第100話◆追憶
文字数 2,755文字
「♪~♪」
ラファルドは子守唄を口ずさんでいた。
半透明のセルディムの姿は既に無く、実体のセルディムは昏々と眠っている。
(……役柄上引き受けてしまったけれど……、良かったのかな……引き受けてしまって)
「言伝」の一部始終が脳裏に蘇った。
「伝言を頼まれて貰いたい」
「誰に、ですか?(わざわざ、前置きをするということは――)」
ある程度、意外な名前が出て来るのは覚悟していたつもりだった。
けれど。
「俺が唯一心を開いた、『組織』の男に、だ」
「……それはっ!?」
反射的に断らずに済んだのは、二重三重の意味で驚いたからか、半透明の土下座という世にも奇妙な物を目撃する破目になったからか。
「頼む!! あいつをグラディルに近づけるわけにはいかないんだ!! だから――どうしても、頼まれて貰いたい!!」
ラファルドは相当強く逡巡し、何とか、言葉を搾り出した。
「…………、どういう……、人物、なのですか?」
セルディムの返答は意外なものだった。
「俺をこの室に寝かすことを手配した男だ。名前は――教えられない」
「?!」
「予め、自分の名前を知っている他人は絶対に信用しない。そういう……処世? を、徹底している。だから、教えられない。君に頼む言伝が伝わらなければ――万難を排してでも、あいつはグラディルに近づく。それは……それだけは、絶対に避けたい!!」
セルディムの言い分に、ラファルドの眉は自然と顰められていった。
「(余程の曰くを持つ人物、ってことじゃ……?)では、どうやって目的の人物だと判断すればいいんです?」
「君なら、解かる。この俺の正体が解る君ならば、絶対に解る。一目で。でも……そうだな……、笑顔が似合う男だ。人懐っこい笑顔が、特に。だが、悪党だ。見間違いようが無いほど確実に」
無いよりは遥かにマシな情報だが、とはいえ、それだけでは全然足りない。
当然、ラファルドは更なる情報を求めた。
「歳は?」
セルディムは思い出す素振りを見せる。
「……10年前で、今の君の一回り上な感じだったか……? 聞いたことは無い。俺が組織に迷い込んだ時には、既に客分で――比較的自由に出入りしていた」
「(若くして、真っ当な道から外れている組織に顔が利く……厄介そうだなあ)どんな人ですか?」
「薬を使わずに俺と接してくれた、変な男だ。一体、俺の何が気に入ったのか……妙に、世話を焼かれたな……」
「(セルディムさんには、悪い印象が無い、か)他には?」
しかし、今度はラファルドの問いには応えなかった。
「伝言は二つ。『すまない』と『此処じゃない』。〈黒き星の魔導士〉と出せば、絶対に通じる」
ラファルドは苛立つ心を抑えて、質問を話の流れに合わせる。
「……その男が、必ず公国に来るという根拠は?」
しかし。
「あの男は絶対に俺を探す。けれど――俺は待てない。もう、時間が無いんだ」
ラファルドは息を呑む。
「……!?」
半透明のセルディムが、黒い濁りに蝕まれつつあった。
「俺の時間――寿命は、もう――尽き、る――――違う!! 死なない、俺は――生きる!!」
表情が変わる。捉え所のない、しかし、しなやかさを感じさせる明るさが消えて、陰鬱な執念が前面に出て来る。
そして、その目は――赤黒く光っていた。
「何を喰らおうとも、誰を犠牲にしようとも、俺は生き延びて――生き延びて……いきのびて……いキのビーて……!!」
(しまった……! 僕の質問が、余計な情動まで刺激しちゃった、ってことか――!!)
「……う……あ……、……あ、う……、――あ」
(目覚める!?)
「あ、ああ、あ……、あ、あ、あああああああーっ!!!」
人間の叫びが獣の咆哮へと変わった瞬間、セルディムは鱗塗れになった。
ゆらり、と立ち上がると。
「……クも、ヨくモ、よくモ――、レを! 俺ヲ!! オれを――!!」
禍々しく輝く濁った眼と、蒸気を吐き出す荒い呼吸で、ラファルドに向かってくる。
「……あーあ、鎮め直しだあ……!! 世話が焼ける所は、本当、ラディとそっくりって気がするよ……!」
ラファルドも覚悟を決めて、もしかしなくても暴走しているセルディムと向き合った。
(……うー……、あの「言伝」。滅茶苦茶嫌な予感しかしないし……! まあ、考えていても埒は明かないんだけどさ……。おまけに、これ! 今は何とか、小康状態……に、持って行ってるけど――〈子守唄〉を解いたら、速攻、暴走状態に逆戻りだよね……。離れられなくなっちゃったなあ……)
後腐れなくおサラバしたかったのに、頭痛の痛さが増してしまった。
ラファルドはため息をつく。
そこへ。
「ナあ。退屈な、ラ、少し、俺と話をしな、イ、か?」
「?!」
ぎょっとして、声のした方を見れば――赤黒く光る眼をしたセルディムが、起き上がっていた。
「なン、だ――ツれねエ反応しヤがッテ――。ア、ソウか。さっきのタんきだナ? ソレガまズカッタンだろ? 悪カッた、俺がワルかったカら――」
※以下、ラファルドの会話は法術による自動筆記(宙に光る文字で表示される)である。※
「……貴方は、一体……?」
ラファルドは警戒しつつ、慎重に尋ねた。
「言ったロ? おレも、せルディム=マグす=ふァナムだ、よ。タだシ――」
意味深に台詞を途切らせる。
「……ただし?」
セルディム=マグス=ファナムを自称する男は笑った。
薄っぺらいとしか形容できない笑みで。
「こウテん的に摸造されタ、人工の人格――”模擬人格”ダがね」
「(そんなものを研究し、作り出せる”組織”に身を寄せた――)!!? (不味い! 完璧に国家機密レベルだ、あの「言伝」も!!)」
ラファルドの絶句をどう見たのか、セルディムは何処か寂しげに笑った。
「オ? はジメてカい? ひトではなイヒとに会うノハ」
ラファルドの勘が、引っ掛かるものを訴える。
馴れ馴れしさがある態度、多重人格、模擬人格。
理由はすぐに思い当たった。
「……ひょっとして……初めて出会った時の――、ですか?」
「セーかイ。〈竜〉とやラの力で、きョウせイされた状たイだっタが」
嬉しそうに笑うセルディムは妙に幼く見えた。
「では、貴方を矯正していた〈竜〉は、今?」
「抑えコんでルよ? 元来のセるディム――あの、聞きワけの無い臆病もノをね」
「…………」
「だかラ――そのウたヲ止めてクれナいカ? あいツハ――セルでィムはモう死ぬべキだ。アいツの寿みょウハモう、尽きテいる。……わかッてルはずだ。ジんぎなラ」
ラファルドは確信した。
自分には、まだ知らなければならないことが在る。
それを握っているのは――目の前の「セルディム」だ。
「貴方と話をした後で良ければ」
ラファルドの冷静な返答に、セルディムは首を傾げた。
「ハナそウト持ちカケてオイテなンダが――変ナやつ……!」
余計なお世話だという一言は黙って(筆記せずに)おいたラファルドである。
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