり合った
国王は微笑ましく思う気持ちを声に乗せた。
「よい。
「クリスファルト=ダグム=セルゲート様、
「ほう!」
国王が軽く目を見張り、近衛騎士団長と宰相は
「……ふむ…………、宰相、アスカルド」
「はっ!!」
「良いと申すまで余人を通すな。ミラルダ」
「はい」
「茶の
「
「……では?」
若き騎士が跪いたまま指示を
「通せ」
「――はっ!!」
近衛騎士が最初に身を
「陛下、急な
魔法使いや高位の神職が好む法衣と呼ばれる衣装と、着物と呼ばれる異界から伝来した異装を足して二で割ったような服装。それは、とある血族にのみ許された特別な物だった。
そんな青年を前に国王は
「ディムガルダも息災のようだな?」
「はい。気楽な立場になったのに、かえって自由が利かなくなった――と、ふてておりますが」
「……そうか。よし、見物に行くとしよう!」
「今から――は、
「それが、だな……。近頃の頭痛の種という物は、遠慮や恥にも親戚が居ないようでな?」
何を納得したのか、クリスファルトは
「なるほど。それで参内という名の招集ですか。……
「抜かせ。お前達兄弟の可愛げの無さには負けるわ!」
国王が
それに目を通したクリスファルトが目を見張った。
「陛下、これは――!?」
「頼む。力と知恵を貸してくれ! この一大事、間違う訳には行かん!!」