第99話◆焦燥~子守唄
文字数 4,457文字
「――では、殿下」
「吉報を期待します。けれど、ミイラ取りがミイラになる真似だけは慎んで下さい。此処は迷宮。常とは異なる戦場が待ち受けているのですから!」
セレナスに最敬礼をする騎士の小隊。
彼らに祝福の祝詞を謳い上げ、勇壮たる出立を見送る。
九名で一組の小隊が、既に六つほど動いていた。
「さて。準備は、よろしいかしら? 最後発は私達でしてよ!」
振り返ったセレナスの前には、従軍神官一名、魔術師一名、騎士四名、近衛騎士一名が跪いている。
グラディルと近衛騎士――サマト、以外は全員が騎士団の所属だ。
魔物との交戦で戦闘を担当するのは、三名~六名。内、最低でも一名は後衛として、支援と戦局を俯瞰する役目を負う。戦闘に参加しない人員は交代要員兼荷物持ちだ。
「おう! 何時でも、どんと来いや!!」
待ち兼ねたとばかりにグラディルは身体の凝りを解す。
騎士達は整然と立ち上がった。
「姫様、くれぐれも――」
「……ええ、解っていますわ、カルナス。無理だと判断すれば、即座に引き返しますから」
セレナスは微苦笑を浮かべる。
中継基地の維持を任された小隊二つをまとめる騎士がカルナス。
姫様の二文字にわざとアクセントを置いて、御自分の御立場を忘れないでくれと釘を刺そうとした人物である。
彼も解っているはずだった。無理な話だと。
実力は折り紙付きで、三人~五人(騎士団)を一時に相手取ることを苦にしない上、一対一を張れる猛者が(現状の)騎士団にはいない。
常時交代要員に位置していて欲しい王女が、常時戦闘要員として出ずっぱりになるのは必然の流れなのである。
カルナスはまだ何かを言いたげだったが。
「殿下。出立の前に、こちらに目を通して下さいますよう」
サマトが割り込んで、その姿を隠してしまった。
カルナスはため息一つを残して引き下がり、自分の持ち場――指揮すべき人員達の元、に戻る。
セレナスはごく普通に、差し出された小さな冊子を受け取った。
「何ですの?」
「前回の探索結果をまとめ直した物です」
サマトが気づかぬ振りをして遮ったのは会話の頃合いを見極めたから。
これ以上は互いの心にしこりが残る、との判断を下したからである。
ちなみに。
近衛騎士団は国王直轄の名目の下、別組織として編成されているものの、人員の大半は騎士団から選抜される。
サマトは騎士団員選抜の期待の星の一人。
なので、騎士団に知己が多く、連携に問題は少ない。
「解りました」
と、言いながら、セレナスは小冊子をグラディルに預けてしまう。
「…………」
内心で複雑なサマトだったが、前回の探索からは時間が経ち過ぎていて、何処まで当てにできるものなのか判らない、という判断があったことは理解できた。
そして、より複雑だったのが受け取らされたグラディルである。
セレナスの態度は独自下調べがかなりの段階まで進んでいた事実の裏返しでもあり、一連の騒動が無ければ、遠からず、城下探訪以上の大騒動が勃発したに違いないと解かってしまうからだ。
とりあえず、小冊子は背嚢に仕舞ってしまう。
グラディル自身は、事前情報なしの出たとこ勝負も嫌いではない。
が、今回に限って言えば読破済みで、諳んじれるほど頭に入っているからだった。
王都を出立してからこの方、暇が出来れば配布の小冊子に目を通していたグラディルである。
倉庫の出入り口に向かうセレナスの後を追おうとしたグラディルの肩を、サマトが掴んだ。
「……何か?」
「もう一つ、背負って頂く荷物をまとめてありますので――」
などと言いつつ、セレナスの寝床があった場所までグラディルを引っ張り込む。
「何すか!」
強引にサマト腕を払うと。
「姫様のことです」
と、切り出された。
「誤解無きように、申し上げておきますが」
「ゴネてるように見えて、気を使ってる。ってんだろ?」
台詞を、まさか、先取りされて、サマトは目を丸くする。
近衛騎士の感情の中に複雑なものが過った。
「……理解が及んでいたとは、何よりです。親友殿のおかげでしょうかね?」
独り言にも、当てつけにもとれる台詞に、グラディルは少しむっとする。
「まあ、半分は」
「では、貴殿を何かと猿呼ばわりされる理由は御存知か?」
グラディルは面倒臭そうに、サマトから視線を外した。
「拗ねてるんじゃねえの? 口ほどには悪意が無いんだろうけどよ」
適当さ加減が際立つ物言いだったが、近衛騎士は呆れ顔になった。
惜しむらくは、グラディルがその表情を見逃したことか。
「……そこまでお解かりなら、言うことはありませんね」
流石に、言葉とは裏腹な感情が腹の底に隠れていると、グラディルにも察しがついた。
面倒臭えと思いながらも、口を開く。
「あんたが覚えて居てやれよ」
「は?」
その時、近衛騎士の顔に閃いたものは――踏み込まれた不快だった。
「あいつは、自分で思う以上に愛情を注がれている、ってことをさ。んで、気づくべき時が来たら、あんたの口から伝えてやれよ。それは、俺の仕事じゃない。俺は――勇者になる。何時か、王宮を、公国を出ていく人間だよ」
「…………」
「でも、あんたは知ってるよな? あいつが眩しく見つめている……誰か――の、正体とか? だったら、何時か何処かで伝えるべき時が来るはずだ。……あんたが騎士を辞めてなきゃ、の話だけど――、?!」
気づいた時には、拳で腹を襲撃されていた。
そして、グラディルは真顔で睨まれたのである。
「グラディル=トラス=ファナン。まさか、殿下のお気持ちを汲みたくなるとは思わなかった! これは俺からの腹いせだ。許せ。それと。忠告兼警告だ。殿下への態度と距離を改めろ! 親友殿共々、な。ぶっちゃけ、『羨まし過ぎるんだよ、この野郎!!』という総意が、何処で、とは言わないが、醸成されつつある。今のままで行けば――遠からず、爆発することになるだろうな」
「……!?」
「以上だ。忘れろ。いいな!?」
一方的に言うと、サマトはさっさとセレナスの後を追う。
「――――」
むせかえりつつも、グラディルは騎士の後姿を茫然と見送った。
「……ふう、っふう、……、こんなに、面倒な施術――そう、そう……無い!」
無事、目標の水準を確保した時には、ラファルドは酷く疲弊していた。
セルディムは今、無事に人間の姿形を取り戻し、穏やかな寝息を立てている。
ようやく、少しでも、気が抜ける瞬間が来た――はずだった。
「苦労してくれ、と頼んだ覚えは無いんだがな」
「――!?」
驚いて、ラファルドが寝ているはずの方向に顔を向ければ、半透明のセルディムが立っていた。
「…………どうして……?!」
絶句せずにはいられなかったラファルドである。
「君にも解らないのか……。俺にもさっぱり! なんだが?」
「……ええと、……それ――は」
実は、察しがつかないことはない。似たような先例には出会ったことが在る。
ただ、それをありのままに告げることは憚られた。
なので、何とか、適当な説明を捻り出そうとしたラファルドだが。
「多分、此処がこういう場所だから、だろうな」
気苦労が無駄になって、思わず、殴り飛ばしたくなった。
おまけに、半透明のセルディムは極めてマイペースだったのである。
「よし。今の内に伝えてしまおう! 多分、目を覚ましたら――出来ない。俺は〈力〉を求め、〈力〉を疎み、〈力〉に呑まれたから。現実の俺とは、まともな話が出来るとは思わないでくれ。これから伝えることが……多分、遺言だ」
「――――」
聞くと言った覚えは無いし、此処に来るまでの経緯がすぽんと棚上げになってしまっている。
ラファルドはやっぱり、目の前のセルディムを殴りたかった。
「……それは、もう助からない、ということですか?」
気になった言葉の確認を、ラファルドは優先する。
「ああ。限界は、とっくに超えてしまっている。生存に固執する、……〈竜〉が、無理矢理でも〈人〉を生かそうとしているだけ。君はもう、見ただろう? あれを」
「…………」
ラファルドの脳裏に人と竜の斑模様が蘇る。
「〈力〉を強めることで、〈人〉の生命力を補完しようとした――。けれど、無理だった。強まり過ぎた〈竜〉が、今や、〈人〉の命を削り、脅かしてしまっている。目に見える形で限界が来るのは時間の問題。けれど――、現実の俺がそれを認めるかどうかは――」
「……、死ぬことを突き付け、受け入れさせて、どうされるおつもりで?」
けれど、ラファルドは言外に無責任だと非難した。
その役目を追わされるのは、無論、ラファルドだからである。
そこまで懇意になった覚えも無い。
半透明のセルディムの目は何処か寂しげだった。
「君はまさか……生きるべきだ、とでも?」
ラファルドは努めて、冷静を選ぶ。
「死ぬことは、何処まで行っても生きることと背中合わせですから」
「……呑気――いや、この場合は頭でっかちかな? そんな風に言われたことはないか?」
揶揄は腹が立ったが、一々面に出しているようでは――務めは果たせなかった。
素直じゃないだの、可愛気に欠けるだの言われても、それこそ困るのだ。
誰にも肩代わりが出来ない生まれと務め。
逃げるという選択肢は用意されなかったし、持とうともしなかった。
「よく言われますね。でも、呑気さ加減にかけては、貴方に負けると思いますよ?」
「ほう……、どの辺がかな?」
「貴方の兄の忘れ形見――グラディルのことが、すぽーんと、抜けてるでしょう? 今」
セルディムは目を丸くした。
「――――。……君は――思う以上に逞しい……、というか、可愛気が無いな?」
逞しいと評されたのは、少し意外である。台詞の後半は毎度のことだったが。
「死に逃げを卑怯だと言わないのなら、そうかもしれませんね」
眉を顰めたセルディムには、何処か愛嬌が在った。
「……うーむ……。やはり、可愛くないな。トラスの奴、何でこんな人物と友人をやってるんだ?」
今度は素直に青筋を額に張り付けることが出来たラファルドである。
「余計なお世話です! ……でも、そこに気付いて頂けたなら、きちんと生きて、きちんと決着を付けて下さいね。グラディルは負けませんから。貴方をきちんと乗り越えていきますから!」
「……成程。大した友人殿だ。俺も、願おう。そうであることを」
「??」
初めて見るセルディムの明るい微笑だったが、妙な聞き分けの良さが気持ち悪い、という疑問符だった。
「勝負とは解らないものだ。決着をつけるまでは、どちらが勝ち残るのかが!」
セルディムは不敵に、牙を剥く獣のような笑みを見せた。
(……ははあ。この負けず嫌いっぷり、確かに、クレム小父さんに似てるかも――)
そんなラファルドの感心が表に出たのか。
「――む。見事に乗せられたか? ……まあ、仕方が無いか。セルゲート家の神祇とはそういう――」
そして、はたと、気が付いたように手を打った。
「そうか! 伝え方を間違えたのか!! 言伝を頼む――それで、良かったんだな?」
ラファルドは思いっきり嫌そうに、顔を顰める。
けれど。
「……承りましょうか? 生を全うする為の心残りを軽くする――それは、確かに当家の神祇たる者の役目、ですからね」
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